2014年2月15日土曜日

注文の多い注文書


 小川洋子 クラフト・エヴィング商會 

『注文の多い注文書』 筑摩書房 1600円+税

 お江戸駐在委員に借りた本。

「ないもの、あります」が謳い文句の〈クラフト・エヴィング商會〉に、「ないもの」を注文する客たち。

恋人に触れるたびにその触れた部分が見えなくなり 人体欠視症治療薬のメモを渡す女性。

敬愛する作家のため隠された物語を引き出させるバナナフィッシュの耳石 を探すファン。

自分を育ててくれたお祖父さんが遺した本を「さあ、読むのです!」と示してくれた叔母=“貧乏な叔母さん”を捜す青年。

旅先で亡くなった標本商に“肺に咲く睡蓮”を供えたい老指圧師。

夫が死ぬまで読み続けた“冥途の落丁”本を引き取って欲しいと言う夫人。

本書、小川洋子が依頼人の物語=「注文書」をクラフト・エヴィング商會に渡す。商會はあの手この手で「納品書」を作成。さらに小川は「受領書」でその後の物語を書く。

両者間にシナリオなし、真剣勝負。

両者がこの作業に着手したのは2006年。足かけ9年かかっている。

小川のそれぞれの物語は敬愛する作家・作品へのオマージュ。

川端康成『たんぽぽ』、JD・サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』、村上春樹『貧乏な叔母さんの話』、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』、内田百閒『冥途』。

クラフト・エヴィングが探し出した商品のうち、「蚊涙丸」、「バナナフィッシュの耳石成熟判定ボード」、「肺に咲く睡蓮の標本」が同商會『星を賣る店』(平凡社)の商品目録に掲載されている。

架空の物語世界の話なのに現実に堂々と「商品目録」が出現している。

(それも物語なの!)

 凡人の頭の中はこんがらがっている。

 最後の対談で、小川が新しい注文を依頼しようとする。

じつは、自分が書いた小説の中に登場する品物を注文したいんです。それって反則でしょうか? でも、貧乏な叔母さんのように人間じゃありませんし、長距離を移動する必要もないと思いますから、ややこしくはないはずです。二十五年くらい前に書いた短編に出てくる物で――あれ、えっと、たしかここに入れたはずなんですけど……まぁとにかく、話せば長い事情がございましてね――

ああ、またこんがらがってきた。この「注文書」ができるのはいつの日か?

 そうそう、小川は〈クラフト・エヴィング商會〉の場所をつきとめている。路地の入り組んだ猫しか通れない狭い道もある目印の駄菓子屋(それがわからん!)の角を曲がって……

本書で確かめてください。

 カバーの写真、「肺に咲く睡蓮の標本」。
(平野)