2015年3月31日火曜日

女たちの荷風


  松本哉 『女たちの荷風』 ちくま文庫 
20096月刊
2002年白水社から単行本。

 荷風に関わった女性を「逸話的、文学的」に綴った荷風評伝。
 編集者が聞く。「そもそも荷風に惹かれたきっかけは何? 公式見解でなく」。
 松本は正直に「やはり文章、あの名文!」と答えたが、編集氏は不満だったに違いない。

残念ながら本音も本音、いくら非公式にくだけてみても「やっぱり文章、あの名文!」なのであるが、『四畳半襖の下張』で代表されるような男女の「風流」と永井荷風が切っても切れない関係にあるのは百も承知である。堂々と「女たちの荷風」を書いてみようと思ったのである。

目次
めざめのころ  深川の恋  異国で別れた女  二度の結婚と離婚  人騒がせな「文学芸者」  男の後悔  性懲りもなく  終生の愛人と男の夢  墨東の女たち ……

「荷風」はペンネーム。由来は、いわゆる「初恋」。中学生時代、入院した先の看護婦「お蓮」さん。植物ハスを表す漢字に、「荷」もあるそう。
 退院後、その思い出を書き、「荷風小史」と署名した。『春の恨み』という処女作だが、現存しない。後年、『歓楽』という作品に初恋のことを書いている。純粋で美しい恋からというのは意外。
 松本は女性につながる筆名を使った作家を6人挙げている。それぞれ事情がある。徳富蘆花や森鴎外も、そうらしい。

(平野)

2015年3月29日日曜日

イベント


ヨソサマのイベント

  第十回 サンボーホール ひょうご大古本市

410日(金)~12日(日) 10時~19時(最終日18時まで)
神戸三宮サンボーホール

11日 1030分~ 田辺眞人講演会「神戸の歴史から 大空襲70年・大震災20年」
12日 11時~・14時~ 昔懐かしの街頭紙芝居

主催 兵庫県古書籍商業協同組合 078-341-1569


 

  神戸の歴史とアートの旅 ~近代化の轍~ 阪神沿線の文化110

411日(土)~614日(日) 10時~18時 毎週月曜日休館(5.4開館、5.7休館)
BBプラザ美術館 078-802-9286
入館料 一般400円 大学生以下無料


 


  植草甚一スクラップ・ブック

425日(土)~75日(日)
世田谷文学館


 

2015年3月26日木曜日

荷風極楽


  松本哉 『荷風極楽』 朝日文庫 
200111月刊 単行本は1998年三省堂より。

松本哉(まつもとはじめ、19432006)、神戸市生まれ。科学書編集者から作家活動に。当欄では『すみだ川気まま絵図』(ちくま文庫)を紹介した。

永井荷風の不思議な魅力を語る。「荷風に親しむ極楽気分」を共感したいと、独自の視点で描く荷風評伝。
 著者によるスケッチ・地図あり。荷風の甥が保管していた写真、撮影した写真も。

目次
『ふらんす物語』のほろ苦さ  明治の二代目  両雄の青春  荷風のいた風景  震災の頃  女のかけひき  骨肉の文学  葬儀の顚末 ……

 好きになってしまうと、その気持ちは誰にも止められない。世間を見渡してみれば、亭主は会社を辞めて道楽のような仕事を始める、娘は変てこな男とくっつく、息子は悪い仲間とつきあい始める、主婦も別の男を作って家を出ていってしまう。こんな例は多い。あたら身を持ち崩したいと思っているわけではない。好きな道を歩みたいという気持ちが人をあらぬ方向へもっていってしまうのである。結果が吉と出るか凶と出るかは死ぬまでわからない。……

 おじさんが世間話・愚痴を始めるのではない。荷風のことを語るのである。

……悪口は批判を書くつもりはない。好き勝手に生きた人物のようだから他人様に迷惑もかなりかけたようであるが、今さらその罪をつぐなってもらう必要はない。「よくそんなことで生きてこられたなあ」とうらやましく思い、その極楽往生を見届けたいのである。

荷風は良家に生まれ、作家より別の生き方ができただろうが、好きな道で成功した。作品は読まれ、死んでも人気がある。上田敏に応援され、谷崎潤一郎を引き立てた。一方、お上からは睨まれ、仲間から憎まれた。

文章が天下一品。荷風の魅力としてこれがしばしば言われる。しかしそれも、ただ文章が上手だったというのではない。名文家というだけなら他に何人もいるのであって、中身と書き方が天下一品の「商品」だったのである。個人の努力とか才能といったことでは片づけられない不思議な魅力、つまり天から与えられた運命のようなものは後からついてきた。

荷風は荷風であり続け、ひたすら好きなことをした。最期は一人で死んだ。

(平野)「ほんまにWEB」【海文堂のお道具箱】更新。http://www.honmani.net/index.html

2015年3月22日日曜日

岡本 わが町


 中島俊郎編 『岡本 わが町 岡本からの文化発信』 神戸新聞総合出版センター 1800円+税

目次
はじめに――弥生文化とモダニズム文化が交差する街
第1章     岡本の歩み――住宅開発から生れた街並み
岡本の基層、扁保曾塚(へボソ塚)  地図から見た岡本と梅林  阪急岡本駅、摂津本山駅  石畳の街  いしだたみ君  モダニズムの街
第2章     岡本をめぐる人々
増田太郎右衛門  久原房之助  本田順太郎  平生釟三郎  谷崎潤一郎  笹部新太郎  長谷川三郎、寿岳文章、中井久夫
第3章     岡本の時を刻む
素盞鳴神社  二楽荘  甲南学園  本山第一小学校  本山第二小学校  本山中学校  岡本公会堂  だんじり祭り
第4章     岡本に暮して――共鳴する声と声
第5章     絵画、文学に現れた岡本
梅の街、岡本――「岡本梅花見図」  阪神大水害  谷崎潤一郎『細雪』、「陰翳禮讃」  水上勉『櫻守』
あとがき
 
 岡本という地域に住み、住民としての生活、生きてきた証し、心にふれた出来事などを書いてみよう、というのが本書のきっかけであった。
 岡本は芦屋と住吉の間にはさまれた、人口一万人足らずの小さな街である。岡本に半世紀暮らし、個人一人ひとりの姿勢、意見、生き方を根本にすえながら、お互いが共有できる「ひとつの歩み」を、本書で示すことができれば、その目的は果たせたと考えていいのではないだろうか。
 これは岡本という町のいわば〈自分史〉、〈個人史〉なのである。郷土史というような大上段に構えるつもりなどさらさらない。しかし、岡本に暮してきただけの感想に過ぎない、とは考えてはいない。住民が互いの意見を共有することで、自らを見直すきっかけを提供し、この土地に住むということを確認したいものだ。
 岡本という鄙なる地域にまで、グローバリゼーションの波は押し寄せている。全世界をおおっているこの波はすべてを均一化してしまう強力な昂進力を発揮している。生活の至便性に資すかもしれないが、個人の多様な生き方をも圧迫するという危機感を私たちはいつも感じざるをえない。
 本書の中に響くたような声こそ、岡本という「地域の声」なのである。ささやかな声でしかないが、過去と現在を結ぶ「着実に届く声」なのだ。市史とか区史などの「大きな声」ではなく、自分たちが暮しているような小さな地域から、今後、様々な声があがるのを期待している。(略)

 

「岡本」といえば、閑静な住宅街、大学生が多い街、おしゃれな街、というイメージ。しかし、ここに長く住んできた人たちは危機感を持つ。
 編者は甲南大学英文学教授。岡本で生まれ育ち住み、学び教え研究している。21日、岡本公会堂での出版記念会で講演。本書の目的と意図、地域の歴史、「まち」の未来像を語った。地域の暮らしを支えてきた商店が廃業していき、「まち」の社会基盤が失われていく不安も。例のひとつに【海】の閉店を取り上げてくださった。

(平野)
「ほんまにWEB」連載〈奥のおじさん〉更新。今回早い。
http://www.honmani.net/

2015年3月20日金曜日

あの日からの憂鬱


 しりあがり寿 『あの日からの憂鬱』 KADOKAWA 740円+税

 3.11から4年。朝日新聞夕刊「地球防衛家のヒトビト」、『コミックビーム』掲載の短篇、描きおろしなど、ギャグあり、幻想物語ありの作品集。

 
「地球防衛家のヒトビト」より(セリフのみ)

ママ「原発の汚染水ってそうとう大変なんだろ?」
パパ「例えばウチでいえば……トイレで使った水を下水に流せなくて、とりあえずタンクにためてたけど、今や家の中いっぱいで増え続けているってカンジかなー」
ママ「ぞ~」

 最近読んだ雑誌から。

 今、主な原発推進国は、基本的に核兵器を持っている国です。だから核兵器を維持していくためには、原子力に関する技術、それからウラン濃縮のための施設などを維持していかなければいけないのですが、それを軍だけで維持するにはものすごくお金がかかるんです。でも電力産業という非常に大きな器の中で維持していくことができれば、国が税金を使わなくてもかなり楽になるので、そういう理由で原発推進の立場を取っている国は多いです。(先進国以外でも原発を持っているし、持ちたいと考えている。基本的に核技術を持ちたいから。原爆の入り口としてまず原発)
 このような事実から考えると、あきらかに安倍さんは核兵器を持ちたいんです。
(古賀茂明インタビュー「日本の新しい可能性を創り出す再生可能エネルギー」 『熱風 GHIBLI2015.2月号 スタジオジブリ)
 
 福井県高浜原発が年内再稼働を目指しているが、

 福島県の面積は広い。どれくらい広いかというと、福井県、京都府、滋賀県、大阪府の一部を合わせてようやく同程度になる。つまり若狭の原発は大都市にとても近いのだ。福島第一原発から福島市までの距離は約60キロ、一方、高浜原発から福井県庁までは88キロだが、なんと京都府・舞鶴市役所までは11キロ、京都府庁まで60キロ、滋賀県庁まで66キロで、大阪市役所までは92キロとなる。
「福井県庁より京都府庁や滋賀県庁の方が近いのに、周辺自治体には再稼働に対して発言権がない。各地の避難計画もあまりにずさんです」
 高浜原発の地元である高浜市では、再稼働に向けた公聴会や説明会は152月現在、一度も行われていない。
(「ビッグイシュー・アイ 大島堅一さんに聞く」 『ビッグイシュー日本版』VOL.259 ビッグイシュー日本)

(平野)

2015年3月19日木曜日

金子國義


金子國義さん、316日逝去。自伝『美貌帖』(河出書房新社)が遺著になった。

 芸術は遊びの精神からでてくるものだと今でも信じて止まない。
 そして人生というものには、筆でさらさらっと描いたように、自然のまま結ばれる一本の線があると思う。刻々変わりゆき清濁あわせ呑むかのようでいて、微塵のためらいもない、毅然とした凛々しさにさえ、一致するひとすじの流れ。少なくとも僕は、たえずその流れのなかを生きてきたような気がする。
 明日はどうなるのかとよく聞かれるが、明日は分からないというのが僕の主義。(略)
 

 明日はない、と思って今日を生きることを大切に考えている。

(あとがき)

 
『美貌帖』本体表紙。
(平野)

2015年3月17日火曜日

苦笑風呂


 古川緑波 『ロッパ随筆 苦笑風呂』 河出文庫 740円+税

 底本は『苦笑風呂』(1948年、雄鶏社)。戦後いろいろな雑誌に書いた文章(一部戦前のものあり)。食・酒談義、映画、浅草、文芸評もある。
 読み返して恥かしいと書いているが、

然し、何としても、僕の身体には、文筆の虫が棲んでいるらしく、時々書きたくてたまらなくなって来るので、これからも書き続けるつもりである。
 役者の余技、というものではない。
 文筆も、僕の本業の一つである。
 
 役者の仕事で老け役も女形もするし、声色も歌も。「何でも屋であり過ぎる」。ものを書いても「全く、何でも屋である」。

「苦笑風呂」は題名どおり風呂の話。
 戦後すぐの映画「東京五人男」(19461月公開)撮影中のこと。ロッパは汗かき、冬でも風呂に入らないと気持ちが悪い。戦中からの燃料不足で、風呂なしが続くと全身かゆくなる。華族のおぼっちゃま。
 撮影所近くで間借りしていて、そこの小母さんが銭湯に行けば、と言うが、ロッパは銭湯がいや。人気者ゆえ落ち着いて入っていられない。小母さんが風呂のある家に頼んでくれることに。
 翌日、撮影所の浴場が久しぶりに風呂を沸かしてくれ、「ああ有がたし有がたし」と南無阿弥陀仏を唱えるほど風呂を楽しむ。帰ると小母さんが、隣の家が風呂を沸かしてくれた、と。断れず伺う。サラ湯。洗うところがないと思っていたら、頭を洗っていなかった。お礼を言って戻ると、三軒先の家でも風呂を沸かしてくれていた。小母さん、「これも浮世の義理と思って」。
 ロッパはのぼせてフラフラ、「身体中の皮膚がヒリヒリ」。
 その翌日、撮影は「野天風呂」のシーンであった、というオチ。

(平野)

2015年3月15日日曜日

椎名麟三――自由の彼方で


 『椎名麟三――自由の彼方で』 椎名麟三を語る会会誌第14号 20145月刊 1800円+税
椎名麟三生誕100周年、語る会創立20周年記念。

「語る会」は「戦後文学の担い手としての椎名文学を昭和文学史上に位置づけると共に、椎名麟三の目指した世界を探求するためその文学や思想について語り合うことを目的とする」。

 椎名麟三(19111973)は姫路市(旧曽佐村)生まれ、本名大坪昇。1929年宇治川電鉄(山陽電鉄)入社し労働運動に参加。31年検挙され、33年獄中で転向。38年文学を志し、47年「深夜の酒宴」でデビュー。第一次戦後文学派の一人。50年受洗。

目次
【評論】
戦後文学とドストエフスキー  斎藤末弘
椎名麟三の「生きる」  柳谷郁子
椎名麟三にとって「故郷」とは何だったのか  田靡新
……
表現における形而上学的意味  椎名麟三
【随想】
姫路文学館への寄贈  大坪真美子
椎名麟三獨特のポーズ  坂東大蔵
……
『椎名麟三を語る会』の歩み
椎名麟三略譜

姫路の大塚書店で購入。

ヨソサマのイベント

 イシサカゴロウ展〈Reblog〉
 

47日(火)~18日(土)
カロ ブックショップ アンド カフェ
06-6447-4777


(平野)

2015年3月6日金曜日

仏画に込めた想い


ヨソサマのイベント

 豊田和子仏画展 「仏画に込めた想い」
日時 317日(火)~22日(日) 10時~17時(最終日は16時まで) 
場所 神戸ラピスホール 廣厳寺(こうげんじ、楠寺)内
入場無料
17日 オープニングトーク「仏画に込めた想い」
豊田和子 神木哲男

参加ご希望の方は下記にお申し込みください。
(株)くとうてん 078-335-5965(平日10001900


 

 
(平野)
 廣厳寺は楠木正成ゆかりの寺。JR神戸駅から北へ徒歩10分、高速神戸駅から北8分、市営地下鉄大倉山駅から1分。

 NR出版会HP更新。連載「書店員の仕事」一挙4件。
渋谷 ブックキュームNHK店 森本さん
新宿 模索舎 榎本さん
いわき市 鹿島ブックセンター 鈴木さん
すみません、私も。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/top.html 
 

 碧野圭『書店ガール』(PHP文芸文庫)が4月フジTV系列でドラマ化。「戦う! 書店ガール」。稲森いずみ主演。http://news.walkerplus.com/article/55602/

2015年3月5日木曜日

忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎


 辰野隆 『忘れ得ぬ人々と谷崎潤一郎』 中公文庫 820円+税 
解説 中条省平

 恩師・学友他、露伴、漱石、鴎外、荷風、太宰らとの交流を語る自伝的随想集。

 底本は『辰野隆選集第四巻』(1949年、改造社)と『辰野隆随想全集1』(1983年、福武書店)。

 辰野隆(たつのゆたか、18881964)、東京生まれ、フランス文学者。東大仏文科の門下生に、渡辺一夫、小林秀雄、三好達治、森有正他俊英多数。谷崎とは府立一中で同窓。辰野が1学年上だったが、谷崎は3年を飛び級で4年に編入され同級になった。
 谷崎は小学生時代に西行論を雑誌に投稿していた。秀才ぞろいの一中でも華やかな存在で、1年生の時から学友会雑誌に漢詩、評論を寄稿。

 谷崎は――両手を上衣のポケットに突込み、すこし前こごみで、眼を光らせながら、のそりのそりと歩いている形が――何処やら野良猫に似ていた。(略)然し此の猫、ただの猫ではなかった。その時分から既に虎になりそうな勢いを事ある毎に示していた。而も竟に虎となり、嵎を負うて時に長嘯しているのだ。

 孟子の言葉を引いて谷崎の才能を賞賛している。辰野は谷崎作品を「特別な愛著と敬慕の念を持して読み通して来た」。
 戦時下、谷崎『細雪』は雑誌発表段階で中止。昭和197月上巻を自費出版する。

……僕は彼から非売品『細雪』上巻を贈られて、旱天の慈雨の如き悦びを味わった。竟に文化国家となり得なかった日本の軍閥官僚政府の弾圧があらゆる新聞、あらゆる雑誌の全面を便乗小説の巣窟たらしめ、真の文芸家、真の読者は只今長大息をもらす他はなかった際に、自費出版の『細雪』が如何ばかり我等の心境をうるおしたかは著者の与り知らぬところであったろう。が然し、我等は――少くも僕は――この『細雪』と秋声の『縮図』あるが故に海内の文章未だ地に堕ちずと観じたのである。(略)

 フランス文学と比較しながら、谷崎作品を論じる。

(平野)
 

「朝日」3.4夕刊。「梅田書店戦争」。新しい大型店が出るたびにこんな記事が載る。
 新店進出の一方、旭屋本店再出店断念他、閉店・撤退も記されている。
 東京ではリブロ池袋本店の6月閉店が発表された。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150304-00000008-mai-soci

 
「ほんまにWEB」連載、「しろやぎくろやぎ往復書簡」と「奥のおじさん」更新。
http://www.honmani.net/index.html 
元町商店街HPも更新していました。
http://www.kobe-motomachi.or.jp/

2015年3月1日日曜日

家の中の広場



 鶴見俊輔 『家の中の広場』 編集工房ノア 19824月刊(手持ちは8352刷り)
 70年代後半からのエッセイを中心にまとめた。夫人の病気で家事を引き受けるようになった。
 
 頭の中ではずっと前から「男が主婦業をやる」といった役割転換が必要だ、と思っていましたがね。(略)日ごろ考えていたことが実現したので、生きがいを感じて勇躍、任務についたというところかな。
 
 買い物に行くのに、献立を考え、メモを持ってその原案どおりの買い物しかできなかったが、慣れると店頭でうまそうなもの、安いものを見つけ、原案を修正する面白さを発見する。現場で想像力を刺激する仕事だと思う。
 買い物をすると情報をくれる。クリーニング屋さんが「これは自分で洗濯したほうがトク」と助言。神社に奉納するお神酒を買うと、酒屋さんが置き場所によってお神酒の配分先が違うことを教えてくれる。地域の運動会で住民が共同して赤飯を炊いて売り、学校の収入にする。
 地域に根ざす小売屋さんが売る立場だけでなく、買い手の立場で情報をくれ、地域住民として対応する。
 
……地域という単位を壊しちゃって、全国の市場を相手にするような射程の長い小売業が出てくると、分業は固定してしまう。流通機構の全体を一にぎりの委員会みたいなものに管理させれば、合理的ではあるけれど、買い物の根元にある売り手と買い手の生きがいは壊される。人間的といえないのじゃないかな。(略、組合も住民運動も「よりよく管理されたい」が目立つ。それはファシズムではないか?)不能率、不合理であっても、自主管理できる手がかりっていうのを、自分の暮らしや、まわりの人たちとの関係に持ちたいっていう気がするの。その手がかりっていうのは、買い物ということでいえば、射程の短い小売屋さんとの、ちょっとしたやりとりから生まれてくると思うわけね。
 
(平野)【海】はそんな店だっただろうか。近いところもあったと思う。
 
家人にもらった台湾高雄市のイベント情報冊子「文化高雄」。
日本ものでは、草間彌生「夢」展(市立美術館)、「アルプスの少女ハイジ」展(山海奇幻大冒険樂園)。映画「ミラクル デビクロくんの恋と魔法」と小津作品「おはよう」上映中。