有井基(ありいはじめ、1932~2006)、神戸新聞記者で郷土史研究家。
有井が怪談・奇談を集め「日本の妖怪」をまとめていたところ、ある詩人が編集者に「兵庫県について書かせろ」と耳打ちしたそう。有井は、怪異・怪奇の話ではなく、話と土地の暮らし・生活との関係を考えながら本書をまとめた。古くからの風俗・習慣、タブー・名神、共同生活での規制など。
目次
ひしめく“怨霊”の群 信じようと信じまいと 芦屋の幽霊さわぎ 常識と怪談 深層の恐怖 一本足の怪 ……
人と動物が変身する時 子育て幽霊 賽の神の近くに ウブメの怪 嫉妬に狂う鬼女 小天神の呪い ……
石にも木にも血の刻印 師直の妄念 石工の災難 石にこもる魂 血ぬられた石 淡路の“河童駒引き” ……
海の妖異と人魂と 髑髏をにらみ返す 福原遷都に恨みの声 崇徳院のタタリ 波間に平家の怨霊 奪われた姫 ……
“怨霊”の話は「一本足の怪」(山人)から始まり、「一眼一足」(山の神と田の神)、「一つ目小僧」(山の神と山の男=製鉄)、「片目の魚」(たたり)、そして「御霊信仰」に行きつく。
御霊信仰とは、奈良時代末期から平安時代にかけて盛んになった民間信仰で、いずれも権力抗争に敗れた貴族や政治家、のちには戦いに負けた武士の、霊をなぐさめ、なだめるためのものだった。それは、疫病の流行、不時の死、さらに天変地異ことごとくが怨霊の祟りだと信じられた時代の発想であり、その後も庶民の生活の中に生きてきた。
「播州皿屋敷」も怨霊の祟り。主人が大事にしていた皿を割って手打ちになった腰元の幽霊の話。姫路のお菊神社の由来記では、お家騒動がからんで、お菊は主君を守った神として祀られている。同じ話が各地にある。土佐では庄屋の下女、播州の修行者が登場する。江戸の「番町皿屋敷伝説」を浄瑠璃にするにあたって、「番町」をはばかって「播州」にした、という説もある。
いろいろな詮索よりも広く流布したことに興味がある。
女中や下女が、領主や庄屋といった権力をおびえさせ、ほろぼした話が、たとえ、つくり話にしても各地で共鳴を興した、その事実のほうに興味がある。絶えず押しつけられていた庶民が、その話を通じて、ざまあみろ、の快哉をさけんだ心情は、だれにでも用意におしはかれるだろうから。
(平野)