■ 田宮虎彦 「顔の印象」
兄が中学生になった頃、弟に「お前の欲しいものは何や、言うてみいよ」と尋ねる。絵具がほしいとと伝えた。兄は航海中の父に手紙を書いて絵の具をねだった。みやげをこっそり手渡してくれる兄に「親しみを感じる」ようになった。その後も、兄は弟の欲しいものを父に買わせた。小遣いも分け与えた。電車で新開地や大阪まで連れて行ってくれた。弟だけが市電に乗ったとたん発車して、兄が必死に追いかけて来てくれたこともあった。
兄の金遣いが荒くなった。酒・タバコに使っていた。父もわかっていて中学生に外国の酒・タバコを与えた。
兄は30代の頃にはアル中になっていた。もう戦争中のこと。弟は久しぶりに兄を訪ねる。兄の告白を聞いて、ぐれ出した原因を知った。
先月『神戸 わが幼き日の……』で田宮を紹介した。兄との仲の良さや出版社の社長が兄の友人であることなどを書いた。
うみねこ堂で古い文庫本『霧の中』(新潮文庫、昭和31年初版、52年26刷)を見つけた。表題作の歴史小説他、戦前の若者たちを描いた作品が並ぶ。
そのなかのひとつ、『顔の印象』は、遠洋航海の船長を父に持つ兄弟の話。明らかに田宮の家のこと。『神戸~』でも父親のワンマンぶりはうかがえたが、この作品では歪んだ家族関係だったとわかる。子への溺愛があり、折檻があり、妻が亡くなった後とはいえ愛人を同居させている。
兄弟は似ていなかった。父は健康で活動的な兄を可愛がった。弟は「病みやつれたように青白くしなびていた」。航海のみやげは兄だけに買ってきたし、留守中の小遣いも兄だけ。父が家にいる時は兄をそばに置き寝室も一緒(女中という愛人も)。弟は食事も別。兄が中学生になった頃、弟に「お前の欲しいものは何や、言うてみいよ」と尋ねる。絵具がほしいとと伝えた。兄は航海中の父に手紙を書いて絵の具をねだった。みやげをこっそり手渡してくれる兄に「親しみを感じる」ようになった。その後も、兄は弟の欲しいものを父に買わせた。小遣いも分け与えた。電車で新開地や大阪まで連れて行ってくれた。弟だけが市電に乗ったとたん発車して、兄が必死に追いかけて来てくれたこともあった。
兄の金遣いが荒くなった。酒・タバコに使っていた。父もわかっていて中学生に外国の酒・タバコを与えた。
兄は30代の頃にはアル中になっていた。もう戦争中のこと。弟は久しぶりに兄を訪ねる。兄の告白を聞いて、ぐれ出した原因を知った。
敗戦から2年、兄が疎開地で死んだ。葬式に駆けつけると、土地の人が兄に似ていると話しかけてくる。兄はかなり肥えていたはず。「酒も食も不自由で痩せさらばえて」亡くなった。
父はというと、敗戦の年、兄の酒を都合するために出かけて米軍の飛行機に撃たれて死んだ。悲しい話だ。(実際は従軍して戦死)
うみねこ堂店主は田宮と接したことがある。高校の先輩(旧制中学だが)にあたり、講演で来校したそう。
(平野)