■ 河上徹太郎 『日本のアウトサイダー』 中公文庫 1978年(昭和53)12月刊
元本は1959年9月中央公論社刊。第6回新潮社文学賞。
序
中原中也 萩原朔太郎 昭和初期の詩人たち 岩野泡鳴 河上肇 岡倉天心
大杉栄 内村鑑三 正統思想について
解説 高橋英夫
コリン・ウィルソンの『アウトサイダー』(1956年)に刺激された。
アウトサイダーという言葉は、別に事新しい概念ではない。インサイダーの反対語、つまり常識社会の枠外にある人間の謂で、アウト・ロウ、疎外された者、異教徒、異邦人、これ等のわれわれにお馴染みの文壇用語はすべて字義的に一応妥当するのである。或いは、叛逆、虚無、頽廃の徒も、結果的にこの仲間に入れていいであろう。……
西欧社会のキリスト教「正統主義」のような概念が日本にはない。
……インサイダーを定義すれば、それは大体正統主義、オーソドクシイの意に解していいと思う。正統は伝統と無縁ではないが、正確には別物である。伝統とは過去にあって自分の外に繋がるものであるが、正統は直接自分の中にあるものである。そして明治以来のわが文化の混乱、知識人の不幸は、正統を持たないことにある、と簡単にいい切れるようである。強いてこれに当たるものを求めれば、卑近なことでは、明治の立身出世主義をその代表と見做すこともできよう。何故なら、わが世紀末的頽廃詩人も、社会改革家も、宗教家も、皆これに反抗して立った点で揆を一にするからである。ところが大正期においてわが国運の上昇は一応峠を越すのであるが、それとともに立身出世主義にも現実的にやまが見えた。そこでアウトサイダーは精神的に共通の枠を失ったのだが、しかもそれが思想の安定を齎さないで、かえって混乱を増した。つまりアウトサイダーは明確な表現様式を失い、それを得るためにさらに高級な、微妙な範疇を手にしなければならなくなったのだ。中原中也の苦悶は正しくそれにほかならない。
(平野)