■ 『親子の時間 庄野潤三小説撰集』
岡崎武志編 夏葉社 2400円+税
庄野潤三(1921~2009)は大阪市生まれ、1955年芥川賞受賞。父は有名私学の学院長、潤三も戦後教師をしている。兄・英二は児童文学者、弟・至も小説家。中学時代の先生が伊東静雄、大学の文学仲間に島尾敏雄……、文学的人間関係は本書の小説、解説で確認いただきたい。
昭和のインテリ中流家庭の幸せな情景、と言ってしまえば終わってしまう。いわゆる“私小説”になるのでしょうが、やりきれない葛藤とか憎悪とかはない。“ホームドラマ”と言えば怒られるか。
編者の岡崎は「親子に親子で読んでほしい」と書く。それは岡崎の悲しい体験からきている。そのことについては彼の解説を読んでください。庄野作品を愛読していて家族のこと、子どもたちのことを自分に重ねていた。
「私は庄野一家の子どもになりたかったのだ」
文芸評論家・河上徹太郎との家族ぐるみの交際が綴られている。河上家には子どもがなかったようで、夫妻がこの集まりを楽しみにしていたことがよくわかる。クリスマス、正月、季節ごとに互いの家を訪問し、散歩、食事、歌、寸劇、ピアノ連弾、プレゼント交換……、子どもたちは家に戻るとお礼の寄せ書きを書き送った。
庄野家では河上をいつからか「てっちゃん」と呼ぶ。長女が「てっちゃんメモ」という記録を書いている。
ある年のクリスマスイヴ、庄野家で会食。豪華で心のこもった料理のなか、河上夫人の好物の銀杏は次男が校庭で拾ってきたもの。子どもたちの劇は「森の赤ずきん」、長男が猟師で「河上007」という役柄(河上は狩猟が趣味。映画「007」が人気だった)。この時、河上に長男がお手製の杖を贈った。
……河上さんは絶句して杖を抱え込むようにした。
翌年のクリスマス。河上に長女が手編みの部屋履き、次男が版画(河上が猟をしている場面)、夫人に次男が工作で作った壺(マシマロ入り)、お手伝いさんに長女が鍋つかみ。この年、長男は右手捻挫で工作できず。
……河上さんは喜んで何度も有難うといって、みんなの手を握りしめた。
子どもたちの余興を楽しむ。食事中、子どもたちと目が合うと「おいちい!」と喜ぶ。猟の腕前を自慢したいのに、いいところを見せられないのを残念がる。実の孫たちといるようだ。当時の代表的知識人の微笑ましい姿。
(平野)