■ 『神戸ミステリー傑作選』 その2
執筆者のうち見なれない名は「千代有三」。本業は英文学者(鈴木幸夫1912~1986)。昭和20年代、探偵作家クラブの新年会余興、高木彬光が出題した犯人当て小説で2回連続して正解した。第3回は千代が出題、その作品が「痴人の宴」。
三枝和子は田村俊子賞、泉鏡花賞受賞者。
異色はやはり島尾敏雄。これをミステリーと分類するんや~、という感想。島尾の幻想小説。作品に「神戸」の地名は登場しない。彼が復員して神戸にいたこと、波止場が出てくることくらい。
建築現場で力仕事をしていると爆発音が連続して起こる。恐怖に襲われる。
私は海の方に逃げた。なぜ海の方に逃げたのだろう。やがて私は海の上に浮かんでいた。どんなにして海の上にやつて来たのか、筋道はたたないが、あるいは海の上からなら市街の滅び行く形相を見尽すことが出来ると思つたのかも知れない。私は吃水の浅い平たいボートに仲間とすし詰めに乗り組んで、うろうろ海の上をこいでいた。……
海軍士官の服装だが短剣は所持していない。どこからそんな服を出して着ているのかもわからない。(完全に夢の世界やんか?)
岸壁を上がり市街地に向かう。行き交う人たちは灰色の作業服。士官服姿の自分が浮いている。危険を感じる。「いつまでそんなもの着とるんかあ」と若者が私をつかまえる。別の男が駆けてくる。私のことを知っているらしい。手にハンマーを握っている。その男が若者を殴りつける。私は逃げる。「白いパッチにかすりの着物をしりからげした」捕り方が男を捕まえる。「何だこれは野外劇ではないか」……。私は微熱状態で高台を歩いている。
雲つくばかり背の高い石像がひややかに歩いて行くのに追いついた。
石像はサカノウエタムラマロ。
「一体どうしたというのです」
私は問を発していた。しかしそれは、ちよつと変わつた仕方で相手に通じた。私はその問いを声に出していつたのではない。サカノウエタムラマロの顔を見上げて横歩きしながら、そうちらと心で思うとその思いがはつきりサカノウエタムラマロに通じていた。……
私はテレパシーでタムラマロの表現がわかる。「つろ」という物質と「おま」という物質が眼前に現われて消えた。
「もう一字足りまへんで」
私の鼻にぷんとさすような匂い……「す」の匂い。
……ははは「つろおます」か。だが、彼はちつともつらそうではない。相変らず、のん気に、しかも何か明るそうに歩いて行く。
市街の石像・銅像がみんな歩き出す。
……これは大変なことになつた。私は少し不気味でもあつたのだ。どこかに新らしい精神が動き出したのに違いない。それとも天変地異が起こつたのか、石像までが、そちらの方に歩き出した。
どこがどうミステリーなのか? そら謎や!
(平野)