2017年12月31日日曜日

義経伝説と為朝伝説


 原田信男 『義経伝説と為朝伝説 日本史の北と南』 
岩波新書 860円+税

 源義経の華々しい活躍と悲劇は「平家物語」などでよく知られる。その叔父・為朝は《鎮西八郎》の号を持つ豪傑、保元の乱で敗れ自害した。両者とも史料は少ないが、物語に語られ、各地に伝承・伝説が残る。座った岩、所持品、岩を投げた場所などの他、生き延びて海外に渡ったという説がある。義経のジンギスカン伝説は特に有名。

原田はふたりの伝承・伝説の分布――義経は北方、為朝は南方に多いこと、また彼らが足を踏み入れたことがない地域にも伝わっていることに注目。さらに、彼らの死後の物語が海外に及んで王朝の始祖・覇者になってしまうことに疑問を持つ。謎解きは旧石器時代の日本列島から始まる。古代史以来の国家の北限・南限領域拡大過程、彼らの伝説の発生と時代ごとの変容、近代での英雄伝説「史実」化を検証する。

〈すでに『古事記』『日本書紀』のヤマトタケル建国神話は、西(南)で熊襲を、東(南)で蝦夷を、それぞれ征討する物語となっており、ヤマト政権にとって列島の北と南は、当初から版図拡大の対象だったことがわかる。〉

 中世以降、ふたりの物語にさまざまな逸話が加わり、より大きな伝説になる。時代時代の人々に浸透し、大きな役割を果たすようになる。蝦夷、沖縄、そしてアジアへと。

……義経・為朝伝説の成長と展開は、日本の中央政権が列島の北と南を自らの領域として覆い尽していく歴史過程と、みごとにシンクロしている。それゆえ本書では義経伝説と為朝伝説を軸に、その背景となる日本の北と南の歴史を通史的に対比しつつ、日本という国の歴史がもった特質について考えてみたいと思う。〉


(平野)

2017年12月26日火曜日

五月よ 僕の少年よ さようなら


 寺山修司×宇野亜喜良 『五月よ 僕の少年よ さようなら』 編:目黒実 アリエスブックス 1700円+税
 
 

 少年少女をテーマに、寺山の詩・アフォリズムと宇野のイラストがコラボ。宇野は寺山の舞台で美術やポスターを担当した。

寺山の詩「五月の詩・序詞」に、〈夏休みよ さようなら/僕の少年よ さようなら〉の一節がある。宇野は本書巻末に、〈五月よ/ぼくの少年よ/さようなら//ぼくの寺山修司よ/さようなら〉と書く。

寺山は宇野のことを、かつて「刺青師」「変装狂」「ジル・ド・レ伯爵の末裔」「老婆」「左手の職人」「経歴詐称の船乗り」……「舞踏病の少年」「冷酷な法医学生」「花をくわえた少女」……「わたしの誇るべきひとりの友人」と表現した。

 海の詩が多くて、ついそれに目が行く。

「海の消えた日」
〈ある日、突然、世界中の海が消えてしまった。/そして、人々は誰もそのことを口にしなくなってしまった。/一体、海はどんなものだったか。/思い出そうとして書物をひらくと、どの書物からも/海という字が失くなってしまっているのだった。(後略)〉

「かなしくなったときは」
〈かなしくなったときは/海を見にゆく/古本屋のかえりも/海を見にゆく/あなたが病気なら/海を見にゆく/こころ貧しい朝も/海を見にゆく(後略)〉

アリエスブックスは福岡の出版社、絵本を中心に出版。トランスビュー扱い。

(平野)
 クリスマス・イヴに娘と赤ん坊が横浜に帰ってしまった。じいさんは《孫ロス》状態からようやく脱した。ぼやぼやしていたら年を越せない。赤ん坊の写真で年賀状作成中。

2017年12月19日火曜日

江戸川乱歩と横溝正史


 中川右介 『江戸川乱歩と横溝正史』 集英社 1700円+税

日本探偵小説界二大巨星の生涯。
乱歩は1965年に亡くなったが、繰り返し選集や全集が出版され、今もベストセラー作家。
正史は70年代の角川文庫のブーム以前は忘れられていた作家と思われているが、「人形佐七」など旧作がずっと出ていた。
ふたりともデビューしてから常に執筆依頼があって書く作家だった。研究書は何冊もある。
乱歩が8歳年上。探偵小説愛好家の時代から互いに認め合い、時に反目、また支援をしあった。友情は終生変わらなかった。

休筆したり、病気になったり、書きたくても思い通り書けなかった時代があった
 本書はふたりの「交友」に焦点をあて、探偵小説出版史を重ねる。
 
〈江戸川乱歩が作りあげた最大の作品は「横溝正史」だったのではないだろうか。/その交流のなかで乱歩は横溝と、ときには探偵小説愛好家の同志として意気投合し、ときには兄のように叱咤激励し、ときにはライバルとして切磋琢磨し、ときには親友として以心伝心で理解し、常に横溝に探偵小説を書く意欲を持ち続けさせていたように思える。〉

 著者は1960年東京生まれ、作家・編集者。クラシック音楽、古典芸能、歌謡曲などの著書多数。本書では編集者だった祖父が登場する。


 
(平野)

2017年12月10日日曜日

み仏のかんばせ


 安住洋子 『み仏のかんばせ』 小学館文庫 570円+税

 安住は1958年尼崎生まれ、時代小説作家。3年ぶりの新作。人情物が得意だが、本書では主人公が修羅場をくぐる。
 
 

 志乃は女郎に売られ、逃げ、男と偽って首斬り役人・山田浅右衛門に中間奉公する。主人の側に使えて剣術も学んで10年、役目の途中、大事な罪人の肝を強奪され辞職する。針売りになって女として生き直す。志乃は主家出入りの大工・壮太と再会、志乃は壮太が自分のことを覚えていないと思った。中間時代、壮太の笑顔に癒されていた。

ふたりとも人には言えない身の上、壮太は志乃を襲った盗賊一味。互いに秘密を隠し、家庭を持つ。壮太は訳ありの観音像を志乃に見せる。いっしょになっても、志乃は浅右衛門に危ない仕事を手伝わされ、壮太も盗賊を続けていたが、過去の事件を解決する。子どもが生まれ、観音像に手を合わせ平穏な生活を送る。そこに因縁が蘇る。家族が支え合い、良い方向に持っていこうと懸命に努める。

強奪事件で壮太は刃を交え、志乃が女だと気づいていた。壮太が回想する。

〈肌のきめがなめらかで毅然とした顔つきだった。男でも女でもなく、この世のものとは思えない、肌の内側から発光するように輝いていた。そこに志乃の生き方が現れているような気がしたんだ。(後略)〉

 ふたりの秘密は大きすぎるが、誰にも小さな秘密はあるだろう。ふたりはささやかな幸せを大切にしようと前を向く。過去のしがらみさえも受け入れていく。

(平野)

2017年12月7日木曜日

日本の詩歌


 大岡信 『日本の詩歌 その骨組みと素肌』 岩波文庫 
640円+税

 1994年、95年にフランスの高等教育機関コレージュ・ド・フランスで、日本古典詩歌と言語・文字など日本文化の特質を講義。単行本は95年講談社より、2005年岩波現代文庫。
 

1 菅原道真 詩人にして政治家
2 紀貫之と「勅撰和歌集」の本質
3 奈良・平安時代の一流女性歌人たち
4 叙景の歌
5 日本の中世歌謡

 
 
 大岡は、「日本の文学・芸術・芸道から風俗・習慣にいたるまでを、根本のところで律してきた和歌というものの不可思議な力、それを出来るだけ具体的にとりあげ、説明してみたい」と、まず、菅原道真の漢詩から始める。
 道真の時代(平安初期)はまだ仮名文字が普及していない。公式文書は漢文、詩は漢詩。「学問の神様」道真は学者で政治家。左遷を経験し右大臣に昇進、最後は太宰府に追放。死後は「怨霊」と恐れられ、祀られた。
 日本人でも彼の詩を知る人は少ないだろう。どんな詩なのか。華やかな宮廷の宴の詩もあるが、友を励ます詩、市井の人々の暮らし、地方での生活、政治腐敗、学者批判など社会的問題も扱う。

……道真の詩、特に讃岐時代の詩や九州太宰府への追放時代の詩は、喜びや哀しみ、怒りや苦しみの表現において、常に具体的に原因と結果を明示する書き方をしており、主体である詩人自身の立場は明確であり、社会事象に対する彼の反応も明確に表現されています。〉

 漢詩と比較して和歌は短い形式、主語も省略される。

〈和歌の表現は、暗示と極端に少ない量の情報によって成り立っています。そこに存在するのは、具体的な事物や事件の精細な描写ではなく、それらと出会った時の、作者の感動の簡潔な表現です。具体的な事実への言及は、感動の表現にとっては必要な範囲で最小限に行われるだけです。〉

 仮名の発明、普及で詩歌は漢詩から和歌に移る。「きわめて短期間にこの劇的変化は成就」した。

〈彼の用いた詩型が中国伝来の漢詩であったことが、この忘却の一つの原因であったことも明らかですが、彼がこのような詩を書きえた理由も、まさに漢詩という形式を使った点にあったのですから、思えば矛盾そのものを生きた詩人でありました。大きな深淵が漢詩と和歌との間には横たわっていたのでした。〉

(平野)