■ 小川洋子 クラフト・エヴィング商會
『注文の多い注文書』 筑摩書房 1600円+税
お江戸駐在委員に借りた本。
「ないもの、あります」が謳い文句の〈クラフト・エヴィング商會〉に、「ないもの」を注文する客たち。
恋人に触れるたびにその触れた部分が見えなくなり
“人体欠視症治療薬”のメモを渡す女性。
敬愛する作家のため隠された物語を引き出させる“バナナフィッシュの耳石” を探すファン。
自分を育ててくれたお祖父さんが遺した本を「さあ、読むのです!」と示してくれた叔母=“貧乏な叔母さん”を捜す青年。
旅先で亡くなった標本商に“肺に咲く睡蓮”を供えたい老指圧師。
夫が死ぬまで読み続けた“冥途の落丁”本を引き取って欲しいと言う夫人。
本書、小川洋子が依頼人の物語=「注文書」をクラフト・エヴィング商會に渡す。商會はあの手この手で「納品書」を作成。さらに小川は「受領書」でその後の物語を書く。
両者間にシナリオなし、真剣勝負。
両者がこの作業に着手したのは2006年。足かけ9年かかっている。
小川のそれぞれの物語は敬愛する作家・作品へのオマージュ。
川端康成『たんぽぽ』、J・D・サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』、村上春樹『貧乏な叔母さんの話』、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』、内田百閒『冥途』。
クラフト・エヴィングが探し出した商品のうち、「蚊涙丸」、「バナナフィッシュの耳石成熟判定ボード」、「肺に咲く睡蓮の標本」が同商會『星を賣る店』(平凡社)の商品目録に掲載されている。
架空の物語世界の話なのに現実に堂々と「商品目録」が出現している。
(それも物語なの!)
凡人の頭の中はこんがらがっている。
最後の対談で、小川が新しい注文を依頼しようとする。
じつは、自分が書いた小説の中に登場する品物を注文したいんです。それって反則でしょうか? でも、貧乏な叔母さんのように人間じゃありませんし、長距離を移動する必要もないと思いますから、ややこしくはないはずです。二十五年くらい前に書いた短編に出てくる物で――あれ、えっと、たしかここに入れたはずなんですけど……まぁとにかく、話せば長い事情がございましてね――。
ああ、またこんがらがってきた。この「注文書」ができるのはいつの日か?
本書で確かめてください。
カバーの写真、「肺に咲く睡蓮の標本」。
(平野)