2015年4月28日火曜日

やちまた

 
  足立巻一 『やちまた』(上・下) 中公文庫 各1200円+税


足立については本ブログでも何度か紹介している。1913年東京生まれ、関西学院中等部から神宮皇学館に進学。戦後、高校教師、新聞記者を経て、放送局勤務、作家活動。大阪文学学校の講師、大阪芸術大学、神戸女子大学で教授。1985年死去。

書名「やちまた」は「八衢」、道がいくつにも分れる所、迷いやすいたとえにも使う。国学者・本居宣長の長男、本居春庭(はるにわ)の著作「詞の八衢(ことばのやちまた)」から。私たちが古文の授業で苦しむ国文法の研究した人。春庭は主に動詞を研究し、「詞の八衢」では活用を分類した。動詞活用の法則と名称はこの人の功績によってほぼ決定された。
 本書は、春庭の評伝であり、「詞の八衢」成立の過程を書きながら、足立の学生時代から本書執筆までの自伝でもある。

春庭は1763年(宝暦13)伊勢松阪生まれ、宣長の長男。幼時から宣長の講義を受け、著作・編集を手伝った。29歳頃から眼を患い、32歳で失明。宣長は将来を心配し、京都の針医者に入門させた。35歳で開業し、かたわら国学と歌を教えた。

足立は皇学館の文法学概論の授業でこの盲目の学者について知った。

「不思議ですねえ……語学者には春庭のような不幸な人や、世間から偏屈といわれる人が多いようですねえ……
 奇妙なことに、そのつぶやきのような声が、突然、私を射た。盲管銃創の痛さがあった。わたしは教授の視線につりこまれたように、窓を見た。そこには赤松の幹があり、まだらの陽ざしがゆれ、ゆれるごとになにかがしずかに燃えているように見えた。

 皇学館は当時官立の専門学校で、卒業すると神主と中学国語教師の資格を得られた。学資は安く、貧しい家庭の学生が多かった。足立も伯父の世話になっていた。
 足立は、病で休学中の友人を見舞う。親戚に面倒を見てもらっていたが、そこも破産し、卒業後の大学進学をあきらめた。神主にも教師にもならず、早く働かねばならない、と彼はさびしそうに言った。そして、脈絡もなく言った。きみが春庭を研究する気になったのは彼が盲目だからで、彼の学問ではない、と。

 わたしは、「ちがう。ことばなんだ」と反論しようと思ったが、やめた。いわれてみれば、わたしが春庭に持つ興味は、学問とは呼べないものかもしれなかった。春庭への関心は国語学の時間に白江教授がふともらした「ことばとはふしぎなものですねえ」という吐息のようなものにはじまり、春庭という歴史的人間のなかにことばの諸相が凝縮されているように思われ、そこへ接近していったのもわたし自身何も学問のつもりではなかったし、しいていえば一個の詩論に近いものであった。それが、とんでもない方角へひろがってしまった。春庭の語学説の評価はほぼ正当に定まっているが、その業績の過程は国語学界でも放置されていることから春庭の追体験にはいりこんで、いまではその人生そのものに興味が移ってしまい、あげくはラチもない。

 しかし、足立は学問であろうとなかろうと春庭に魅せられてしまった。「毒を食らわば皿まで」と笑った。

 たしかに、わたしにとって春庭は毒にちがいなかった。その毒はがらんとした闇のなかで、菌のように乱舞するのである。

1968年~73年「天秤」連載、74年河出書房新社より単行本(90年新装版)、95年朝日文芸文庫。
 本文・年譜など1000ページ、松永伍一・吉川幸次郎よる書評、呉智英のエッセイを付す。

(平野)まだ上巻しか読めていない。
「ほんまにWEB」〈しろやぎ・くろやぎ〉更新。
 西加奈子『サラバ!』の直筆サインを展示していたら、慌てもんの大阪のおばちゃん、本屋がなくなると勘違い。

2015年4月26日日曜日

WAKKUN てがみ


   WAKKUN 『てがみ』 Maillet books(マイレぶっくす) 
 
1500円+税

 WAKKUNが小学生時代のこと。田舎のおばあちゃんが、新聞を読んでちょうだい、と頼む。おばあちゃんの家は貧しくて学校に行けなかった。

 まじめで寡黙な彼女自身が、子どもの頃
「学校で勉強がした!」と言えただろうか? そう心に思ったとしても言葉をのみ込んでいたのではないだろうか? そんな風にボクは感じた。
 今より少し前の時代。
 貧しく、つつましい生活をしていた祖母たち田舎の人々は、人を好きになって、大切な人に自分の想いをちゃんと伝えられただろうか? そして、もし、ひらがなでも書くことができたとして、いったいどんな「てがみ」を書いたのだろう?
 そんな気持ちがボクにひとつの物語をつくらせたのだった。

 

 
 WAKKUN展「てがみ」は本日18時まで。
 ギャラリーヴィー 元町通3丁目 078-332-5808
 
 会場でWAKKUNが本書を朗読してくれます。

ヨソサマのイベント

  松田一のデッサン おふくろ展
425日(土)~30日(木) ギャラリー島田1deux
12001900 火曜日は1800まで、最終日は1600まで。


 同名の画集を会場で販売。
(平野)

2015年4月23日木曜日

人文会NEWS他


送ってもらった冊子

  『人文会NEWS 120』 人文会 非売品

書店現場から ちくさ正文館という本屋  古田一晴
15分で読む戦後七〇年 体験的読書案内――世界の戦後七〇年に際して  細見和之
図書館レポート 図書館にとって専門書とはなにか?

他、晶文社「まるごとヨシモト」、三省堂書店「年末年始は本の街 神保町で人文書」


 水谷さんありがとう。

  『本と本屋とわたしの話 8』 発行者 宮井京子

第一話 古本屋知らず
第二話 「ユリイカ」の頃
コラージュ あの人の本棚 その三
第三話 次の、さらに次の本へ
ほんのこぼれ話 傍線は友だち

【海】のクマキが上記のどれかを執筆。クマキさんありがとう。


 
ヨソサマのイベント

  『次の本へ』連続トークイベント 
426日(日)16001800
古川日出男×松原隆一郎 神戸と東北――2つの被災地を考える本の話

ワールドエンズガーデン  主催 苦楽堂


 
(平野)
「ほんまにWEB」〈奥のおじさん〉更新。今回は入手本の書影つき。


 

2015年4月19日日曜日

口笛を吹きながら本を売る


  石橋毅史 
『口笛を吹きながら本を売る 柴田信、最終授業
晶文社 1600円+税
装丁 寄藤文平+鈴木千佳子
 

 柴田は神保町「岩波ブックセンター」代表、85歳、書店人生50年。『「本屋」は死なない』(新潮社)の石橋が3年にわたり聞き書き。

店名にあるように「岩波書店」と関係が深いが、現在は資本的なつながりはない。しかし、在庫の半分以上は岩波の本という人文書に特化した本屋。正式名称は「有限会社 信山社」。

 柴田は1965年池袋の芳林堂書店入社。売り上げスリップによる単品管理をスタッフと考案し実行した。POSレジ出現以前のこと。78年信山社入社、現在会長。神保町ブックフェスティバルの中心人物。著書、『出版販売の実際』『ヨキミセサカエル』(日本エディタースクール出版部)。

 書名は、芳林堂時代のスタッフが朝礼で話した言葉から。

「表向きは口笛を吹きながら売ろう。ということは、それを支える強い仕組みが裏側にある、ということね。そういうなかで仕事をしよう、と。そのためには帳面を揃えよう、品切れ本はリストにしておこうとか、本を売る、というようなことをちゃんと為してゆくための仕組みをつくっていった。
『本を売る』とはそういうものだ、っていうのが私の底にあるから、よその書店で『本のコンシェルジュ』とかって言葉が出てくると、ちょっと笑っちゃうんだよ。読者に何かを指南するとか、書店員が目立つ必要はない。……

(平野)

2015年4月12日日曜日

野呂邦暢古本屋写真集


   野呂邦暢著 岡崎武志・小山力也編集 『野呂邦暢 古本屋写真集』 盛林堂書房 2500円税込

 岡崎武志が野呂の随筆選集を編集したことが縁で、ご遺族から託された写真。版元は荻窪の古本屋さん。

「澄んだ日」より

 上京した野呂は月2回の休日、古本街をまわる。1020円の均一箱。その日、高円寺の古本屋で1冊の本が目にとまる。カミュの「結婚」だったらしい。

……書名を正確に記憶していないが、小説でなかったことは確かだ。なぜ心もとないかといえば、私はその書物を買わなかったからである。扉の裏に二行のエピグラフが引用してあった。ヘルダーリンの詩である。
――しかし汝、汝は生まれた 澄んだ日の光のために――
 私はこの二行を頭に刻みこんでそっとページを閉じ、本を箱に戻した。皮膚に電気のようなものが走った。強い光で骨の髄まで照らしだされたような気もした。私は大股に歩きながら深く息を吸って吐いた。見馴れた高円寺駅周辺の風景が、別世界のそれであるように思われた。

 
(平野) 
 林哲夫さんのブログを見ると、上記の詩は「結婚」にはない由。
 ますく堂さんありがとう。

2015年4月7日火曜日

友は野末に


  色川武大 『友は野末に 九つの短篇』 
新潮社 2000円+税

表題作他私小説9篇。うち「蛇」は未完。
 嵐山光三郎、立川談志との対談、夫人インタビュー収録。


「友は野末に」

 某日、小さなホテルにこもって仕事をしているとき、家からの電話でまた一人の友の死を知らされた。五十をすぎるとそういうことが頻繁になってきて不思議はないし、自分の命だって風前の灯なのだから、他人が死のうと日常茶飯のことといえなくもない。

 幼稚園、小学生時代の友人・大空くんの訃報。「私」はナルコレプシーという病気で睡眠のリズムが狂い、幻影を見る。見たい幻影を出現させることもできる。大空くんも現われた。彼の母親も出てくる。学校でのこと、遊びのことを思い出す。彼は癇癪持ちで先生も持てあますような子。「私」も別の意味で調和を乱す子だった。遊びでは電車ごっこ。畳の上の遊びが過熱して、自転車を使って道路で。時刻表も作った。だが、交際は中学生になると途絶えた。30年ほどの間、彼は子供の頃のまま「私」の幻影の中に現われていた。現実では手紙が来た。故郷で山の宿を開いているらしい。消息通の級友から近況を聞くこともあった。入院したと聞いた。

……退院して一ヵ月もしないうちに、あっけなく死んでしまった。急性の心臓麻痺だそうだが、家族が居ないからくわしいことは東京の誰にもわからない。消息通の級友によると、大空くんは以前にアルコール中毒の前歴があるそうで、またヤケ酒でも呑んだのではないか、という。
 いずれにしても、どういう一生だったか、肝心の盛りの時期を知らないが、子供の頃の熱い表情を私の念頭に残したまま、大空くんは一人野末で死んでしまった。

「卵の実」では神戸の親戚が登場。「奴隷小説」「吾輩は猫でない」でマゾを告白。

(平野)色川は198960歳で亡くなった。私はその年齢を超えてしまっている。

2015年4月5日日曜日

ひょうご部落解放


  『ひょうご部落解放』 2014年冬号 
一般社団法人 ひょうご部落解放・人権研究所 頒価700

特集 震災から20年、被災地からの発信

阪神・淡路大震災の記憶を受け継ぐということ 
震災と住居――応急居住段階・仮設住宅等の問題を中心に
阪神・淡路大震災の負の教訓と課題
新たな出発――阪神・淡路大震災20
長田にNPOが集まる理由――まちづくりの可能性について

 

ヨソサマのイベント 前掲書表紙のWAKKUNの個展

  WAKKUN展 てがみ

414日(火)~26日(日) 
12001900 月曜日休廊 最終日18時まで
ギャラリーヴィー 078-332-5808



 

(平野)元町商店街HP更新。
http://www.kobe-motomachi.or.jp/

2015年4月4日土曜日

震災学 vol.6


  『震災学 vol.6』 東北学院大学発行 
荒蝦夷発売 1800円+税

目次
「小さきもの」の行末について  佐々木俊三
第一章 原発をめぐる現在  福島第一原発のいま  海峡を隔てて 函館から見る大間原発 ……
第二章 過去に学ぶ  破壊の跡地を歩く  二〇一五年一月一七日の神戸  正岡子規の明治三陸大津波 ……
第三章 自立する市民の震災復興  被災した日常とボランティア  震災初期・被災事業所支援奮闘記  防災分野におけるNGOの可能性 ……
座談会 被災地/者と災害ボランティアステーションの行方

山川徹「二〇一五年一月一七日の神戸」
 20151月、山川は神戸を取材。人と防災未来センター、長田区の商店街、生田神社で話を聞いている。
 17日は東遊園地の〈阪神淡路大震災1.17のつどい〉から東灘区の喫茶店。区の犠牲者は1471人。常連さんたちが被災体験を語る。
 喫茶店のママさん。「ここら辺は激震地やけど、普段、みんな震災の話なんてしないもんねえ。二重ローンの人も多いよ。うちは全壊、主人が生き埋めになってね。「助けて」って叫んでんのに、みんなボーッとしてんの。隣も裏も死人が出ているから、他の人を助ける余裕なんてなかったのかもしれないねえ。そんなときに回ってきた商船大学の学生に主人を掘り出してもらったの」。

「兄さん、震災を取材にきたんでしょう。でも、私も思い出すのが苦手なんですよ。正直にいえば、あの記憶をきれいさっぱり忘れたい。思い出したくもない。話もしたくない」と言いながら、記憶をたどり話してくれる人。悲惨な現場、避難所に安置された遺体など、やりきれない体験をテンポよく軽妙に語ってくれる。彼らは今まで体験を話す機会はほとんどなかった。

……一月一七日という日が特別なのか。二〇年という歳月で何か変化があったのか。話したくないというのは本心じゃないのか。体験を聞いてもらい、話したいという本音が自分でも気づかない奥底に隠れているのか。それは分からない。ただ、神戸で被災した人たちが震災を忘れることも、記憶が風化することもないのだと実感した。

 山川は、取材した人たちの東北を思いやる言葉に気づく。

 二〇年前の一月一七日まで、彼らは被災者ではなかった。東北だって、三月一一日の前には日常生活があった。これからも、ある日を境に、どこかの町の日常生活が突然崩れ去り、被災者と非被災者に分けられるだろう。
 ふたつを隔てるモノは何か。それは、ひどく曖昧で理不尽なモノだとしかいえない。それを知っているからこそ、かつての被災者は、いま震災という現実と向き合う人たちに心を寄せることができるのだろうと思う。

(平野)「ほんまにWEB」 【しろやぎ・くろやぎ】更新。久々の再会、先輩後輩の心温まるシーン。
http://www.honmani.net/