2017年7月16日日曜日

書店ガール6


 碧野圭 『書店ガール6 遅れて来た客』 PHP文芸文庫 660円+税

 解説は古本ライター・書評家の岡崎武志。小説にも重要人物として登場する。
 
 

 舞台と主人公は前巻と同じ。茨城県取手市の駅構内にあるチェーン書店支店と店長宮崎彩加(あやか)。会社の体制が変わり、彩加の店は4ヵ月後閉店と告知されるが、まだ仲間に公表できない。入荷数を減らし、返品し、陳列を変える。アルバイトの補充もできない。ワンオペというひとり勤務体制時間も長い。彩加は苦悩。彼女を救うのは、友人に誘われたブックイベントで出会った本のことば――花森安治の「世界はあなたのためにはない」。
 静岡県沼津市で彩加の伯母が本屋を経営しているが、その店の今後、彩加自身の将来についても何らかの結論を出さなければならない。
 作家デビューした青年・田中が彩加の店でアルバイトをしている。彼は元々ひきこもりがちだったが、仕事も気配りもでき信頼されている。彼の担当編集者小幡伸光(本シリーズレギュラー)は作品のコミック化・アニメ化で関係者たちと衝突、ついに胃潰瘍で倒れる。田中が小幡のために一歩踏み出す。

 懸命に行動する人ほどトラブルにぶつかり、傷つく。登場人物たちはまわりの人たちの励ましや応援で前に進むことができる。
 さて、書名にある「遅れて来た客」とは? 閉店の日のこと。読む楽しみにしてください。

(平野)
 閉店は辛い。私は2回経験してますよって。仲間には倒産を経験した人もいる。
 本の現場で、不安定な条件でも本が好き・本屋が好きというだけで働いている人たちがいる。彼らのおかげで本に出会えている。

2017年7月15日土曜日

古本こぼれ話


■ 高橋輝次 『古本こぼれ話〈巻外追記集〉』

編集 清水裕也  発行所 書肆 艀  頒価600

高橋は著書・編集書多数あるが、本書には『ぼくの創元社覚え書』(龜鳴屋、2013年)と『編集者の生きた空間 東京・神戸の文芸史探検』(論創社、2017年)発行後に判明したこと、それにトンカ書店イベント(愛書家のコレクション展、詩人の蔵書販売)推薦文収録。
 
目次
蒐書家のタイプの話  わたし流詩集の選び方  京都で「書物禮讃」の発行元を知る  山田稔氏からご教示を受けたこと  兵庫文芸史探検抄  印刷にかかわった文学者の覚え書 他

 

京阪神あちこちの古本屋をめぐる。自ら「怠け者で根気のない」と言うが、怠け者では次々本を書けない。ひたすら歩き丹念に探し淡々と書く、書き加えてゆく。本書は「数回り歳下の若い」書友の協力による。

4は初公開の蔵書票(大渕美喜雄画)。

販売は、古書善行堂(京都市)、たられば書房(茨木市)、本は人生のおやつです!!(大阪市)、1003(神戸市)、ますく堂(東京池袋)。
(平野)

2017年7月13日木曜日

チャップリン暗殺指令


 土橋章宏 『チャップリン暗殺指令』 文藝春秋 1400円+税

 関東大震災から9年、世界大恐慌による不況に加え、凶作で農村は疲弊。欠食児童があふれ、女子は身売り。政治家の汚職、疑獄事件で、政府要人と財閥が政治結社に狙われる。海軍将校たちは米英主導の軍縮条約にも我慢がならない。

「日露戦争にも世界大戦争(第一次世界大戦)にも勝利したというのに、この困窮はなんだ!」

ちょうど来日する人気俳優チャーリー・チャップリンの歓迎会に合わせ〈革命〉を計画する。

「誅殺する。奴は退廃した米国文化の化身だ」
 
 

1932(昭和7)年515日、海軍将校たちが官邸で犬養毅首相を襲い、殺害した。いわゆる〈五.一五事件〉。実際にチャップリンも狙撃する計画だった。日本人秘書・高野虎一の綿密な情報収集と滞在計画、それに何よりもチャップリンの気まぐれ行動によって襲撃は免れた。

 土橋は1969年大阪府豊中市生まれ、脚本家・作家、『超光速! 参勤交代』(講談社)など。本書は、チャップリン暗殺計画を題材にして事件の進行と哀しい恋を描く。

暗殺指令を受けたのは陸軍士官学校生・津島新吉、青森の貧農出身、母は餓死同然であった。チャップリンの映画を見るところから行動を開始。映画館で知り合った売れない俳優・柳に振り回されながら、彼を手がかりにチャップリンに近づき、弟子入り志願。しかし、チャップリンの人間性に引かれる。一方、高野は日本社会の不穏な空気に危険を感じとり、ボスの命を守るため厳重な気配りと準備をする。ヒットマンはプロの殺し屋と軍人という情報を得る。

(平野)

2017年7月8日土曜日

町を歩いて本のなかへ


 南陀楼綾繁 『町を歩いて本のなかへ』 原書房 2400円+税

著者は1967年島根県出雲市生まれ、ライター、編集者、「一箱古本市」発案者。イラスト・山川直人。

全国を歩いて出会った人たちに話し相手になってもらっている丸顔坊主頭メガネでっぷり体型鶴瓶師匠より小柄の出版人はやっぱり全国を回っているけれどそれは各地のブックイベントや出版・本屋を応援するため。
 
《はじめての町の安宿で寝ていると、突然、いま自分がここにいることを不思議に感じることがあります。不安もありますが、それと同じくらい、これから何が見られるのだろうという期待も大きいのです。こんな本の旅がいつまで続くか判りませんが、とりあえず、きょうも、それから明日も、どこかへ出かけるのです。》

 


第1部    町と本と (ブックイベントや本屋・古書店、出版社、図書館など本のある場所について)
第2部    古い本あたらしい本 (書評)
[写真散歩]本の匂いを求めてさまよう 
第3部    早稲田で読む (メルマガ「早稲田古本通信」連載)
第4部    本と人と、それから (出版人ほか人について)
一九八〇年代の本と町

(平野)
 海文堂閉店とその後の神戸古書店状況に言及。ありがたく、ちょこっと感動。海文堂には何度もイベントゲストで来店、一箱古本市にも協力してくださった。

2017年7月6日木曜日

斎藤昌三書痴の肖像


 川村伸秀 『斎藤昌三 書痴の肖像』 晶文社 5500円+税

明治から大正・昭和まで活躍した出版人・斎藤昌三(18871961)を中心に〈書痴〉〈畸人〉、小島烏水、三田村鳶魚、吉野作造、宮武外骨、辻潤、柳田國男、坪内逍遥、斎藤茂吉……多数登場。カラー写真、索引含め500ページ超の大作。カバー表裏と本体。本体の絵は明治大正の限定本人気ランキング「手拭」。〈少雨荘〉は斎藤の俳号。
 


 
 

斎藤は神奈川県生まれ、郷土・民俗学・性文化・書物・蔵書票研究、俳句、編集など多彩な活動。31(昭和6)年、庄司浅水、柳田泉らと『書物展望』(書物展望社)創刊。奇抜で凝った造本・装幀をほどこし、書物愛好家を驚かせてきた。単行本第一号の『魯庵随筆 紙魚繁昌記』装幀には酒を入れる革袋を使い、古い和本を切り取り、書名に合わせ虫喰いの部分を貼った。他に、蚕卵紙(蚕に卵を産みつけさせる紙)や傘の油紙、竹、フロシキ、和洋の古文書を使ったり、特殊な香料をインクに混ぜたり。廃物利用で、自ら「ゲテ装」と呼んだ。手作業の限定本ゆえ、流通は書店注文か読者直接注文のみだった。

斎藤は書誌学者でもある。昭和初期、岩波書店が初めて『露伴全集』を出版するとき、内容見本を見てその不備を手紙で指摘した。面識のなかった岩波茂雄から「御援助を乞ふ」の返信があり、多くの露伴作品を提供した。しかし、一部しか採用されず、「好意奔走は全く裏切らるゝ」全集だった。斎藤怒り爆発、「放慢なる『露伴全集』」を発表、岩波の編集と経営を《……地口的に云へば「揃はぬ全集」であり、「そろばん全集」であることを断言する。》と批判している。斎藤が望んだ『露伴全集』が出版されるのは戦後になる。

著者は1953年東京生まれ、文筆家・編集者。こちらを。


(平野)今月は本買えないかもしれない。

2017年7月4日火曜日

大楠公 楠木正成


 大佛次郎 『大楠公 楠木正成』 徳間文庫 199010月刊

戦前、新聞雑誌に連載した楠木正成シリーズ。
「大楠公」 1935年「朝日新聞」連載(正成戦死600年記念)。
「みくまり物語」 43年「毎日新聞」連載。
「楠の葉蔭」 43年「週刊朝日」連載。

 


当然時勢には気を遣っている。でもね、決まり文句の戦意高揚熟語はない。足利方を悪者にしていないし、正成を悲劇のヒーローに仕立てていない。
 大佛の〈正成〉評は「正直で、きれい」。
 尊氏は正成の首を検分した後、「故郷へとどけてやれい」と命じる。

《「この男だけには、最初から俺れも一目置いていた。何としても、ほかの人間とは違っていた。正直で、きれいだった。また戦のことになると、当代は愚か、昔にもこれだけの名将がおったかどうか……と思うことがあった」》

(平野)うみねこ堂書林にて。

2017年7月3日月曜日

淀川長治自伝


 『淀川長治自伝 上・下』 中公文庫 
19889月再版(8月初版)
82年から3年間「キネマ旬報」に連載、85年中央公論社から単行本。

ずっと近所の神戸市立中央図書館・郷土資料コーナー(館内閲覧のみ)でお世話になっている。古本屋さん〈1003〉で見つけて購入。
 
 

 自伝執筆時、淀川は73歳から75歳。幼少時の活動写真時代から観てきた映画の思い出に自らの歩みを重ねる。個々の映画について、俳優や監督について、出会った人たちについて、育った神戸のまちの様子について、語る。その記憶力に驚くとともに、それぞれへの愛と情熱が伝わってくる。

 淀川は2歳で光と影がつくる映像のようなものを発見した。廊下にかくれんぼうのようにしゃがんでいた。

……それは、閉めきった雨戸の小さな穴からの光がせまい廊下の障子に戸外の風景をさかさまに映じ、それが戸外の表通りを歩く人や人力車や馬車の動きをそのままに色彩をも加えて、白い障子に思わざる鮮やかさで小さく動きながら浮かびあがらせているのだった。二歳の私はこんな面白いものをみんながどうしてもっと大騒ぎして見ないのかと思い、きっとこれは誰もまだ気がつかぬのであろうと、私は私ひとりのひみつの「自分のたからもの」ときめこんだのであった。》
 
《私は自伝などおこがましくて。しかしこれを書きたくなったのは、この「目」で見てきた「映画の足跡」が書きたかったからである。しかし自伝とひらきなおったからには、私が生まれ育ったわが家の家系のことも伝えねばなるまい。(後略)》

 家業のこと、ルーツのこと、家が文なしになったこと、深い家系の傷なども告白する。

(平野)