■ 松本哉 『すみだ川気まま絵図』 ちくま文庫 900円+税
著者・松本哉(はじめ、1943~2006)は神戸市生まれ。河出、東京図書で理科系出版物の編集者を経て文筆業。『女たちの荷風』(ちくま文庫)、『永井荷風という生き方』(集英社新書)、『すみだ川横丁絵巻』(三省堂)など。本書は85年三省堂から出版、91年「三省堂選書」で再版。
上京して一番に「すみだ川」を訪れた。小説や謡曲で知っていた有名な場所。特に荷風の『夢の女』――遊女の数奇な運命――に感動した。
……人力車に乗った女がすみだ川のどこかの橋にさしかかったときの描写がすごかった。冬の夜、頭上には満月で、まわりの町並みは闇に沈み、まるで人力車に乗っている自分が川と橋ごともち上げられて、宙に浮いたかのような錯覚におちいるところです。女は思わず、おのれの境遇をふりかえる……というわけです。
そのとき渡った橋はすみだ川の本流ではなく、永代橋近くの支流にかかる小さなタイコ橋だったようですが、この『夢の女』のおかげです、すみだ川のもっている不思議な魅力を知ったのは。東京という大都会のまっただ中、さすがに川の上だけは空が開け、しかもたしかに町並みから少し「浮き上がっている」……だから橋の上に立つと気分がいいのです。
水量が多く交通量も多い。
人によってはこの川の水「ちょっと汚いんじゃない」といいますが、ナニ、己を含めた人間さんと同じくらいきれいなものです。
川とそこにかかる橋の数々、町の風景を歩いて調べて紹介。橋の来歴、構造、表示板から落書きまで。標札を撮影するために水上バスに何度も乗り、カメラをセルフタイマーにして紐でぶら下げたり、釣竿で吊るしたり。イラスト(カバー、本文)も著者。
「オチ目」になって久しいすみだ川に、何とか陽の目をあてたい。
解説の小沢信男が語る。
隅田川は、半世紀前の高度成長期に、いったん死んだ。林立する工場の廃水と、乱立する住宅の下水の垂れ流しで悪臭ふんぷん、魚類も貝類も全滅した。吾妻橋をわたるのも、息を詰めて足早になりました。
両国の花火大会が昭和三十六年かぎりで中止になったのが瀕死の証拠で。同三十九年の東京オリンピックあたりから巨大なドブ状態となり、いっそすべて蓋をしてしまえ、という極論さえでた。ようやく廃水は規制され、下水道の整備もすすんで、花火大会の再会は昭和五十三年。中止から十七年後でした。
川が甦りつつある頃に著者は神戸から出てきて「すみだ川」に出会った。著者によって「すみだ川」が隅々まで記録されることになった。
帯の推薦文は山田五郎。
「橋の数だけ物語(ロマン)がある。あの頃を懐かしみ未来を夢見させる隅田川絵巻がついに文庫化!」
解説にも「松本哉」の名がある。本人が解説(?)、と思ったら、本人はペンネームで、解説者は長男で本名。父親の「休日お出かけ」に連れて行かれた。本書のイラストにもたびたび登場。
最後に『ほんまに』の息抜きというか、脱力、おバカコーナー二つ。
○電車店長へべれけ対談(2) 福岡宏泰VS.藤田みゆき(漫画家・みゆきんぐ)
福岡がさかんに藤田が浮き世離れしていると発言。
(藤)私内緒なんですけど宇宙人なんです。最近なんか自信持ててきてます。
(福)浮き世離れしてるね、やっぱり。二人共浮世から離れていると思いますが。
○もっと奥まで~ 平野義昌
『週刊奥の院』の「もっと奥まで~」復活。花房観音『楽園』(中央公論社)紹介。
(平野)