2019年2月21日木曜日

獅子文六 バナナ


 獅子文六 『バナナ』 ちくま文庫 880円+税 2017年刊
 
 
 獅子文六(18931969年)、横浜生まれ、本名岩田豊雄。獅子で大衆小説、本名で戯曲、演劇活動。1937年、岸田國士、久保田万太郎と文学座を設立。

『バナナ』は1959年読売新聞に連載、同年単行本中央公論社。

昭和30年代初め東京、横浜。台湾華僑の息子が神戸の叔父からバナナ輸入のライセンスを譲られる。バナナをめぐる大騒動が始まる。

華僑父親は人格鷹揚、食いしん坊、名誉職をいやいや勤めている。母親はいまだに恋に恋してシャンソン歌手に言い寄られる。息子のガールフレンドは歌手志望ながら輸入事業を応援、その父・青果仲買人はバナナ利権がほしくてたまらない。息子は車を買う金がほしいだけで事業を始めるが、意外な金額を手にすると、別の消費欲が出る。他に、ガールフレンドをデビューさせて一発当てたい喫茶店主、息子を罠にはめる悪役華僑。いろいろな欲が絡んで、テンポよく話は進む。青春ドラマであり、家族の物語。

華僑父は台湾生まれなのに、バナナ嫌い。小さい頃バナナでエキリにかかった。日本人のバナナ好きが理解できない。そのバナナに息子がすべってころんで、不正輸入疑惑で逮捕される。父決断。  
彼が守りたいのは「個人の和平」。日本に帰化したくないし、大陸側にも台湾側でもない「海の上に浮かんでいる中国人」の立場をとる。息子の時代には国籍などなくしてもらいたいと思う。今は「留置場という不自由な国から、一刻も早く、脱出させなければ」の思い。自分が代わって取り調べを受けるため警察に出向く。妻に差し入れをリクエスト。
〈「今晩は、神田のテンプラ屋の天丼でいいよ。明日の昼は、千葉田に頼んで、洋食にして貰いたいな。ロースト・ビーフの厚切りに、添え野菜を沢山つけてな。カラシも忘れずに……」〉
神戸華僑偉人の話、今はなき名店、健在のお店も紹介。

(平野)睡眠導入読書の河盛好蔵随筆集に「家庭小説としての獅子文学」があった。爽快でリズムのある文章、内容明快、複雑な人間心理や社会機構にメス、会話の名手、洗練された都会文学、美食家などの批評、納得。

2019年2月14日木曜日

北斎 富嶽三十六景


 『北斎 富嶽三十六景』 日野原健司編 岩波文庫 
1000円+税
 
 
 葛飾北斎の版画「富嶽三十六景」46枚をカラー図版で掲載。解説者は東京の浮世絵専門美術館「太田記念美術館」主席学芸員。

 富士は信仰の対象だったし、何より美しい。古くから歌に詠まれ、描かれてきた。
 北斎が「富嶽三十六景」を完成したのは70歳代、当時では高齢者。68歳頃中風を患った。

〈もし北斎が早くに命を落としていたら、「富嶽三十六景」は誕生しなかったことになるし、だとするならば、北斎の評価も現在のように高くなかったであろう。〉

 それ以前にも富士を描こうという「明確な意識」を持ってデザインや新しい技法を取り入れている。本書表紙カバーの「神奈川沖浪裏」の基盤となった絵は油絵の表現を導入しているそう。
 場所は富士山眺望の名所がある一方、意外な場所がある。実際にそこからこのように見えないという絵があり、遠近感が変な絵もあり、北斎の想像。「凱風快晴」や「山下白雨」のように堂々と聳える富士があり、「下目黒」「登戸浦」のような遠くの小さな三角の富士がある。ど真ん中に富士があり、また、職人の作業姿や人の暮らしや旅人やまちの賑わいや色々な舟や自然の姿(四季の移り変わり、波、風など)のその向こうに富士がある。北斎は描くことを楽しんでいて、見る者を驚かそうとしている。

「三十六景」なのに46枚とはこれ如何に? 売れ行き好調であとから10枚追加された。

 日野原は北斎最晩年の肉筆画「富士越竜図」の昇天する竜に北斎を重ねる。竜に比べて富士はどっしりと雄大な姿をしている。

〈「天我をして五年のいのちを保たしめば、真正の画工となるえを得べし」(飯島虚心『葛飾北斎伝』)と言い終わって事切れたと伝えられる北斎にとって、富士山は亡くなる直前まで向かい合った重要な画題であり、また、生涯を通じて越えようとした偉大なる存在だったのである。〉
(平野)
巨大波に呑まれそうな舟や人はどうなったのだろう。それを想像することも北斎の仕掛けか。

2019年2月12日火曜日

回想の本棚


 河盛好蔵 『回想の本棚』 中公文庫 1982

 フランス文学者・河盛好蔵(19022000年)の文学随想集。大阪堺の商家の次男。兄が父親を説得してくれてフランス文学の道を歩むことができた。

『新潮』連載「文学巷談」(72年)「コーズリー」(75年、フランス語で閑談・雑談と文芸随想の二つの意味があるそう。河盛は「たわいもないおしゃべり」と)に1篇追加して、76年新潮社から単行本。
 学生時代愛読した宇野浩二、広津和郎、葛西善蔵。井伏鱒二を通じて知った太宰治。戦後つき合いのできた徳川夢声、伊藤整。三高に同時期在籍した梶井基次郎(直接の交際なし)。『志賀直哉全集』収録の手紙、『志賀直哉宛書簡』(共に岩波書店、河盛の手紙も2通あり)のこと。それにフランス文学、戦争協力のことも。

河盛は井伏鱒二と親しいので、何かエピソードがあるかなと読んだ。
「志賀さんの手紙」はちょうど新連載の最初にあたり、「おしゃべり」と断わって、作家仲間と講演旅行瀬戸内海因之島での臼井吉見の話を紹介する。

……「私はこれまで因之島という島が本当に実在していることを全く知りませんでした。井伏さんの小説にときどき出てくるので、名前だけは知っていましたが、あれは井伏さんの創作で、例えば鬼ヶ島とでもいうのと同じだと思っていました」と言って聴衆を笑わせた。それから中国地方の風景の明るくて美しいことをほめて、「こんどの旅行で井伏文学というものが一層よく分るようになりました。井伏鱒二という小説家はまさしく、この内海で獲れた……」とまで言って、少し考えたあとで、「どうもうまい魚の名がみつかりません。みなさんの一番好きな魚にして下さい」と言った。それからさきの話は忘れてしまったが、この冒頭の言葉だけははっきりと覚えている。というのはこれらの言葉はおのずから井伏鱒二論になっているからである。永井龍男氏も井伏さんの初期の小説に出てくる青木南八という人物を井伏さんの創作した架空の人間だと永い間思っていたそうであるが、実在の土地や人物でも井伏さんの筆にかかると忽然と変じて井伏世界の風景となり、点景人物となることを、臼井さんのことばは物語っているからである。〉
 

 

(平野)図書館で『河岸の古本屋』(毎日新聞社、1972年)を借りる。地下に放ったらかしの『パリの憂愁 ボードレールとその時代』(河出書房新社、1978年)を持ってくる。未読の『藤村のパリ』(新潮社、1997年)もあった。

2019年2月3日日曜日

牧水の恋


 俵万智 『牧水の恋』 文藝春秋 1700円+税


 旅と酒を愛した歌人・若山牧水(18851928年)。恋の歌も多数ある。ある女性を思い、それが叶い、結ばれたものの疑い、煩悶し、別れた。その熱い思いを発表した。
 代表作「白玉の~」も酒だけの歌ではないそう。

〈白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ〉(のちに「べかりけり」と改作)

 明治43年の作品。牧水は恋にやぶれ、身体を傷めつけるように酔い、放蕩の日々を過ごした。

〈ただ単純に、酒好きの酒飲みが秋の夜長にちびちびやっただけでは、名歌は生まれない。この一杯にたどりつくまでの葛藤と苦しみが、目に見えないところで歌を下支えしているのである。〉

 この歌と同時に発表された歌。

〈かたはらに秋ぐさの花かたるらく亡びしものはなつかしきかな〉

「亡びしもの」とは苦しんだ恋の終わり。「なつかしきかな」という言葉から、失恋も「人生の宝物だった」。彼女には牧水と結婚できない事情があった。
 俵は牧水研究書を参考にしながら、歌人として歌を分析し、詠まれた場所にも足を運ぶ。  
 恋の絶頂期の歌もひとつ紹介。

〈山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ(くち)を君

 牧水はこの女性のことを一生かけて思い続けていた。恋は終わっていなかった。
 文学史に名を残す人はすべてを晒されてしまう。いや、本人がすべてをさらけ出したのだ。
 
(平野)牧水がこの女性と出会ったのは神戸。
《ほんまにWEB》「しろやぎ、くろやぎ往復書簡」更新。

 元町に古本屋さんオープン。
「トンカ書店」改め「花森書林」27日(木)から営業。元町商店街3丁目の北側。どんな本屋だろう、楽しみ、楽しみ。

 

2019年1月31日木曜日

愛の顛末


 梯久美子 『愛の顛末 恋と死と文学と』 文春文庫 
720円+税


 201415年日本経済新聞に連載。単行本は2015年文藝春秋、このときの副題は「純愛とスキャンダルの文学史」。
 梯による原民喜評伝で彼と妻の固い絆・愛を知った。
 まだまだ「愛の顛末」があるが、そこには作家たちの「隠しようもない姿」もあらわにされる。
 
〈恋の時間、結婚の時間の中では、美点も欠点も、可愛いところも困ったところも、崇高なところもずるいところも、余すところなくさらけだされてしまう。〉
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 小林多喜二は借金を抱えた酌婦タキを身請けする。タキは作家を志す多喜二のため、また家族を養うため身を引く。特高に追われ地下生活中の多喜二はタキを訪ね手紙を置いて帰った。多喜二最後の手紙。〈じゃ元気で! 幸福で!〉と締めくくられていた。
 戦中三浦綾子は教職にあった。自らの責任を問い、辞職。自暴自棄か、同時にふたりの男性と結婚の約束をしてしまう。結核にかかり、絶望のなかで自殺を図る。寝たきりの綾子は幼なじみの医学生・前川によって生きる希望を取り戻す。その前川も結核を病み、死を覚悟。前川は遺書で、綾子が人生を自由に生き、愛する人をみつけることを望んだ。やがて綾子は自分を支えてくれる夫と巡りあう。
 恋した女性の許嫁に「譲ってくれ」と懇願した中島敦。女性をめぐり先輩作家と決闘した梶井基次郎。乳房を喪失しても恋の歌を詠み続けた中城ふみ子。最初の妻と二人目の妻を病気で失い、三人目の妻に見送られた寺田寅彦。出会ってすぐ出征し、四年間戦場から手紙と歌を書き送った宮柊二。妻の前夫・八木重吉の詩を世に出した吉野秀雄。他に、近松秋江、鈴木しづ子、吉野せい。
 作家たちのさまざまな愛の姿とその死は、美しい、悲しい、激しい。
(平野)
《ほんまにWEB》、「海文堂のお道具箱」と「奥のおじさん」更新。

2019年1月27日日曜日

原民喜全詩集


 『原民喜全詩集』 岩波文庫 500円+税 2015年刊


 19449月、原民喜の妻貞恵は肺結核に糖尿病を併発して亡くなる。民喜は文学仲間と酒を飲むことはあったが、無口、内気、他人とうまくコミュニケーションできない人だった。貞恵は明るい性格で、献身的に民喜を支えた。率直に考えを述べ、読書を愛し、民喜の文学を理解した。民喜は結婚後の幸福な時代を書いた作品がある。

最愛の妻を亡くした深い悲しみの詩。

〈 「庭」
 暗い雨のふきつのる、あれはてた庭であつた。わたしは妻が死んだのを知つておどろき泣いてゐた。泣きさけぶ声で目がさめると、妻はかたはらにねむつてゐた。
 ……その夢から十日あまりして、ほんとに妻は死んでしまつた。庭にふりつのるまつくらの雨がいまはもう夢ではないのだ。

 「部屋」
 小さな部屋から外へ出て行くと坂を下りたところに白い空がひろがつてゐる。あの空のむかふから私の肩をささへてゐるものがある。ぐつたりと私を疲れさせたり、不意に心をときめかすものが。
 私の小さな部屋にはマツチ箱ほどの机があり、その机にむかつてペンをもつてゐる。ペンをもつてゐる私をささへてゐるものは向に見える空だ。〉

 解説で若松英輔が民喜の文章を紹介している。

〈もし妻と死別れたら、一年間だけ生き残ろう、悲しい美しい一冊の詩集を書き残すために……

 民喜はそのように詩を書き続けていた。4586日、原爆を体験してしまった。このことも書き残さねばならなかった。
 51313日、民喜は詩集原稿を清書し、近親者・友人に当てた遺書19通を残し、国鉄中央線の線路に身を横たえた。
 年少の友・遠藤周作に宛てた遺書に詩「悲歌」があった。詩集の最後に置くことを託したそうだ。「一冊の詩集」は同年7月細川書店から刊行された。

「悲歌」は本書で読んでいただきたい。
(平野)

2019年1月24日木曜日

小説集 夏の花


 原民喜 『小説集 夏の花』 岩波文庫 600円+税 
 


1988年文庫初版。手持ちは2018年第11刷。表題作他、原爆体験、空襲前後の生活を題材にした小説集。
 原は1905年広島市生まれ、詩人・作家。24年慶應義塾大学に進学。文学活動をしながら左翼運動、教師生活。妻を病で亡くし傷心、空襲激化もあり故郷に疎開。4586日原子爆弾被災。
 表題作は克明なメモをもとにその年の秋に書き上げた。原題は「原子爆弾」。受け取った『近代文学』同人たちは高く評価したが、GHQ占領下、原爆に関する記述は検閲で却下されることは確実だった。46年原上京。47年『三田文学』6月号に「夏の花」と改題して発表。悲惨な場面や激しい言葉を自主削除した。
 86日、「私」は8時頃に起き便所に入ったところだった。崩壊した家々を踏み越え、川岸まで避難した。避難者たち、顔を血だらけにした人、泣き喚いている人、うずくまっている人、消火活動をしている人……

〈長い間脅かされていたものが、遂に来たるべきものが、来たのだった。さばさばした気持で、私は自分が生きながらえていることを顧みた。かねて、二つに一つは助からないかもしれないと思っていたのだが、今、ふと己れが生きていることと、その意味が、はっと私を弾いた。/このことを書きのこさねばならない、と、私は心に呟いた。けれども、その時はまだ、私はこの空襲の真相を殆ど知ってはいなかったのである。〉

 自主削除の一部。

〈男であるのか、女であるのか、殆ど区別もつかないほど、顔がくちゃくちゃに腫れ上って、随って眼は糸のように細まり、唇は思いきり爛れ、それに痛々しい肢体を露出させ、虫の息で彼らは横たわっているのであった。〉
 
 原爆によって原は無傷であったが、甥ほか縁者3名が亡くなった。原も原爆後遺症の不安と飢えのなかで執筆していた。夏の花は妻の墓に供えたもの。原爆被災は墓参りの翌々日だった。
 削除部分が復元されたのは原死後の53年、『原民喜作品集』(角川書店)。
(平野)
梯久美子『原民喜』(岩波新書)、原『幼年画』(瀬戸内人)を読んでからだいぶ経っている。読もうと思ってからが長くかかる。