2018年9月25日火曜日

編集者冥利の生活


 古山高麗雄 『編集者冥利の生活』 中公文庫 1000円+税

解説 荻原魚雷
 
 古山は1920年生まれ、70年「プレオー8の夜明け」で芥川賞受賞。本書は自伝的エッセイ、対談、講演を収録。
 旧制高校を中退して「ルンペン」生活、徴兵されて「ダメ下級兵」、敗戦後戦犯容疑で抑留、復員して編集者になるが「ダメ社員」、と自嘲する。しかし、友と出会い、師と言える人に巡り合う。新しい雑誌に誘ってくれた人がいる。

〈編集者ぐらい潰しのきかない職種はない、と言われる。そういうことも言えるかもしれないが、編集者であったがための人との出会いがあり、編集者ぐらい恵まれた職種はないとも言えそうである。〉

勧められて小説「墓地で」を書いたのは49歳、戦争体験を題材にしてきた。

〈創作の経歴を問われると、私はかつて、今はもう茫昧のそこに没んでしまった短篇を一つ書いたことがあったということを思い出します。それから戦争から帰って来て、描きたいと思いながら書けなかった数年間と、それに続く、書こうという気持がなくなっていた二十年間を振り返ります。ただ、二十年間書こうという気持がまったくなかったかどうか? 自分を問い詰めていくと、まったくなかったのではなくて、そう思えるほど希薄になっていたのは確かだけれども、どこかで描きたいという気持が、燠火のような状態で燃え続けていたのだと思います。〉

 解説の荻原が古山の幻のデビュー作「裸の群れ」(『雄鶏通信』194911月号)を掲載。俘虜生活での思いもかけない体験を描いている。

(平野)
 赤ん坊が来て、ブログも原稿も投稿も中断。赤ん坊と遊ぶのはほんまに楽しい、うれしい。けど、身体がついて行かない。

2018年9月13日木曜日

本の虫の本


 『本の虫の本』 

林哲夫 能邨陽子 荻原魚雷 
田中美穂 岡崎武志
イラストレーション 赤井稚佳 
創元社 2300円+税


本好き《五匹の虫》による本にまつわる話。著者たちは名うての読書人にして、ライター、画家、書店員、古本店主ら。

……単に本が好きとか、本を愛する、というだけでなく、文字通り、本を食べて本とともに暮らしていると言ってもいいくらいのムシたち」

出版用語・古書用語解説あり、伝説の《本の虫》紹介あり、それぞれの日常談・体験談あり。本好きの習性・苦悩、読書の楽しみ、本への愛を本の虫たちが自由に書く。

 本の匂いについて、「小脇にはさむ」もの、「全部読んだんですか?」と訊いてはいけない、本に「靴跡」とは、「整頓」について、本屋労働者の宿命「腰痛」、「店猫」、なぜ「同じ本を何冊も買う」のか、「本を食べる」話、「書物の敵」、「蟲の字」などなど155篇。本の紹介もあるのでブックガイドとしても役立つ。担当編集者による「ちょっとマニアックな用語集」もあり。テーマ別索引、書名索引あり。

 積ん読とは、買ったまま読まずに置いておくことで、いい意味には言われない。「全部読んだのか」と問われ、「つんどく、つんどく」と謙遜する場合もある。
 最初にこの言葉を使ったのは明治大正の学者で官僚の田尻稲次郎という人だそうで、大金持ちは読まなくてもいいから出版される本を全部買え、とおっしゃった。ジャーナリストの内田魯庵は、つんどくは無用でも呪うべきものでもなく、読まなくても書物から発散される雰囲気に陶酔できる、と仰せられた。詩人アナトール・フランスは「書物を戸棚の中に入れておく以上の立派なことができようか?」としたためておられる。蒐集するだけで満足という人もいる。ハヤシウンチククサイムシ氏「つんどく」より。

(平野)私など積ん読・並べ読なら良い方で、突っ込ん読も多々あり。

2018年9月9日日曜日

花だより

 髙田郁 『花だより  みをつくし料理帖 特別巻』 
角川春樹事務所 ハルキ文庫 600円+税

 髙田郁作家生活10周年記念作品。大ヒット作「みをつくし料理帖」完結から4年、主人公はじめ登場人物たちの《その後》4篇。情けと縁、精進、それに食が人を幸せにする。

花だより――愛しの浅蜊佃煮

涼風あり――その名は岡太夫

秋燕――明日の唐汁

月の船を漕ぐ――病知らず
 

  物語も4年後。澪は大坂に戻り、料理屋を開いて繁盛。夫・源斉は診療所をかまえ、医学塾で教鞭を取る。澪の幼馴染み・野江も大坂で生家淡路屋を再興。江戸で澪を支えた人たちは彼女を懐かしみつつ、それぞれ新しい日々をおくっている。
 澪にはいつも災厄が訪れる。今回は疫病で夫が忙殺される。患者を救えなかったことで心身ともに疲弊、食事も喉を通らない。暗い闇の海で船を漕ぐ夢ばかり見る、と告白する。さらに店の大家がその病で亡くなり、遺族に立ち退きを求められる。まさに「闇の海を行く船」が「絶望の淵をただ廻るばかり」のようだが、澪はへこたれない。どんな苦労があっても、食の道に精進する。夫や友がそばにいて、親しい人々やお客の応援がある。きっかけは義母の手紙、味噌作り。
 源斉は澪の手料理で快復。次世代に繋げられるような努力をすると、気持ちを新たにする。
〈丸みを帯びた月は船にも似て、少しずつ位置をずらす。煌々と輝く月に負けて、星影は目立たない。/源斉先生、と澪は夫を呼んだ。/「先生が夢の中で漕いでおられたのは、きっと新月の船です」/新月は自ら輝くことなく、ただひとり夜を行く。闇の海を漕ぎ進めば、月の船は暁に出会う。絶望の淵を抜けて、朝の光の海へ。〉
 澪も新しい店を開くことができ、料理人として再スタートする。
〈澪の人生を「雲外蒼天」だと予言した易者の声を思い出す。/これから先も、艱難辛苦に遭い、厚い雲に行く手を阻まれることがあるかも知れない。それでも、顔を上げ、精進を重ねて行こう。自身にそう誓って、澪は空色の暖簾を掲げた。〉

(平野)版元WEBサイトに、著者サイン会予定なしとあった。毎回全国を飛び回るのに、心配していた。本書《作者より御礼》に「思いきって眼の手術に踏み切る」とある。どうかご養生なさってください。

2018年9月6日木曜日

蒐める人


 南陀楼綾繁 『蒐める人 情熱と執着のゆくえ』 皓星社 1600円+税

 著者はライター・編集者、書物雑誌『sumus(スムース)』同人、《一箱古本市》などブックイベント仕掛け人。この人も新刊書籍、古書、紙モノ蒐集の強者。本書は、『sumus』に掲載した出版人・読書人インタビュー(20022004年、近況報告あり)と、今年行ったものも収録。

 

本は世間に還元するもの――稲村徹元(いなむらてつげん 国立国会図書館司書)

江戸川乱歩『貼雑年譜』ができるまで――戸川安宣(とがわやすのぶ 東京創元社編集者)+花谷敦子(はなやあつこ 図書館資料保存修復)

●『日曜研究家』と昭和庶民文化研究――串間努(くしまつとむ ミニコミ『日曜研究家』発行人)

何者にもならぬ法――河内紀(かわちかなめ テレビ・ラジオ番組制作、映画の音楽監督、著書に『古本探偵』(北宋社)など)

私の見てきた古本界七十年――八木福次郎(やぎふくじろう 『日本古書通信』代表)、聞き手に若手古本屋さん3

古本屋という延命装置――佐藤真砂(さとうまさご 古書日月堂)

いかにして古本好きになったか――南陀楼綾繁 聞き手・林哲夫、扉野良人

巻末対談 「人の話を記録する」ということ――都築響一(つづききょういち 現代アートを中心に執筆・編集活動)
 
〈いずれも、本を集め、本を調べ、そこで得たことを記録してきた人たちである。「本が好き」という段階はとっくに通り越して、愛憎入り交じった本との因縁を引きずって生きている人たちである。/世間の評価を気にせず、我が道を進むこういった人たちに、私は若い頃から憧れを抱いてきた。(後略)〉

 皆さん自由人である。他人とは違うモノに興味を持つ、価値を見出す。

(平野)
914日、姫路で南陀楼綾繁さんトークショー開催。こちらを。

2018年9月2日日曜日

おやすみ、東京


 吉田篤弘 『おやすみ、東京』 角川春樹事務所 1600円+税
 
 
 東京、深夜から翌朝まで仕事をしている人たち。映画撮影所で翌日必要な小道具を調達する人。夜間専門タクシードライバー。24時間電話相談オペレーター。新聞配達人。深夜食堂。夜開店する古道具屋。オールナイト映画館で働く人、観に行く人。バー。電話機回収業者。それに映画俳優やら泥棒やらマジシャンやら名探偵(一人何役もあり)……

 主人公たちは、モノを探し、人を探し、恋愛問題を抱え、家族の面影を求める。人と人が出会って、話して、時にはすれ違って、ひとつひとつ問題が解決してゆく。タクシードライバーがつぶやく。

〈人と人がどんなふうにつながってゆくかは、さまざまな理由があり、その理由となる道筋やきっかけが、この街には無数にある。この街でこの仕事をしていて、いちばん感じるのはそれである。「偶然、出くわす」確率が圧倒的に高い。〉

 彼らはそれぞれ悩みを抱えている。決断しなければならないと思っている。それぞれが、もう一歩踏み出せば、もうひとつパズルのピースがあれば、と。一方、次に進むために過去を断ち切りたい人もいる。パズルを完成させることが「次」ではないことがある。遠回りが必要な場合もある。

(平野)
 ジンカルチャー研究者にいただいた《ZINE》を参考にして、赤ん坊写真集(A4裏表)制作。折り方・広げ方を工夫しないといけない。
 
 



2018年8月29日水曜日

水中翼船炎上中


 穂村弘 『水中翼船炎上中』 講談社 2300円+税

 短歌328首。現在のこと、子供時代・思春期の記憶、母親の死、父親の老い、そして現在の日常のことを詠む。船の絵ハガキ、地図、船のロープ、旅行カバンなどを使った装幀(名久井直子、デザインは表・裏各3種類で9パターンあるそう)。時間を超えた旅がテーマ。

〈人間の心は時間を超える。けれど、現実の時は戻らない。目の前にはいつも触れることのできない今があるだけだ。(中略)私の言葉はまっすぐな時の流れに抗おうとする。自分の中の永遠が壊れてしまった今も、水中で、陸上で、空中で、間違った夢が燃えつづけている。〉(「あとがき」より)

 


〈ゆめのなかの母は若くてわたくしは炬燵のなかの火星探検〉

〈あ、一瞬、誰かわかりませんでした 天国で髪型変えたのか〉

〈クリスマスイヴの鮨屋に目を閉じてB-29の真似をする父〉

 


 「しもばしら しもばしら すきです」のサイン入り。

〈白い息吐いて坂道さくさくとしもばしらしもばしらすきです〉

 本によって違うのだろうと思う。「パンツ一丁できゅうりのキューちゃん」「五寸釘はどこへいった」だと困ったかもしれない。「ガリガリ君は夏の友だち」でもよかった。

 それぞれの歌。

〈パンツ一丁できゅうりのキューちゃんを囓るなんにもない夏休み〉

〈五寸釘はどこへいったと酔っ払いに訊かれる夜の新宿御苑〉

〈君と僕のあいだを行ったり来たりしてガリガリ君は夏の友だち〉

(平野)《ほんまにWEB》「海文堂のお道具箱」更新。海文堂と古書の話。

2018年8月26日日曜日

太宰治


 井伏鱒二 『太宰治』 中公文庫 900円+税


 単行本は1989年筑摩書房より。
 今年は井伏鱒二生誕120年、太宰治没後70年にあたる。

〈私と太宰君の交際は、割合に古い。はじめ彼は、弘前在住のころ私に手紙をくれた。その手紙の内容は忘れたが、二度目の手紙には五円の為替を封入して、これを受取ってくれと云ってあった。私の貧乏小説を見て、私の貧乏を察し、お小遣のつもりで送ったものと思われた。東京に出て来ると、また手紙をくれた。面会してくれという意味のものであった。(後略)〉

 井伏が返事をせずにいると、太宰は3度目か4度目の手紙で、会ってくれなければ自殺すると威かしてきた。出版社で会い、太宰の作品を読み、助言した。
 井伏には楽しい思い出がある。太宰と将棋を指し、酒を飲み、旅をした。辛い話もある。クスリ中毒の太宰を入院させ、同棲していた女性を家に引き取ったこともある。津島家の番頭役(使用人ではない)の人たちと共にこまごま面倒を見た。見合いの段取りをつけ仲人もした。
 戦後、太宰は古くからの友を避けるようになった。ある編集者が井伏に、太宰とひと月ばかり静かな山の宿に行ってくれと頼んできた。編集者には悪い予感があったのだろう。井伏は了解したが、それが太宰に伝わる前に彼は入水した。もし伝わっていたら、太宰は承知しただろうか。最後に会ったのはその年の初め、太宰は暗い顔で衰弱していた。井伏には悔いが残る。
 二人が親密だった頃、井伏が家で酒を飲んでいると、必ず太宰がやって来た。太宰は嬉しそうな笑顔で髪を掻き揚げ、文学仲間は井伏もまた嬉しそうな顔をしたことを覚えている。太宰は、森鴎外が「緩頬(かんきょう)」という単語を使っていることを発見。井伏に、頬が緩む、微笑に近いが微笑まではいかないなどと説明。小説に使おうと思うと話した。(小沼丹「あとがき」より)
 楽しい話をもうひとつ。太宰は「富嶽百景」で井伏が山で放屁したと書いた。井伏は身に覚えがなく訂正を求めた。太宰は、「いや放屁なさいました」「あのとき、二つなさいました」と敬語で反論。

……故意に敬語をつかうことによって真実味を持たそうとした。ここに彼の描写力の一端が窺われ、人を退屈させないように気をつかう彼の社交性も出ているが、私は当事者として事実を知っているのだからこのトリックには掛からない。「しかし、もう書いたものなら仕様がない」と私が諦めると、「いや、あのとき三つ放屁なさいました。山小屋の爺さんが、くすッとわらいました」と、また描写力の一端を見せた。一事が万事ということがある。〉

 井伏が言うには、山小屋の爺さんは高齢で耳が全然聞こえない、笑うはずがない。
 太宰は生前、井伏の選集を出すことを決め、全解説を執筆する予定だった。太宰の葬儀で井伏は声を上げて泣いた。(井伏節代インタビュー「太宰さんのこと」より)

(平野)太宰が井伏を悪人と書いたとか。それに関する事も本書にあり。でもね、それも太宰のトリックでは?