■ 宮崎修二朗 『ひょうご文学歳時記』 神戸新聞出版センター のじぎく文庫 1978年10月刊 表紙 伊藤弘之
1975年から2年間「神戸新聞」に連載した「文学の山河」。
章立ては、作品の背景となる季節、作者にまつわる事柄に合わせて、月ごとに。
第一章
睦月
井上靖 「闘牛」 西宮市
白川渥 「落雪」 神戸市北区田宮虎彦 「明石大門」 明石市
有本芳水 「芳水詩集」 姫路市飾磨区
岡本倶伎羅のうた 飾磨郡家島町
佐多稲子 「素足の娘」 相生市
……
第十二章 師走
森鴎外 「生田川」 神戸市東灘区
堀辰雄 「旅の絵」 神戸市生田区菊田一夫 「がしんたれ」 神戸市生田区
吉川英治 「新平家今昔紀行」 神戸市兵庫区
山本周五郎 「須磨寺附近」 神戸市須磨区
……
「第七章 文月」に小野十三郎「葦原の痕跡」(尼崎市)がある。
阪神電鉄の鉄橋で武庫川をまたいだとたん、鉄のにおいが車窓から吹きこんできます。工都尼崎にはいった――という実感がわく瞬間です。そのとき、私の目裏に一人の詩人の姿がえがかれます。戦後しばらくの間武庫川町にあった小さな出版社に勤めたことのある小野十三郎さんです。……
小野の「風景」という詩。
……枯葦が鳴つてゐるのも 極めて自然だ 煙の中の あの大きな夫婦煙突だつて 想ひ出してごらん どこかで見たことがあるだらう ここはもうどんなに荒れてゐてもいい。 荒れれば荒れるほどいい 昔、オルダス・ハックスリーと云ふ英吉利の詩人が 汽車の窓から このあたりを見たことがある 物凄い雨の日だつた。
小野は「葦原の痕跡」でこう書いている。
……姫島、杭瀬、尼崎の海岸よりにかけては、まさに「葦の地方」そのものといってよい大葦原が荒漠としてひろがっていた。地盤沈下で埋没した大谷重工業の大煙突が一本遠くに見える。……イギリスの空想科学小説家オルダス・ハックスリーが来日したのはそのころだった。神戸から大阪に来る途中、汽車の窓から、阪神重工業地帯の葦原を望見した彼は「日本の未来はその真ならざる姿にかかっている」と後日出した「東方紀行」という本の中で、日本の第一印象を述べている。
宮崎の解説。大正末期、ハックスリーが葦原を侵蝕する重工業――戦争になだれ込む姿――を日本の「真ならざる姿」と捉えたように、小野も文学者たちが戦争に協力する時流に抗った。
……あえて“葦原のある風景”をのみ詩の対象にすえることで、抵抗しつづけた詩人です。
「真ならざる姿」についての小野の文章と詩も紹介する。
宮崎は「あとがき」で、文学作品は無形文化財指定や収集保存など、他の文化財に比べ行政的に軽んじられているが、「文学とはそんなもの、それでこそいいと思う」と書く。
ただ私たちの大切な文化的遺産であることはいうまでもありませんし、過去と未来を結ぶ“こころのかけはし橋”であるからには、より豊かで、より正確な資料として後世にバトンタッチしたいものだと思わずにはおれません。(平野)