2018年1月7日日曜日

何が私をこうさせたか


 金子文子 『何が私をこうさせたか 獄中手記』 岩波文庫 1200円+税
 女性社会活動家の獄中手記。1931年春秋社刊(金子ふみ子)、98年新版同社刊。本書のカバーは春秋社初版本の扉カット。
 
 

 関東大震災直後、多くの社会主義者が拘束された。大杉栄一家が憲兵隊に虐殺されたのはよく知られる。
 金子文子と朴烈は皇太子暗殺計画容疑で逮捕された。爆弾入手計画は立てたが、入手できていない。転向を拒否。19263月、裁判で死刑確定。文子は天皇の名による恩赦・減刑を拒絶し、同年7月獄中で首をくくった。23歳だった。
 文子は判事に勧められ、生い立ちを書いた。事件に関わる行動や思想には触れていない。無戸籍、貧困、虐待、さまざまな差別、不実な男たち、無力な女たち……、文子は苦難の中で勉学を志し、自らの思想をつむいだ。9歳のとき父方の祖母に朝鮮に連れて行かれ、7年暮らした。女中代わりに使われ虐げられた。この一家は朝鮮人民衆から収奪し、彼らを差別する典型的植民地人だった。13歳で鉄道自殺を試みるが、寸前で思いとどまった。

〈私は何だか気味がわるかった。足がわなわな(、、、、)と、微かに慄えた。突然、頭の上でじいじいと油蝉が鳴き出した。/私は今一度あたりを見まわした。なんとうつくしい自然であろう。私は今一度耳をすました。何という平和な静かさだろう。(中略)/祖母や叔母の無情や冷酷から(のが)れられる。けれど、けれど、世にはまだ愛すべきものが無数にある。うつくしいものが無数にある。(後略)

17歳で東京に出て、働きながら学校に通い、キリスト教、社会主義思想に触れた。朝鮮人活動家・朴烈に出会い、共に行動する決意を述べる。手記はここで終わる。

……これだけ書けば私の目的は足りる。/何が私をこうさせたか。私自身何もこれについては語らないであろう。私はただ、私の半生の歴史をここにひろげればよかったのだ。心ある読者は、この記録によって充分これを知ってくれるであろう。私はそれを信じる。/まもなく私は、この世から私の存在をかき消されるであろう。しかし一切の現象は現象としては滅しても永遠の実在の中に存続するものと私は思っている。/私は今平静な冷やかな心でこの粗雑な記録の筆を擱く。私の愛するすべてのものの上に祝福あれ!〉

(平野)

2018年1月3日水曜日

デンジャラス


 桐野夏生 『デンジャラス』 中央公論新社 1600円+税


 谷崎潤一郎と女たちの「家族王国」。

〈つまいもうと娘花嫁われを囲む潺湲亭のまどゐ哉〉
(「潺湲亭」せんかんてい、京都の谷崎邸の名)

 本書冒頭にある、昭和26年に谷崎が詠んだ歌。
 男はこの王国から遠ざけられるし、女性でも谷崎の気持ちが離れれば排除される。谷崎は彼女たちから刺激を受けて作品を作り上げた。新しく参入するのは妻の連れ子(妹の養子になる)の嫁。

〈妻とその妹、妻の娘。私たち三人は一団となって、絶対権力者の兄さんを支えていました。/そこに、新しい二人が加わりました。現代的な風を吹き込んでくれる若い嫁と可愛い赤ん坊。そして、谷崎家の家事を担い、兄さんに使える女中たち。/昭和二十年代後半に、兄さんを頂点とする理想的な家族王国がようやく成立したのです。その家族王国は、兄さんの創作を支える、妖しい想念の宝庫でもありました。〉

 本書の語り手は妻の妹・重子、『細雪』三女「雪子」のモデル。結婚後も北海道に赴任した夫と離れて谷崎家に同居していた。戦争末期、夫が彼女を迎えに来た。重子は谷崎に一緒にいさせてくれと懇願する。

〈「重ちゃん、ずっと一緒にいてください。死ぬ時も一緒です。僕はあなたが好きです。あなたのためには、全てを擲つ覚悟があります」/兄さんはそのまま書斎の方に向かって歩いて行ってしまわれました。その背中を見送っていた私は思わず目を背けたのです。これ以上、眺めていてはいけない。そう自戒したのです。私はしばらく門の前に立ち竦んでいました。〉

 谷崎のことばは、戯れか、真実か、小説の「雪子」としてなのか、重子は動揺する。姉の松子の華やかさ・明るさ・優しさにはかなわない。

〈でも、そんな私にも、兄さんの「告白」は、ある楔を打ち込みました。私も女として認められたのかもしれない、という誇らしい楔です。松子姉には敵わないから、谷崎潤一郎夫人には相応しくない。だけど、女としてそう悪くないのかもしれないという楔が。〉

 戦後、重子は夫の病死、嫁との確執などからアルコール依存になり、谷崎に諫められ再婚を勧められる。女の弱さ愚かさをすべて見抜かれている。

〈私は完全に、兄さんの支配下におかれていたのです。〉

 重子は経済的にも精神的にも文豪とその妻・姉に依存している。一方、作品のモデルという自負、告白された自信がある。心の底まで見透かされているという恐怖もある。谷崎の気持ちは嫁に大きく傾いて、かなりの金銭援助もしている。姉と自分を守らねばならない。重子は死の迫っている谷崎を攻撃する。

(平野)女好きの変態じいさん? 私は女性崇拝者だと思う。

2018年1月1日月曜日

賀正


新年おめでとうございます
 
 

昨秋長女が里帰り出産し、まんまる女の子を授かりました。二ヵ月間にぎやかで楽しい日々を過ごしました。ジジバカちゃんりん、はしゃいでおります。冥土の土産話ができました。

年末年始、積ん読本に手を出していますが、睡眠学習状態。例年通りグウタラ寝正月です。夢で孫に会えるかもしれません。

今春ミニコミ『ほんまに』第一九号が出ます。年来の宿題、WEB《海文堂書店アーカイブ》もまもなく開設(?)のはずの予定のつもりです。《くとうてん》はじめ本屋時代のご縁の賜物です。

本年もよろしくお願いいたします。

初夢は孫の笑顔をリクエスト よーまる
 

 二〇一八年 平成三〇年 戊戌 正月元旦

2017年12月31日日曜日

義経伝説と為朝伝説


 原田信男 『義経伝説と為朝伝説 日本史の北と南』 
岩波新書 860円+税

 源義経の華々しい活躍と悲劇は「平家物語」などでよく知られる。その叔父・為朝は《鎮西八郎》の号を持つ豪傑、保元の乱で敗れ自害した。両者とも史料は少ないが、物語に語られ、各地に伝承・伝説が残る。座った岩、所持品、岩を投げた場所などの他、生き延びて海外に渡ったという説がある。義経のジンギスカン伝説は特に有名。

原田はふたりの伝承・伝説の分布――義経は北方、為朝は南方に多いこと、また彼らが足を踏み入れたことがない地域にも伝わっていることに注目。さらに、彼らの死後の物語が海外に及んで王朝の始祖・覇者になってしまうことに疑問を持つ。謎解きは旧石器時代の日本列島から始まる。古代史以来の国家の北限・南限領域拡大過程、彼らの伝説の発生と時代ごとの変容、近代での英雄伝説「史実」化を検証する。

〈すでに『古事記』『日本書紀』のヤマトタケル建国神話は、西(南)で熊襲を、東(南)で蝦夷を、それぞれ征討する物語となっており、ヤマト政権にとって列島の北と南は、当初から版図拡大の対象だったことがわかる。〉

 中世以降、ふたりの物語にさまざまな逸話が加わり、より大きな伝説になる。時代時代の人々に浸透し、大きな役割を果たすようになる。蝦夷、沖縄、そしてアジアへと。

……義経・為朝伝説の成長と展開は、日本の中央政権が列島の北と南を自らの領域として覆い尽していく歴史過程と、みごとにシンクロしている。それゆえ本書では義経伝説と為朝伝説を軸に、その背景となる日本の北と南の歴史を通史的に対比しつつ、日本という国の歴史がもった特質について考えてみたいと思う。〉


(平野)

2017年12月26日火曜日

五月よ 僕の少年よ さようなら


 寺山修司×宇野亜喜良 『五月よ 僕の少年よ さようなら』 編:目黒実 アリエスブックス 1700円+税
 
 

 少年少女をテーマに、寺山の詩・アフォリズムと宇野のイラストがコラボ。宇野は寺山の舞台で美術やポスターを担当した。

寺山の詩「五月の詩・序詞」に、〈夏休みよ さようなら/僕の少年よ さようなら〉の一節がある。宇野は本書巻末に、〈五月よ/ぼくの少年よ/さようなら//ぼくの寺山修司よ/さようなら〉と書く。

寺山は宇野のことを、かつて「刺青師」「変装狂」「ジル・ド・レ伯爵の末裔」「老婆」「左手の職人」「経歴詐称の船乗り」……「舞踏病の少年」「冷酷な法医学生」「花をくわえた少女」……「わたしの誇るべきひとりの友人」と表現した。

 海の詩が多くて、ついそれに目が行く。

「海の消えた日」
〈ある日、突然、世界中の海が消えてしまった。/そして、人々は誰もそのことを口にしなくなってしまった。/一体、海はどんなものだったか。/思い出そうとして書物をひらくと、どの書物からも/海という字が失くなってしまっているのだった。(後略)〉

「かなしくなったときは」
〈かなしくなったときは/海を見にゆく/古本屋のかえりも/海を見にゆく/あなたが病気なら/海を見にゆく/こころ貧しい朝も/海を見にゆく(後略)〉

アリエスブックスは福岡の出版社、絵本を中心に出版。トランスビュー扱い。

(平野)
 クリスマス・イヴに娘と赤ん坊が横浜に帰ってしまった。じいさんは《孫ロス》状態からようやく脱した。ぼやぼやしていたら年を越せない。赤ん坊の写真で年賀状作成中。

2017年12月19日火曜日

江戸川乱歩と横溝正史


 中川右介 『江戸川乱歩と横溝正史』 集英社 1700円+税

日本探偵小説界二大巨星の生涯。
乱歩は1965年に亡くなったが、繰り返し選集や全集が出版され、今もベストセラー作家。
正史は70年代の角川文庫のブーム以前は忘れられていた作家と思われているが、「人形佐七」など旧作がずっと出ていた。
ふたりともデビューしてから常に執筆依頼があって書く作家だった。研究書は何冊もある。
乱歩が8歳年上。探偵小説愛好家の時代から互いに認め合い、時に反目、また支援をしあった。友情は終生変わらなかった。

休筆したり、病気になったり、書きたくても思い通り書けなかった時代があった
 本書はふたりの「交友」に焦点をあて、探偵小説出版史を重ねる。
 
〈江戸川乱歩が作りあげた最大の作品は「横溝正史」だったのではないだろうか。/その交流のなかで乱歩は横溝と、ときには探偵小説愛好家の同志として意気投合し、ときには兄のように叱咤激励し、ときにはライバルとして切磋琢磨し、ときには親友として以心伝心で理解し、常に横溝に探偵小説を書く意欲を持ち続けさせていたように思える。〉

 著者は1960年東京生まれ、作家・編集者。クラシック音楽、古典芸能、歌謡曲などの著書多数。本書では編集者だった祖父が登場する。


 
(平野)

2017年12月10日日曜日

み仏のかんばせ


 安住洋子 『み仏のかんばせ』 小学館文庫 570円+税

 安住は1958年尼崎生まれ、時代小説作家。3年ぶりの新作。人情物が得意だが、本書では主人公が修羅場をくぐる。
 
 

 志乃は女郎に売られ、逃げ、男と偽って首斬り役人・山田浅右衛門に中間奉公する。主人の側に使えて剣術も学んで10年、役目の途中、大事な罪人の肝を強奪され辞職する。針売りになって女として生き直す。志乃は主家出入りの大工・壮太と再会、志乃は壮太が自分のことを覚えていないと思った。中間時代、壮太の笑顔に癒されていた。

ふたりとも人には言えない身の上、壮太は志乃を襲った盗賊一味。互いに秘密を隠し、家庭を持つ。壮太は訳ありの観音像を志乃に見せる。いっしょになっても、志乃は浅右衛門に危ない仕事を手伝わされ、壮太も盗賊を続けていたが、過去の事件を解決する。子どもが生まれ、観音像に手を合わせ平穏な生活を送る。そこに因縁が蘇る。家族が支え合い、良い方向に持っていこうと懸命に努める。

強奪事件で壮太は刃を交え、志乃が女だと気づいていた。壮太が回想する。

〈肌のきめがなめらかで毅然とした顔つきだった。男でも女でもなく、この世のものとは思えない、肌の内側から発光するように輝いていた。そこに志乃の生き方が現れているような気がしたんだ。(後略)〉

 ふたりの秘密は大きすぎるが、誰にも小さな秘密はあるだろう。ふたりはささやかな幸せを大切にしようと前を向く。過去のしがらみさえも受け入れていく。

(平野)