2019年7月18日木曜日

いやな感じ


 高見順 『いやな感じ』 共和国 2700円+税

 高見順(19071965年)最後の長篇小説、『文學界』(6063年)連載。
 
 

 大杉栄の仇討ちを誓うアナキスト・加柴はテロリストとして死に場所を求めながら、同志・砂馬(すなま)、丸万とリャク(企業恐喝)。商売女に惚れてしまって足抜けを企てたら性病をうつされる。民権運動から中国革命に協力した支那浪人・慷堂(こうどう)に青年将校・北槻を紹介され意気投合。朝鮮でのテロ計画がばれて、宿の女・波子に助けられる。東京に戻って、衝動的か仕組まれたのか、無関係の人間を殺してしまう。ブタ箱仲間のアビルに助けられて、波子と北海道に逃げる。砂馬と丸万は満洲のアヘンで稼ぐ。二・二六事件で北槻は死刑、慷堂も連座。加柴も中国に渡る。

 アジア主義者、支那浪人、右翼、皇道派、統制派、アナキストにボル派、テキ屋、死の商人、慰安婦、従軍記者、兵士、中国の民衆……。書かれているのは大日本帝国の侵略の歴史だ。その裏側には名もなき者たちがいた。性を売らざるを得ない女たち(彼女たちにもランクがある)、労働者たちの汗と工場の熱、無残に流れる血と体液、人殺しを強要される兵士、その兵隊に踏みにじられ虐げられる中国民衆たちの生活力。テキ屋や犯罪者の隠語と共に裏の歴史も語られる。

 加柴は右翼の親玉を殺す。砂馬も殺そうとするが果たせず。日本に残した幼い娘事故死の知らせがあり、丸万は警察に捕まり自殺、アビルも射殺された。加柴は中国捕虜処刑現場に立ち入り、日本兵の軍刀を手に取り、捕虜の首を斬る。近しい者の死に逆上したのか、大杉栄が言った「われらの反逆は生の拡充なのだ」の実現か、哀れなテロリストの成れの果てか、ただの狂気か。
 一太刀目は頸骨で止まった。「いやな感じ」が手に伝わる。もう一度軍刀を振りあげた。

……このとき、奇怪な恍惚感を伴った戦慄が俺の肉体を貫いた。俺は射精をしていた。/(いやな感じ!)〉

 栗原康は解説で、加柴は反権力で一貫している、と書く。権力・国家がつくったものなどどうでもいい、と思っている。アナキズムにニヒリズムをもちこんで、「ニヒリズムをこじらせている」。人殺しを肯定する。現代でも「ニヒリズムをハンパにこじらせているやつらがめっちゃおおい」。どこかの国の権力者たち、それを喜んで支えている人間がいる。

 高見は自らの青年時代と戦後晩年の時代を物語にこめたのだろうが、現代にも通じている。多くの人が「いやな感じ」をもっている。でもね、人殺しはいけない。

(平野)
 本書を買ったとき、レジによく知る書店員さんがいた。冗談か本音か、「いやな感じ!」と言われた。
 7.15海の日、神戸海洋博物館。「青山大介×谷川夏樹 海へ届ける絵画展」。21日まで。
 7.16 元町映画館、「ニューヨーク公共図書館」。座席満員で私は敷布貸してもらって通路すわり、最後部で立ち見の人もいた。顔見知りの方々数名。平日昼間とはいえ、鑑賞者は95%女性。

2019年7月13日土曜日

ベストセラー伝説


 本橋信宏 『ベストセラー伝説』 新潮新書 760円+税

 1956年生まれ、ノンフィクション作家。
 ベストセラー本、ロングセラー学習参考書、100万部突破雑誌など、昭和の出版物ヒットの秘密・裏話を関係者たちに取材。創業者たち、歴代の編集者たち、独自の営業戦略など。



目次
1章 「冒険王」と「少年チャンピオン」
2章 「少年画報」と「まぼろし探偵」
3章 「科学」と「学習」
4章 ポプラ社版「少年探偵シリーズ」
5章 「平凡パンチ」と「週刊プレイボーイ」
6章 「豆単」と「でる単」
7章 「新々英文解釈研究」と「古文研究法」「新釈 現代文」
8章 「ノストラダムスの大予言」

「はじめに」で著者が、なぜ手塚治虫「ブラック・ジャック」は「少年チャンピオン」で連載されたのか、と疑問を呈していて、その答がある。「漫画の神様」に向かって罵声を浴びせられる編集者がいた。70年代初め、手塚は極度のスランプ状態だった。虫プロの倒産があった。小学館、集英社、講談社の雑誌に作品が掲載されなくなった。
「おいっ! 手塚先生の死に水は俺たちがとってやろうじゃねえか!」
 鬼編集長の一声で決まった。彼が起用したのは手塚だけではなかった。「過去の人」「失速しているベテラン」に発表の場を与えた。
 8章には予言本「ノストラダムス」と関係ないような女性週刊誌や出版元誕生、カッパブックス・ノベルスベストセラー連発のドラマがある。小松左京「日本沈没」(光文社カッパノベルス)も同じ年のベストセラー。五島勉は「女性自身」のライター、その彼がなぜ「ノストラダムス」を書いたのか。五島にもインタビューしている。五島も小松も、両者を担当した編集者も昭和一桁世代。

……この世代は10代の思春期のときに、親や教師が815日を境に180度主張を反転させた姿を目撃してきた。国家、体制に対してどこか不信感を持っている。/1973年の2冊の大ベストセラーも、いまの泰平を信じるな、という昭和一桁世代からのニヒルな覚醒の書ではなかったか。〉

(平野)
 私は著者よりつ3歳上だが、取り上げている書籍・雑誌体験が違う。「冒険王」「少年画報」は私より少し上の学年の人が読んでいた。私は「マガジン」「サンデー」世代。「まぼろし探偵」は連載ではなくテレビドラマと漫画単行本だ。「少年探偵」は確かに学校の図書室にあった。「パンチ」「プレイボーイ」も年上の雑誌だ。学参だと「豆単」「でる単」は使ったが、7章の3冊は触りもせず。「ノストラダムス」は読んだ。

2019年7月11日木曜日

これからはソファーに寝ころんで


 岡崎武志 
『これからはソファーに寝ころんで 還暦男の歩く、見る、聞く、知る』 春陽堂書店 1800円+税
 文筆家、書物愛好家、書評家。同社のWebサイトで「オカタケな日々」連載中。
 
 
 まえがきを読んでいて、いつもの著者と違う、と思った。
「もう若くなくて幸せだ」という歌・言葉を噛みしめる。青春時代をふりかえる。老化を自覚し、持病もある。あれもこれもダメとあきらめるようになる。成功者は「最後まであきらめるな!」と言うが、「まあ、いいんじゃないかこのあたりで、と私は考えるようになった」。地下のマイルームにこもる時間が多くなる。
……赤いソファーに寝ころんで、豆皿のピーナッツを食べ、ウィスキーのソーダ割りをなめながら、大好きなアン・サリーの天上的至福の声を聴いていると、月の夜に湖に浮かべた小舟に揺られているようで、別にこのまま死んでもいいやと思うのだった。〉
 ちょっと心配したが、読書・仕事以外の楽しみを披露する内容だった。都内・近郊散歩、古本イベント、音楽ライブ(プロと共演までしている)など日常エッセイ。撮りためた写真も掲載。
 
(平野)歩こう、坂を登ろう、高いところへ上れ。ついでに、へそ曲げろ。
 図書館で「橋本関雪」本。昭和の文豪たちとの関わりを調べている。井伏鱒二、井上靖、谷崎潤一郎。直接会っているのは井上だけなのだが、それぞれいろいろある。

2019年7月1日月曜日

ふるほんのほこり

 週3日勤務日の休憩時間は私の貴重な読書時間。弁当を食べ終えそのまま部屋で。たまに徒歩数分の須磨寺公園に出かける。大きな池があり、四阿に鳩が10羽近く先客、私が入っても逃げない。名前のとおり須磨寺の敷地。
 1926(大正15)年、山本周五郎が「須磨寺附近」を発表して文壇に登場。親友の姉をモデルにした恋愛小説だ。周五郎は関東大震災で被災し、神戸に来たが、神戸生活は約5ヵ月だった。

須磨寺境内には周五郎文学碑他、縁の古今文人の碑、源平合戦の遺蹟がたくさんある。須磨寺のWEBサイトをご覧ください。http://www.sumadera.or.jp/

須磨寺公園は花の名所で、かつては池にボートを浮かべ、動物園や人形館のある遊園地だった。水鳥や小動物だけではなく、狸に狐、豹もいた。その豹が脱走したことがあり、周五郎はそれも題材にしている。遊園地は兵庫電軌鉄道(現在の山陽電鉄)の経営、大正時代は繁盛したが、昭和の初めには衰退した。

 梅雨に入り、私の戸外読書は叶わない。それにすぐ夏、猛暑は必至だろう。本を読めない言い訳を先にしておく。写真は池から須磨寺を望む。

 


 林哲夫 『ふるほんのほこり』 書肆よろず屋 頒価1000
 
 

 画家、書物愛好家・林哲夫の古本エッセイ。限定500部、「天井扇ページをゆらす書店あり」とサイン。京都の古書善行堂で購入できる。
 2009年から2年間、筑摩書房PR誌『ちくま』に連載をまとめ、「ふるほんは宝物だ」を加える。連載では表紙絵を飾り、表2にエッセイだった


〈古本は足で探す。これが基本。基本中の基本である。/探すというのは何か決まった探求書があっての場合ばかりではない。自分は何を探しているのだろう? それが分からないから探すということもある。いや、これこそ古本探しのいちばんの面白さではないだろうか。(後略)〉
 
靴を減らして古本屋・即売会を廻る。無駄足も遠回りも、古本者は「それが楽しい」。私はまだその境地には達していない。
 
 8年以上前の原稿だから、閉店してしまったり移転した古本屋さんがある。店主には故人もいらっしゃる。

(平野)私は連載当時の『ちくま』24冊を持っている。揃っていることが自分でも信じられない。

2019年6月23日日曜日

注文の多い注文書


 小川洋子 クラフト・エヴィング商會 
『注文の多い注文書』 ちくま文庫 860円+税 
単行本は2014年筑摩書房より。
 
 

 この世にないものを求める注文者たち(小川洋子担当)と、それを探し出す「ないもの、あります」がモットーの受注者(クラフト・エヴィング商會担当)が紡ぐファンタジー。

〈意を決して扉をあけ、「ごめんくだし」と声をかけると、あらわれいでし女性の店主。「いらっしゃいませ」と発せられた声は夢まぼろしではなく、「何かお探しですか」とさらにあらわれた「番頭にして書記」を名乗る男は、「どんなものでも、お取り寄せしますよ」と、こちらもまぼろしではありません。(後略)〉

注文者の荒唐無稽な物語に受注者は独創的想像力と作品で応え、注文者は受領してさらに新たな物語を展開する。注文はそれぞれが昔読んだ本に出てきた物・者、または本そのもの。「人体欠視症治療薬」(川端康成『たんぽぽ』)、「耳の石」(J・D・サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』)、「貧乏な叔母さん」(村上春樹『貧乏な叔母さんの話』)、「肺に咲く睡蓮」(ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』)、「冥土の落丁」(内田百閒『冥土』)。

(平野)物語の世界に入り込まないと楽しめない。私は不満なし。でもね、私の方に問題あり。本書の元になった作品をどれも読んでいない。恥ずかしい、ごめん。

 娘と孫が帰省、8日間過ごす。彼女たちが帰ってくる前に、古本屋さんに本を売りに行った。「孫の好物・白身魚を買ってやりたい」と泣き落し、イロをつけていただいた。ヂヂババはたっぷり遊んでもらった。ババは横浜まで送って行った。それでね、孫と入浴中の写真を見て自分の身体に驚いた。私はこんなに痩せていたのか?! と。子どもたちが小学生の頃、「父さん、髪の毛ない」と言われ、「昔から毛は少ないのじゃ」と言い返したけど、手鏡を使って洗面鏡に頭頂部を映してみたら想像以上に薄くなっていたことを思い出した。体重は海文堂閉店後のイベントで女装してドレスを着るためにダイエットしたが、あのまま維持しているようだ。5354kg、いまのところ重病の自覚、医師からの宣告はない。

 6.21勁版会例会は古書店うみねこ堂書林店主にしてミステリー研究家・野村恒彦さんの講演「ミステリー小説への誘い」。幼少時からの読書体験、ミステリー小説の歴史・現状・今後、それにおすすめの作品も語ってくださった。横溝正史の話は特に楽しそう、嬉しそう。これは恋だと思った。

 中央図書館の蔵書点検休館が終了。私は図書館の恩恵を受けているわりには、あまりに近すぎ、そのありがたさがわかっていない。いつでも行けると思って、調べ物に手抜かりがある。

 6.23《朝日歌壇》より。
〈久々に書庫より呼び出された本が我が手に深い息をしている (広島市)堀真希〉

2019年6月13日木曜日

美しき愚かものたちのタブロー


 原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋 1650円+税

 611日から東京上野公園にある国立西洋美術館で「松方コレクション展」が開催中だ(923日まで)。開館60周年記念の展覧会。


 


そもそもこの美術館は日本がフランスから「松方コレクション」を寄贈返還してもらうために設立した。では、その「松方コレクション」とはどういうもので、なにゆえフランスから返還してもらわなければならなかったのか?
 本書にすべて書いてある。原田はキューレーターの経歴を活かして美術をテーマにした作品が多数ある。
 今から約100年前、神戸の川崎造船所社長・松方幸次郎は私財を投じてヨーロッパの美術品を蒐集した。第一次世界大戦による好景気という背景があった。彼は数千点におよぶコレクションを展示する美術館も構想した。

――どうせ美術館を創るなら、世界に比類なき美術コレクションにしてやろうじゃないか。たとえ極東の島国でもこんな立派な文化的施設があるのだということを、他国にも知らしめたいんだ。/松方の言葉の端々に、日本人がもつ「島国根性」を叩き直したいという気持ちが汲み取れた。/世界は広いのだ。井の中の蛙となって大海を知らずに過ごすのではなく、世界の中の日本の立ち位置をいつも認識する努力を怠らない。我々日本人はそうあるべきだ。/そして、そのためにも、美術はよき鏡になるはずだ。文化・芸術をいかに国民が享受しているかということは、その国の発展のバロメーターになる。すぐれた美術館はその国の安定と豊かさを示してもいる。もっと言えば、国民の「幸福度」のようなものを表す指標にもなるのではないか。〉

松方の志に共鳴し協力した美術研究家、戦火からコレクションを守った部下、返還交渉をした政治家・官僚たち。松方の夢を蘇らせる、実現する、そのために全力を懸けた人たちを描く。
 松方のコレクションは激動の運命をたどった。金融恐慌によって川崎造船所は大打撃を受け、松方は辞任。国内にあったコレクションは売り立てにより散逸(浮世絵は皇室に献上)し、イギリスの倉庫にあったものは火事で焼失、フランスに残したものは敵国人財産として接収された。そのフランスから返還されるのだが、一部国宝級の作品は戻らなかった。その中にはゴッホの「アルルの寝室」(オルセー美術館蔵)もある。この展覧会で展示されている。それに行方不明だったモネの「睡蓮、柳の反映」(2016年発見され、返還)が修復されている。

(平野)
 68日、元町1003にて高橋輝次さん(『雑誌渉猟日録』皓生社)、清水裕也さん(『漱石全集を買った日』夏葉社)と尼崎の古書店「街の草」店主加納成治さんのトーク聴講。
 611日、ギャラリー島田で秋のイベントについてホーホケキョ女史と相談。
 本日は孫来神を待つ。1週間くらいいる予定。

2019年6月8日土曜日

完本 太宰と井伏


 加藤典洋 『完本 太宰と井伏 ふたつの戦後』 
講談社文芸文庫 1700円+税
 
 

「太宰と井伏」、初出は『群像』200611月号、単行本は2007年講談社刊。本書には「太宰治、底板にふれる――『太宰と井伏』再読」(20132月講演のための草稿)収録。加藤は本年516日、肺炎で逝去。3月入院中に本書あとがきを執筆した。

 太宰は遺書のメモに「井伏さんは悪人」と書いた。私は二人の微笑ましい様子を本で読んで、太宰の最後のいたずらだと思っていた。しかし、研究者は、井伏が「薬屋の雛女房」(1938年発表)で太宰精神病院入院中のことを書き、太宰が激怒した、と指摘。それを根拠に某評論家は、井伏が太宰を追い込んだと、悪人説を支持した。加藤はその解釈を、一方的な推理、太宰の側の問題に一顧も加えていない、と言う。

 太宰は4回自殺未遂を起こし、5度目が486月の入水心中。「薬屋の~」は4度目の心中未遂事件後を題材にしたもの。38年、太宰もこの事件を「姥捨」に書いている。内縁の妻・初代の不倫に太宰は衝撃し、共に死のうとしたが、未遂に終わる。相手の男性は、初代と一緒になりたいと願うが、太宰は許さない。初代は、下女でもいいから置いてほしいと懇願するが、太宰はそれも許さない。太宰は初代と別れる(棄てる)ことになるが、初代はしばらく井伏家で過ごした。その後、初代は北海道に行き、軍属と知り合い中国に渡る。中国では「慰安婦」になったという噂がある。初代は一時帰国し、井伏家にも立ち寄った。夫妻は中国に戻るな、と説得するが、初代は聞かず、44年青島で亡くなった。井伏家に知らせが来て、太宰に伝えた。太宰が「薬屋の~」を読んだのは47年。太宰は怒り、井伏を批難し、離れて行く。

〈井伏夫妻は、初代を愛しんでいた。「薬屋の雛女房」には、その小山初代の姿が、初々しいまでに活写されている。太宰は井伏に激怒するのだが、それは、身から出た錆である。死んだ初代が太宰の前に蘇る。そして、太宰の文学の基軸を、ぐらつかせる。(後略)〉

 太宰は度重なる自殺未遂の後、小説家として成功した。井伏の仲人で結婚もした。戦後、太宰が「家庭の幸福こそ諸悪の本」と言い、また死に向かって行くことについて、加藤は太宰作品を読み返し、考察する。「散華」(44年)には戦争で死んだ友に対する後ろめたさ=「純白」がある。「ヴィヨンの妻」(47年)で書いた、反人間的行為でも反社会的行為でも生きていさえすればいい、という「汚れ」。加藤は、太宰の「純白」の心と「汚れた」心の均衡が「薬屋~」の初代の亡霊によって脅かされた、と考える。

 一方、井伏は「黒い雨」(66年)で、「おお蛆虫よ、わが友よ……」という詩を引いた後、「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早く済みさえすればいい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい」と書く。原子爆弾への怒りだ。そこには太宰自死への思いもあっただろう。井伏は「純白」と「汚れ」を併せ持つ、そのことを否定しない。

井伏の太宰弔辞は、「どうしようもないことですが、その実は恥じ入ります。左様なら」、だった。

(平野)
映画「マイ・ブックショップ」を見た。戦争未亡人が田舎町で夫との夢だった本屋を開業。町の有力者は自分が文化の中心でありたい人物で、彼女の経営を妨害。老紳士が味方してくれるが、町の人たちは本屋から離れていく。レイ・ブラッドベリやウラジミール・ナバコフの本が紹介される。当時の先進的な本屋たろうとした姿勢を描き、読書の楽しみや喜びを伝える作品である。錚々たる識者が推薦のコメントをしている。でもね、私は結末――焚書とその当事者であろう少女のその後には納得できない。解釈が浅いのか。

 6.2《朝日歌壇》より。
〈令和でも私は紙で読むだろうレシートなどをしおりがわりに (高岡市)池田典恵〉
『ビッグイシュー日本版』359号(2019.5.15)特集は「紙の力 ポストデジタル文化」。

 大倉山にある神戸市立中央図書館が蔵書点検で15日間休館(6.317)。前々日が返却日でよかった。絶対、私、休み中に行くもの。いままで何回休館日に当たったことか。借りた本は、山本周五郎『小説の効用・青べか日記』(新潮文庫)、橋本関雪『白沙村人随筆』(中央公論社)、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』(中央公論新社)。調べ物用。