■ 金子兜太 『小林一茶 句による評伝』 岩波現代文庫 860円+税
一茶が生涯に詠んだ2万句から約90句を選び、年代順に訳と評釈。たとえば、
痩せ蛙まけるな一茶是ニ有
(訳)お前の味方はこの一茶だぞ。さあ、負けるな痩蛙。
(評釈は対話式)
――この句は真面目すぎる受けとられかたをしていますね。「蛙のたたかひ」を見にいって作ったもので〈略、「蛙のたたかひ」は二説。(1)蛙合戦=自然の生殖、メス1匹にオス多数。オス同士の戦いで痩せた蛙は分が悪い。(2)1匹のメスに数匹のオスを向かわせる遊び、金を賭ける。この句は(1)がふさわしい〉高調子で、戯れて呼びかけるには、蛙合戦のほうがいいですよ。
――従来は、痩蛙への思いやりを過度に受けとって、一茶の不遇な成長期を直接類推したり、その成長期に育った一茶の弱者憐憫の意識のあらわれをみたり、(略)しかし、それは読みすぎだね。
――小動物に呼びかけている感性のやさしい働きを受けとるべきで、その根底を探りすぎると句がつまらなくなりますね。それも、やさしさゆえに醸されている諧謔の味わいですね。
「あとがき」より。
金子は、一茶のことを「芭蕉の組上げた俳諧、とくに発句の大衆版を書きひろげた俳諧師」という受け取り方をしていた。晩年の「自由きままな生活のさまざま」――武家をからかい、嫌なものは嫌といい、放屁の句、子どもに親しまれる――年寄りぶりを親しいものに思った。
本書を書くにあたって、「一茶という俳諧師の、人間として生きてゆくための苦労の有り態」――29歳で業俳として独り立ちして、50歳で郷里に帰るまでの旅回り俳諧指導の「屈折した内面、対人関係」、帰郷後の苦労、60歳の正月に「『荒凡夫』で生きたいと言い切る心底」――に深く入っていった。
小生は、「定住と漂泊」を身にしみて承知した。……
「句による評伝」。
元は、1973年(昭和48)河出書房新社『日本の古典』シリーズの『蕪村・良寛・一茶』に収められた文章。87年小沢書店から単行本。
(平野)