2015年10月27日火曜日

気まぐれ古本さんぽ


 岡崎武志 『気まぐれ古本さんぽ』 工作舎 2300円+税

 ラジオやテレビでも活躍する古本ライター。

『彷書月刊』休刊後、『日本古書通信』に連載した古本屋さんルポ。18年におよぶ全国漫遊の旅は岡崎のライフワーク。古本屋探訪だけではなく、街の雰囲気やその土地にまつわる本の話も伝える。〈帰り道に口笛が出るような坂道の古本屋〉〈チンチン電車で「てなもんや」!〉〈泪橋を渡って立つんだジョー!〉〈荷風の影を慕いて市川へ〉〈三鷹聞いたかこの賛歌〉……、ダジャレもあるけど、とにかく楽しく読ませてくれる。

本書では2006年から9年分掲載。この間、紹介した店の閉店やネット販売移行など寂しい現実がある。

《古本屋へ行くための明日がある。それだけでも、生きる勇気が湧いてくるのだ。古本屋巡りの楽しみを若いうちに知って、続けてくることができてよかったと思っている。そんな奇妙な情熱が、読者に少しでも伝わってくれれば、書いた甲斐があったというものである。そして古本さんぽはまだ続く。》

 カバー、装画は石丸澄子。

 新刊書店ながら海文堂も取り上げてくれ、応援してもらったのに、あえなくダウン、ノックアウト。そのことも加筆してくれた。感謝いたします。
(平野)

2015年10月24日土曜日

初日への手紙Ⅱ


 古川恒一編集 井上ひさし著 

初日への手紙 『紙屋町さくらホテル』『箱根強羅ホテル』のできるまで  白水社 3400円+税 

『紙屋町さくらホテル』は1997年新国立劇場柿落とし公演。『箱根強羅ホテル』は2005年上演。本書は、井上が台本完成まで劇場プロデューサー・古川に書き送ったファックスや手紙や、打ち合わせの内容を公開する。

「遅筆堂」を自称する作家には、「遅れる理由があった!」。創作の過程は、まさに骨を粉にし身を砕くもの。

『紙屋町~』は、築地小劇場出身の丸山定夫が率いる劇団「さくら隊」が広島で被爆した史実をもとにする。天皇の密命を受け各地を視察する元海軍大将、彼を監視する陸軍将校、日系二世のホテルオーナー、彼女を見張る特高刑事らを登場させる。彼らが劇の稽古に参加し、演劇の魅力に引き込まれていく。
 井上は、戦時下で弾圧された演劇人の立場、指導者たちの戦争責任、新劇の舞台手法、戦争に翻弄される庶民など、さまざまなテーマを喜劇に仕上げる。
 台本ができあがるまでの井上の奮闘、俳優・スタッフの苦労、加えて演出家は闘病しながらの作業。古川にとっては「修羅場」の連続だった。

《ひとり書斎に籠り、必死かつ真摯に戯曲創作に努める井上さんに身近で伴走する一方、稽古場で、これも必死で舞台作りに格闘する演出家や俳優さんたちにも間近に接している唯一の人間として、井上さんにも、稽古現場の演出家や俳優さんたちにも、何とか役に立ちたい、責任をはたさなければと思う毎日でした。》

(平野)
 本屋のブックフェア選書にイチャモンをつける人がいて、また引っ込める本屋があって。堂々と売ればいい。
http://www.asahi.com/articles/ASHBR5JQTHBRUTIL03R.html
http://news.livedoor.com/article/detail/10739594/

2015年10月22日木曜日

古本まつり


ヨソサマのイベント

 56回 東京名物神田古本まつり 10.2311.1


 
 25回 神保町ブックフェスティバル 10.31 11.1


 



 お江戸から届いた冊子の数々。
 紙モノがおいでおいでと誘いよる。
(平野)

2015年10月20日火曜日

本見せナイト


 10月19日 南陀楼綾繁おはなし会
「ナンダロウさんの本見せナイト」 トンカ書店

 ライター・編集者・南陀楼綾繁は全国各地を〈一箱古本市〉ほか古本イベント行脚中。海文堂でも3回講演してくれた恩人。

今回は秘蔵コレクションの中から稀覯書、珍本、ミニコミ、マッチラベルなどを披露して、楽しくて奥深い紙媒体の世界を紹介。

 本でいっぱいの棚を動かし、店内は古本女子で満員。オヤジ共は自然に後方へ、さりげなくレデーフアースト。


 
 下の写真は南陀楼さんからもらった〈紙モノお土産〉一部。

(平野)

2015年10月19日月曜日

祇園さんの縁日


兵庫区平野町〈祇園神社秋の縁日〉

 子どもが小さいときは夏祭りに来ていた。久々に急な石段を登って参拝。良いお天気、家族連れ・カップルで賑わう。GFたちがスタッフで活躍。アフリカ&トルコ料理で缶ビール。




 
 
 平野町は西の会下山から諏訪山方面に向かう「掘割」の途中。稲垣足穂や今東光が若き日、トアロードからこの道を歩いてエエトコの友人宅を訪ねた。また、有馬街道が北に向かっている。周辺には平清盛ゆかりの史跡や地名が残る。

 帰り道、やまだ書店に。重厚な本が並ぶ古書店。文学棚で、足立巻一『評伝竹中郁』(理論社 1986年)を見つけて喜ぶ。




(平野)本日19時、トンカ書店、南陀楼綾繁おはなし会『ナンダロウさんの本見せナイト』。要予約、参加費1200円。

2015年10月18日日曜日

本屋さんぽ


本屋さんぽ
 17日、三宮から元町、ギャラリー(後で紹介)を含めて、フラフラのんびり本屋さんぽだが、他に行く所がない、だけの話。ジュンク堂駅前店・三宮店、トンカ書店、うみねこ堂書林、1003。欲しい本はいっぱいある。書店員さん・店主さんとしゃべりながら、財布に相談して取捨選択。寄った本屋さんではなるべく買いたい。それで買うたんが、コミックかい!

水島新司『ドカベン ドリームトーナメント編 18』(秋田書店) 40年以上読んでいるので。PR誌『熱風』(スタジオジブリ)いただく。

 出久根達郎『逢わばや見ばや』(講談社文庫 2001年) 古本屋の小僧さん時代の話。

 陳舜臣『割れる 陶展文の推理』(角川文庫 19793刷) 陳舜臣初期の探偵小説、解説は足立巻一。

『久坂葉子作品集 女』(六興出版 19803刷) 

 
ヨソサマのイベント
 書架彷徨 ギャラリーロイユ 1010日~31
「書物」をテーマした絵画、コラージュ、オブジェ、蔵書票など「愛書家のための展覧会」。
http://www.g-loeil.com/

(平野)

2015年10月17日土曜日

いただきもの


 いただきものから

(その1
 本屋さんで出版社のPR誌をいただく。なるべく同時に本を買うようにしている。買いたい本がなくてPR誌だけいただくときは丁重にお礼を申し上げる。欲しい本があってもPR誌がある日に買うこともある。小心者。
『scripta』(紀伊國屋書店出版部)は梅田に出たときに紀伊國屋でいただいた。すみません、手元不如意で本は買えなかった。
 同誌連載、都築響一「ROADSIDE DIARIES」は全国のアートイベントを訪ね歩き紹介する。神戸の「下町レトロに首っ丈の会」が登場する。6月に開催した〈おかんアート展〉のためのトークイベントを取材。

《地元神戸で長らく「おかんアート」の採集、記録活動を続けている「下町レトロに首っ丈の会」が主催する展覧会だ。「下町レトロ」は建築家と駄菓子屋経営(!)という、ふたりのアクティブな女性が中心となって活動するフィールドワーク・ユニット。ぼくとはおかんアートを介した同志のようなものだと思っているので、久しぶりに会えて、最新の成果を見せてもらえて、すごくうれしい! 会費制だったけど、ワンドリンクに加えて「1おかんアート」付き! さらに「ヒョウ柄を着てくると2おかんアート」付き! なぜ!?(笑)》

 打ち上げの〈スナック・ボイーン〉のことまで報告。
 
(その2
 10.16〈勁版会〉例会(平野がゲスト)にて、しろやぎさんから神戸新聞掲載の同嬢執筆「本屋の日記」と「書評」コピーをいただく。
「日記」は、シルバーウィーク中の仕事の話。時代小説お求めのお客さんおふたり。
 ひとりには別の著者を案内してしまっておわび、ご希望の本=澤田ふじ子は取り寄せもできなくて再度おわび。それでも、お客さんは好みの小説の話をしてくれ、飴ちゃんまでくださる。ああ、大阪のおばちゃん(しろやぎさんはご婦人とは書いていないが)。
 もうひとりは、藤沢周平の文庫をお探し。ネットで在庫確認のうえ来店されたが、あいにく売れてしまっていた。ケーブルテレビでドラマをしているそう。「オレみたいなやつがおるんやなあ」と怒らずにおっしゃる。

《「いい人は本屋にいる」、そんな気がする秋の一日。》

 しろやぎさんのつぶやきは詩。「書店員詩」。

 
 ヨソサマのイベント
10月18日(日) 兵庫区平野の祇園神社〈秋の縁日〉開催

 祇園神社は平清盛ゆかり。7月の夏祭りは恒例だが、縁日は初めて。地域の人たちによる手作りの催し、露店や整体、マッサージ、アフリカ郷土料理、インド音楽ライブなど。午前9時から午後4時半まで。
 近辺には古本屋さんが3店舗ある。良い休日が過ごせるはず。私の個人的期待。
(平野)

2015年10月15日木曜日

〈古書片岡〉にて


兵庫区神田町〈古書片岡〉にて

 中島らも 『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』 集英社文庫199781刷、入手したのは2004108刷)

 朝日文庫版を持っているのに。
 カバーが違う。絵は浅野隆広。http://homepage3.nifty.com/takahiroasano/takahiroasano-hp/top.html

装幀は日下潤一。『ちくま』連載の稲泉連[「本をつくる」という仕事]で10月号から日下を取り上げている。

 紀田順一郎選 『江戸川乱歩随筆選』 ちくま文庫 199412月刊
 乱歩はエッセイストでもある。『江戸川乱歩推理文庫』(講談社)全65巻のうち19巻が随筆だそう。

 
 店主は書評同人誌『足跡』の初代発行人。海文堂福岡店長が初期に同人だった。
 その『足跡』第117号(2015.8月)を頂戴した。『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』について書いてくれている。
 海文堂は、
《私たちの『足跡』にとっては、鮭が帰る川のような、ちょうど母のような存在であった。そして常に母がそうであるように、いつまでもそこにいてくれるものだとの安心感を持っていた。》(柳町忠)
 本体表紙の成田一徹の絵に雑誌『LA MER』が描かれていて、筆者は三好達治の詩を思い浮かべてくれている。



(平野)

2015年10月12日月曜日

空海


 髙村薫 『空海』 新潮社 1800円+税

 阪神淡路大震災後、髙村は仏教世界を題材にしている。

……長らく近代理性だけで生きてきた人間が、人間の意思を超えたもの、言葉で言い当てることのできないものに真に直面し、そのことを身体に刻んだのだ。以来、手さぐりで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて今日に至っているが、それでも信心なるものにはいまもなお手が届かない。》

 本書は「二十一世紀の空海の肖像を探る旅」。髙村はまず東日本大震災の被災地に向かい、「弘法大師・空海の残像と人びとの祈りの風景」に触れる。

目次
千二百年の時空を遡る  私度僧の時代  入唐  空海、表舞台に躍り出る  二人空海  空海、弘法大師になる  高野浄土  祈りのかたち  再び高野へ  終着点  終わりに  特別対談 松長有慶
 
 空海は日本各地に伝説や足跡が数多く残る仏教のスパースターだが、第一次資料が少ないそう。1960年代から研究が進み、宗教学者だけではなく哲学者や文学者も取り上げ、伝説ではない「思想家」の面が再発見されている。

……この半世紀の間に空海研究は進んだけれども、私たち日本人一般にとって空海がいまなおとらえどころのない存在であるのは、いったいなぜだろうか。いまどき、空海が高野山の奥之院の御廟で生きて修行を続けていると信じている人間などいないにもかかわらず、なぜその有り難みは無くならないのか。二十一世紀のいま、お大師さんとともに四国霊場をめぐる人びとは弘法大師に何を求め、何を得てゆくのか。学者や宗教者の手になる数多の研究とは別に、二十一世紀を生きる一日本人にとっての、二十一世紀の等身大の空海像を捉えたいと切に思う。空海を訪ねて日本各地をめぐる旅は、おそらく私たち日本人の信仰のかたちをめぐる旅になるはずだ。》

(平野)
 小学生のとき、祖母が高野山参りのみやげに、お大師さん伝説満載の絵本を買ってきてくれた。信仰の話だけではなく、温泉や石油発見の話もあった。本書目次の「二人空海」が気になる。

 ヨソサマのイベント
 トンカ書店10周年イベントのチラシ

 
 


 アート作品展、古本屋店主肖像写真展、講演と盛りだくさん。どさくさの〈平野おはなし会〉もある。年末には別会場で古本市開催。

2015年10月8日木曜日

総特集 鶴見俊輔


 『現代思想 10月臨時増刊号 総特集=鶴見俊輔』 
青土社 1500円+税

 黒川創(『思想の科学』元編集者で作家)の話から。

《 今は「編集者」というのは、ひとつの堅気の職業だと思われてる。だけど当時の「編集者」は、文字通り編集している人だというだけのことで、給料が出ているとは限らない(笑)。鶴見さんも、そう。あの人は一九四六年に『思想の科学』を創刊して以来、九六年に休刊するまで、五〇年間、ずっと無給の編集者です(笑)

……鶴見さんにとっては、政治的な抗議行動と同じく、編集もひとつの具体的なアクションであって、それ自体が彼の思想家としての実践だった。哲学者、思想家の本来の仕事というのは、論文を書いたり、講演したりということではない。むしろ、彼にとっては編集という具体的な行為こそが、自分の哲学のありかただったということでしょう。》

 1961年、発売元の中央公論社が天皇制特集号を出版に中止した。鶴見は、それまでの中央公論社の恩義もあり、静かに同社から離れた。同人は弱腰を批判、都留重人もその一人、鶴見に以後のことを訊ねた。

……鶴見さんは「ガリ版でも出します」と答えたそうですが、それを聞いた都留さんは「『思想の科学』は財産だから、ガリ版はよくない」と言って、勁草書房の社長だった井村寿二から、銀座のデパートの一室と一〇〇万円を借りるという話を仲立ちしてくれた。それが六二年春の思想の科学社を設立しての自主創刊につながる。》
 
(平野)
 鶴見は1970年に大学を辞めた後、家庭の「主夫」(料理はできないので自称「主夫見習い」)でもあった。
「主夫の役割は連れ合いが持ち帰ってくる職場での愚痴を聞くことなんだ」
「家事労働には終わりというものがないから、もしお互いの関係が悪ければ、すごい苦痛を伴うものになってしまうだろう」
 私も「主夫」(料理はする、失敗ばかりだが)の立場。鶴見のことばはそのとおりで、肝に銘じておきます。

2015年10月6日火曜日

詩は友人を数える方法


 長田弘 『詩は友人を数える方法』 講談社文芸文庫 19996月刊



雑誌『群像』に連載したアメリカ旅行記。単行本は199311月講談社より。

《北アメリカを旅し、旅をつづけることを、ずっと繰りかえしてきた。短い旅、ながい旅をして、三万マイルあまり(ほぼ五万キロ)ほど往還をかさねるうちに、気づいたのは、そうしてつづけた旅の記憶が、ものがたりのように一つながりの時間をもたない、ということだった。旅といっても、一人で旅して、じぶんで車を走らせ、ほとんどはカントリー・ロードを走り、地図を読み、黙って、風景のなかにはいりこむ。ただそれだけだ。》

 地図とともに持ち歩くようになったのが詩集。
 サンフランシスコの「本」という本屋で買ったウォレス・スティーヴンス。

《走りぬけてきた風景に語りかけられるような感覚に、確実にとらえられた。》

 ニューオリンズの古本屋で買った詩集には1500マイル離れた図書館の蔵書印があった。

《本もまた旅をするのだ。》
 
「オープン・ロード・オード」 ジョン・ハートフォード

大道(オープン・ロード)
僕はもどりたい。
見えるかぎり
遠くまでゆく道だ。

大道(オープン・ロード)
ぼくの恋人で、
「どこか」というところで、
ぼくを待っている。 (後略) 

 インディアナ州の狭い本屋で、フィリップ・アップルマンという人が子どもたちに書いた「二十一世紀へのメモ」という詩集を手にした。自然豊かな田園の町だったインディアナ。道路は車のために舗装され、畑は更地になり、次は森。コンクリートで固められる21世紀に生きるきみたちに知っておいてほしい。

「二十一世紀へのメモ」

きみたちの足下には、地球とよばれる
とても脆いものがある。知っておいてほしい。
インディアナでは、ものみな、そこから育ったのだ。

 

 長田は自由に旅をし、風景にひたり、詩を読む。

《旅にあって、詩は、おもいがけなく親しい言葉に、差しで出会った場所だった。詩は人を孤独にしない。詩は友人を数える方法だ。》

(平野)

 ヨソサマのイベント

 トンカ書店10周年企画 

永田收写真展「古本屋店主・人物往来」 11/1(日)~15(日)

 
 
                            

 写真の人物は尼崎「街の草」加納さん。

 ついで、どさくさまぎれ、

11/6(金)1900~ 
『海の本屋のはなし』で書かなかった〈本屋のはなし〉 
参加費1000円 要予約 

元町商店街WEB更新 http://www.kobe-motomachi.or.jp/