2019年2月28日木曜日

へんちくりん江戸挿絵本


 小林ふみ子 『へんちくりん江戸挿絵本』 
集英社インターナショナル新書 860円+税


 ヘタウマ漫画あり、おかしな文様あり、文学史・美術史本流には出てこない江戸の出版物からへんちくりんな挿絵を紹介。それも豊かな出版文化があったればこそ。絵巻や挿絵本によって民衆に広く知識や常識が共有された。その知識・常識を才人たちが遊び心と頓智を利かせて面白がる。古典文学、思想学問、健康実用書、それに春本まで茶化す。神仏も例外ではない。それを受け入れる読者がいた。

七福神が吉原に通い、千手観音は山師と突飛な商売をし、仏さまも品川遊郭で宴会。

……とはいえ、それは、当時の人びとが一般に神仏を信じていなかったということではありません。むしろ神仏が身近にあり、世の人の信仰を集めていたからこそ、こうした作品がおかしいのです。笑いの前提に、神さま仏さまがそんなことをするはずがないという権威があります。〉

 文学、学問を茶化しパロディにするのも、江戸の人たちの「知」に対する関心、好奇心の現われ。奇想天外、独創的、博学、多様な作者たちが真面目に徹底的に遊びふざける。

(平野)通勤電車読書、春画が出てきてヂヂは恥ずかし本閉じた。

 

2019年2月23日土曜日

あきない世傳 金と銀(六)


 髙田郁 『あきない世傳 金と銀(六)本流篇』 
ハルキ文庫 580円+税

 人気シリーズ、1年ぶり。相変わらず主人公に艱難辛苦が襲う。

大阪天満の呉服商「五鈴屋」女房・(さち)に不幸と試練を与える。今回いきなり店主智蔵急死でもね、幸は強い、勁周囲人たちにも助けられ

大坂には女性は店主にも家持ちにもなれない「女名前禁止」という掟がある。「五鈴屋」には男性の跡取りがいない。幸は呉服仲間に3年の猶予を訴え、理解を得て、7代目店主となる。病気療養中の元番頭・()兵衛(へえ)大きな時代の流れ読み取る豪気と、日々の営み光らせる細心説く

幸は夫と約束した江戸進出を果たすべく、焦らず、じっくり、考え、江戸での商売・習慣・人の気質を分析する。赤穂義士が2年かけたように幸も2年かけて調査し江戸入り。さらに半年以上かけて赤穂義士の討ち入りの日に合わせて開店する。奉公人たちも幸の戦略を理解し、それぞれが考え動く。

 開店前夜、幸は自分と皆に言い聞かせる。

〈「誰かの恨みを晴らすわけでもなく、また、誰かの命を奪いにいくわけでもない。商いの戦場へ『()うて幸い売って幸せ』を掲げて、智恵を武器に討ち入るのだから、笑って勝ちに行きましょう」〉
 帯の著者の言、「いざ! 江戸へ討ち入りです!」
(平野)

2019年2月21日木曜日

獅子文六 バナナ


 獅子文六 『バナナ』 ちくま文庫 880円+税 2017年刊
 
 
 獅子文六(18931969年)、横浜生まれ、本名岩田豊雄。獅子で大衆小説、本名で戯曲、演劇活動。1937年、岸田國士、久保田万太郎と文学座を設立。

『バナナ』は1959年読売新聞に連載、同年単行本中央公論社。

昭和30年代初め東京、横浜。台湾華僑の息子が神戸の叔父からバナナ輸入のライセンスを譲られる。バナナをめぐる大騒動が始まる。

華僑父親は人格鷹揚、食いしん坊、名誉職をいやいや勤めている。母親はいまだに恋に恋してシャンソン歌手に言い寄られる。息子のガールフレンドは歌手志望ながら輸入事業を応援、その父・青果仲買人はバナナ利権がほしくてたまらない。息子は車を買う金がほしいだけで事業を始めるが、意外な金額を手にすると、別の消費欲が出る。他に、ガールフレンドをデビューさせて一発当てたい喫茶店主、息子を罠にはめる悪役華僑。いろいろな欲が絡んで、テンポよく話は進む。青春ドラマであり、家族の物語。

華僑父は台湾生まれなのに、バナナ嫌い。小さい頃バナナでエキリにかかった。日本人のバナナ好きが理解できない。そのバナナに息子がすべってころんで、不正輸入疑惑で逮捕される。父決断。  
彼が守りたいのは「個人の和平」。日本に帰化したくないし、大陸側にも台湾側でもない「海の上に浮かんでいる中国人」の立場をとる。息子の時代には国籍などなくしてもらいたいと思う。今は「留置場という不自由な国から、一刻も早く、脱出させなければ」の思い。自分が代わって取り調べを受けるため警察に出向く。妻に差し入れをリクエスト。
〈「今晩は、神田のテンプラ屋の天丼でいいよ。明日の昼は、千葉田に頼んで、洋食にして貰いたいな。ロースト・ビーフの厚切りに、添え野菜を沢山つけてな。カラシも忘れずに……」〉
神戸華僑偉人の話、今はなき名店、健在のお店も紹介。

(平野)睡眠導入読書の河盛好蔵随筆集に「家庭小説としての獅子文学」があった。爽快でリズムのある文章、内容明快、複雑な人間心理や社会機構にメス、会話の名手、洗練された都会文学、美食家などの批評、納得。

2019年2月14日木曜日

北斎 富嶽三十六景


 『北斎 富嶽三十六景』 日野原健司編 岩波文庫 
1000円+税
 
 
 葛飾北斎の版画「富嶽三十六景」46枚をカラー図版で掲載。解説者は東京の浮世絵専門美術館「太田記念美術館」主席学芸員。

 富士は信仰の対象だったし、何より美しい。古くから歌に詠まれ、描かれてきた。
 北斎が「富嶽三十六景」を完成したのは70歳代、当時では高齢者。68歳頃中風を患った。

〈もし北斎が早くに命を落としていたら、「富嶽三十六景」は誕生しなかったことになるし、だとするならば、北斎の評価も現在のように高くなかったであろう。〉

 それ以前にも富士を描こうという「明確な意識」を持ってデザインや新しい技法を取り入れている。本書表紙カバーの「神奈川沖浪裏」の基盤となった絵は油絵の表現を導入しているそう。
 場所は富士山眺望の名所がある一方、意外な場所がある。実際にそこからこのように見えないという絵があり、遠近感が変な絵もあり、北斎の想像。「凱風快晴」や「山下白雨」のように堂々と聳える富士があり、「下目黒」「登戸浦」のような遠くの小さな三角の富士がある。ど真ん中に富士があり、また、職人の作業姿や人の暮らしや旅人やまちの賑わいや色々な舟や自然の姿(四季の移り変わり、波、風など)のその向こうに富士がある。北斎は描くことを楽しんでいて、見る者を驚かそうとしている。

「三十六景」なのに46枚とはこれ如何に? 売れ行き好調であとから10枚追加された。

 日野原は北斎最晩年の肉筆画「富士越竜図」の昇天する竜に北斎を重ねる。竜に比べて富士はどっしりと雄大な姿をしている。

〈「天我をして五年のいのちを保たしめば、真正の画工となるえを得べし」(飯島虚心『葛飾北斎伝』)と言い終わって事切れたと伝えられる北斎にとって、富士山は亡くなる直前まで向かい合った重要な画題であり、また、生涯を通じて越えようとした偉大なる存在だったのである。〉
(平野)
巨大波に呑まれそうな舟や人はどうなったのだろう。それを想像することも北斎の仕掛けか。

2019年2月12日火曜日

回想の本棚


 河盛好蔵 『回想の本棚』 中公文庫 1982

 フランス文学者・河盛好蔵(19022000年)の文学随想集。大阪堺の商家の次男。兄が父親を説得してくれてフランス文学の道を歩むことができた。

『新潮』連載「文学巷談」(72年)「コーズリー」(75年、フランス語で閑談・雑談と文芸随想の二つの意味があるそう。河盛は「たわいもないおしゃべり」と)に1篇追加して、76年新潮社から単行本。
 学生時代愛読した宇野浩二、広津和郎、葛西善蔵。井伏鱒二を通じて知った太宰治。戦後つき合いのできた徳川夢声、伊藤整。三高に同時期在籍した梶井基次郎(直接の交際なし)。『志賀直哉全集』収録の手紙、『志賀直哉宛書簡』(共に岩波書店、河盛の手紙も2通あり)のこと。それにフランス文学、戦争協力のことも。

河盛は井伏鱒二と親しいので、何かエピソードがあるかなと読んだ。
「志賀さんの手紙」はちょうど新連載の最初にあたり、「おしゃべり」と断わって、作家仲間と講演旅行瀬戸内海因之島での臼井吉見の話を紹介する。

……「私はこれまで因之島という島が本当に実在していることを全く知りませんでした。井伏さんの小説にときどき出てくるので、名前だけは知っていましたが、あれは井伏さんの創作で、例えば鬼ヶ島とでもいうのと同じだと思っていました」と言って聴衆を笑わせた。それから中国地方の風景の明るくて美しいことをほめて、「こんどの旅行で井伏文学というものが一層よく分るようになりました。井伏鱒二という小説家はまさしく、この内海で獲れた……」とまで言って、少し考えたあとで、「どうもうまい魚の名がみつかりません。みなさんの一番好きな魚にして下さい」と言った。それからさきの話は忘れてしまったが、この冒頭の言葉だけははっきりと覚えている。というのはこれらの言葉はおのずから井伏鱒二論になっているからである。永井龍男氏も井伏さんの初期の小説に出てくる青木南八という人物を井伏さんの創作した架空の人間だと永い間思っていたそうであるが、実在の土地や人物でも井伏さんの筆にかかると忽然と変じて井伏世界の風景となり、点景人物となることを、臼井さんのことばは物語っているからである。〉
 

 

(平野)図書館で『河岸の古本屋』(毎日新聞社、1972年)を借りる。地下に放ったらかしの『パリの憂愁 ボードレールとその時代』(河出書房新社、1978年)を持ってくる。未読の『藤村のパリ』(新潮社、1997年)もあった。

2019年2月3日日曜日

牧水の恋


 俵万智 『牧水の恋』 文藝春秋 1700円+税


 旅と酒を愛した歌人・若山牧水(18851928年)。恋の歌も多数ある。ある女性を思い、それが叶い、結ばれたものの疑い、煩悶し、別れた。その熱い思いを発表した。
 代表作「白玉の~」も酒だけの歌ではないそう。

〈白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ〉(のちに「べかりけり」と改作)

 明治43年の作品。牧水は恋にやぶれ、身体を傷めつけるように酔い、放蕩の日々を過ごした。

〈ただ単純に、酒好きの酒飲みが秋の夜長にちびちびやっただけでは、名歌は生まれない。この一杯にたどりつくまでの葛藤と苦しみが、目に見えないところで歌を下支えしているのである。〉

 この歌と同時に発表された歌。

〈かたはらに秋ぐさの花かたるらく亡びしものはなつかしきかな〉

「亡びしもの」とは苦しんだ恋の終わり。「なつかしきかな」という言葉から、失恋も「人生の宝物だった」。彼女には牧水と結婚できない事情があった。
 俵は牧水研究書を参考にしながら、歌人として歌を分析し、詠まれた場所にも足を運ぶ。  
 恋の絶頂期の歌もひとつ紹介。

〈山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ(くち)を君

 牧水はこの女性のことを一生かけて思い続けていた。恋は終わっていなかった。
 文学史に名を残す人はすべてを晒されてしまう。いや、本人がすべてをさらけ出したのだ。
 
(平野)牧水がこの女性と出会ったのは神戸。
《ほんまにWEB》「しろやぎ、くろやぎ往復書簡」更新。

 元町に古本屋さんオープン。
「トンカ書店」改め「花森書林」27日(木)から営業。元町商店街3丁目の北側。どんな本屋だろう、楽しみ、楽しみ。