2024年2月27日火曜日

街のスタイル

2.24 神戸華僑歴史博物館で名誉館長さん(中国史の先生)とお話。旧知の元町アーティスト宮さん同席してくださる。昭和初めの海岸通手描き地図掲載冊子の撮影許可いただく。

BIG ISSUE473特集〈生きもの道、生きものの巣〉。自然の造形美にびっくり!



「ほんまに」17号〈陳舜臣〉特集(くとうてん、2015年)をセ~ラ編集長に注文。

 花壇のさくらんぼの蕾ほころぶ。



2.26 家人の荷物といっしょに孫姉から手紙着。次回神戸に来たら、~してあそぼ、~してあそぼ、のリクエスト。いまげんき? のことばでヂヂはしあわせ、チャンリンチャンリン。大相撲三月場所の番付記事送る。

 

 衣巻省三 『街のスタイル 衣巻省三作品集』 山本善行撰 

国書刊行会 3500円+税




 衣巻省三(せいぞう、19001978年)、兵庫県朝来郡(現在朝来市)出身、詩人、小説家。関西学院普通部(中学部)で稲垣足穂の一級下。早稲田大学英文科中退。足穂と共に佐藤春夫に師事。神戸育ちのモダンでハイカラな作風。1935(昭和10)年「けしかけられた男」で第一回芥川賞候補。他の候補者は、石川達三、外村繁(とのむら)、高見順、太宰治ら。石川「蒼氓」が受賞。

 港

小雨する メリケン波止場に

海にひらいたベンチ みな一色に並んでぬれた

海岸通りに人なく 領事館にひらめく旗もない

四つ角に車夫いちにん 空しくぬれて 

街燈には灯がついた (後略)

  作品は文庫になっていない。図書館や古書を探すしかなかった作家。この作品集で見直されれば。

(平野)

 新開地の露天商詩人・林喜芳の文章から。林がアナキストと画家(アナかボルか不明)と元町から湊川神社、福原まで、焼酎ぶら下げて喫茶店はしご。福原の「ミズイロ」は佐藤紅緑(こうろく、ハチロー、愛子の父)門下のたまり場、「大菩薩峠」は衣巻省三ら「佐藤春夫の序文を得て詩集を出した男たちの巣窟」だった。林の連れ二人は、「持ち前の反逆精神から反撥しているのか(中略)歯牙にもかけない」。(林喜芳『兵庫神戸のなんどいや』冬鵲房、1987年)より。

2024年2月24日土曜日

中野のお父さんと五つの謎

2.18 「朝日俳壇」。

〈万巻の棚の沈黙山眠る (香芝市)土井岳毅〉

〈ジャケ買(がい)の三冊の本春隣 (盛岡市)菊池十音〉

昨日の川口さん追悼の会で天然GFと近況報告しあった。

GF 「今何されています?」

ヂヂ「マンション管理人、週3日」

GF 「マンション持ってはるんですか~?」

ヂヂ「掃除してんねんや!」

GF 「マンション一棟持ってはるんですねえ~」

ヂヂ「ひとの話を聴け!」。

同会にて、元海文堂赤ヘルは昨年パパになったそう。おでめとう。

GFクッスーは幹事で忙しいのに「3月の明日本飲み会日取り決めましょう」とテキパキ。

2.19 元海文堂バイト君で現在大手書店店長キタさんから編著書(本屋本)いただく。厳しい本屋業界にあって常に前向きにイベントを仕掛ける。週末に元気業界人の方々を呼んでイベントがあるのだけれど、今回は行けない。残念。

 セ~ラ編集長に陳舜臣アジア文藝館関係者につなぎを依頼。すぐにOK出る。急ぎの用事(仕事)は忙しい人に頼むべし。

「ひょうご部落解放」186号(2023年秋号)着。拙稿は、大泉黒石『俺の自叙伝』(岩波文庫)紹介。

2.20 アジア文藝館関係方々とメールやり取りできたものの、当方の希望事項は現状無理だった。解決のヒントをいただけて、ありがたい。

 午前図書館に写真撮影の確認。午後一徳社主と神戸文書館で資料探索。今日で終了。スタッフ皆さんに大変お世話になった。

帰り道、神戸華歴史博物館に行くが休館日、日を改める。

ついでながら神戸市立博物館で資料について問い合わせるが、話が通じない。なんか門前払いの感じ。

気を取り直して一杯飲みに行こうとしたら、用事に出てきていた家人とバッタリ。

居酒屋で近くの席の男性客が意識を失って、店員さんが介抱。持ち直してしばらくしたら、もう一度ダウン、救急車。そばにいた人の話では、持病があるよう。よくあることなのか、店員さんたちは慌てず騒がず対処。

2.21 仕事済んで図書館で一徳カメラマン資料写真撮影。司書の皆さん、ありがとう。

2.22 午前中は一徳社主と原稿直し。午後は吾郎さんから資料受け取り、うみねこ堂書林で横溝正史本撮影させてもらい、神戸華歴史博物館「神戸を愛し神戸に生きた陳舜臣」展。社主帰路に。お疲れ様。

2.23 家人は横浜。図書館行って、買い物して、寒い冷たい家で留守番。

 

 北村薫 『中野のお父さんと五つの謎』 文藝春秋 1700円+税



 文芸雑誌編集者・田川美希が物知り作家たちから文学史上の難問・奇問を突きつけられる。資料に当たり、同僚たちの意見を訊く。この同僚たちとの会話は力が抜けていて、難題の合間に読者もほっとする。最後の頼りは中野に住む父。元高校の国語教師で愛書家、著者の分身。

今回の問題。

漱石の「アイ・ラブ・ユー」=「月が綺麗ですね」は事実か? なんと映画寅さんシリーズに「いい月夜でございますねえ」というセリフあり。

松本清張『点と線』トリックは「手おくれ」? 

池波正太郎『鬼平犯科帳』シリーズの語り=落語にある現代っぽい言い換えは誰によるのか? 

久保田万太郎の「十二煙草入れ」と折口信夫『口訳万葉集』(まんにょうしゅう)と落語について。

芥川龍之介の最初の本のこと。

お父さん=著者はすべて答えをつかんでいる。その答えにたどり着くまでの、こっちそっちあっちどっちの資料渉猟、探索の過程を小説に仕立てる。読者をうならせる。

(平野)

 

2024年2月18日日曜日

広重ぶるう

2.16 週末家人は横浜の孫に会いに行く予定だったが、孫発熱で中止、がっかり。

2.17 朝図書館。先週司書さんにお願いしていた資料撮影の許可おりる。

 午後大阪梅田「川口正さんを偲び感謝する会」2022年逝去された関西出版界・書店界の相談役・まとめ役。遠方からも出席者多数あり、総勢64名。愛された方だった。今後出版関係者のどなたかが亡くなったとして、こんなに人が集まってくれるだろうか。久しぶりに見るお顔がたくさん。話できた人のなかには、家族が増えた人、亡くした人もあり、人生悲喜こもごも。ヂヂはGFたちとはしゃいでおりました。



 会の前に紀伊國屋書店、さすがにお客さん多い。探すに探せず、検索機に頼るのだが、タッチペンが思うとおりに動かない。

 

 梶よう子 『広重ぶるう』 新潮文庫 850円+税



 2022年新潮社から単行本。新田次郎文学賞受賞。

 江戸時代末の浮世絵師・歌川広重を主人公にした人情もの。広重は「東海道五拾参次之内」や「江戸名所百景」で知られる。

 広重こと安藤重右衛門は13歳で定火消し同心、三十俵二人扶持を継ぐ。役目のかたわら歌川豊広に入門し、絵師として身を立てたいが、売れない、注文がない。浮世絵界の中心である歌川一門には役者絵・美人画の豊国、武者絵の国貞というスターがいる。また、葛飾北斎が高齢ながら健在、「富嶽三十六景」で江戸の町を賑わせる。

北斎が使ったプロイセンの絵の具・ベロ藍は鮮やかな青色、水に溶けやすい(プルシアンブルー)。広重は、自分ならこの藍を活かしてこれまでとは違う名所絵を描ける、名所絵で化ける、と版元を口説く。腕利きの摺師・寛治にさらに腕を磨かせる。

〈重右衛門は震えた。/「これだ、これだよ」/藍が空を覆っていた。下に来るほどそれは色を失くし、全面の風景と溶け合っていた。一文字ぼかしよりも、うんとぼかしの幅が広い。下げぼかしとでもいうべきか。その逆なら上げぼかしだ。空だけではない、この摺りは、海にも川にも趣が出せる。〉

 広重は寛治を労う。

〈「なあなあ、広重ぶるうってのはどうだえ?」/「なんですそれは?」/「いいんだいいんだ、こっちの話だ」〉

「北斎ぶるう」があるなら「広重ぶるう」といわしめてやる。名所絵・広重のスタートである。

 以上、前半のハイライト。中盤後半、広重を艱難辛苦が次々襲う。妻、一番弟子、家督を譲った叔父(祖父の後妻の子)が亡くなる。後添えを得て、妹の子を養子にする。その妹の元夫=僧侶の借金後始末。描きたくなかった枕絵でしのぐ。社会は天保の改革、安政大地震、幕末の動乱の時代。

 来月NHKでドラマ化。

(平野)

2024年2月15日木曜日

日本の裸体芸術

2.10 図書館でこまごま調べもの。西村貫一と鈴木商店のことなど。

2.11 「朝日歌壇」

〈三木卓の詩集小説童話読み最後に読むは『日本の昆虫』 (新潟市)浜田良男〉

〈家持も釈迢空も今在らば能登の地震を何と詠むらむ (町田市)山田道子〉

〈避難所で追い込みをする受験生赤本を置くダンボールの上 (出雲市)塩田直也〉

〈われならば晶子、白秋、新札の一万円には茂吉を選ぶ (名古屋市)山守美紀〉

「朝日俳壇」

〈図書館のストーブ僕のためにだけ (京都府京丹波町)三井田秀太〉

2.13 みずのわ一徳社主と神戸文学館企画展陳舜臣生誕100年を記念して「神戸が生んだ名探偵 陶展文の事件簿」414日まで(水曜日休館、祝日の場合は翌日)、入館無料。会場に陳さんの海岸通の住まい「三色の家」復元模型あり。明石高専水島あかね研究室制作。2017年開催「神戸物語 陳舜臣とミステリー館」(KIITO)で展示したもの。

「陶文展」はシャーロック・ホームズや金田一耕助ほど著名ではないが、陳さんが生んだ「神戸の名探偵」。チラシのビルは海岸通の「商船三井ビル」だが、ここがモデルと思われるビル内で主人公は中華料理店を経営。




社主がかつて住んだ春日野道界隈をウロウロして、市場(9割方閉店)の中の喫茶店に入る。妙齢のおばあちゃまたちの溜まり場。じいさんはどこ行った?

坂を登って神戸市文書館で資料探し。隣の机の男性は英文資料を繰っておられる。

社主多忙は毎度のこと、今晩京都、明日東京出張で、来週また神戸。

2.14 暖かくて作業楽になる。隠れていたハエにカメムシにてんとう虫が出てきた。

 

 宮下規久朗 『日本の裸体芸術 刺青からヌードへ』 

ちくま学芸文庫 1300円+税



 神戸大学大学院教授、美術史。『刺青とヌードの美術史』(2008年、NHKブックス)に加筆。

「幕末から明治を中心に、裸体と裸体芸術をめぐる変化とその後のヌード表現のなりゆき」を追う。

 明治になるまで日本人は人前で裸体でも平気だった。戸外でも裸体で働いたし、風呂は男女混浴。この「混浴」に西洋人は「日本人には羞恥心がない」と驚いた。「文明開化」で裸は「野蛮」となり禁じられた。同時に西洋から「裸体芸術」がもたらされた。

 江戸時代の日本人は裸であっても、他人の裸体を凝視することはなかった。そういう道徳が共有されていて、裸体に「性」を感じることがなかった。逆にこっそり「覗く」ことは「恥」であり不道徳だった。

 西洋の裸体芸術が広まり、美術館で公然と鑑賞する=凝視することになる。現在、野外に多くのヌード彫刻が展示され、雑誌にヌード写真が掲載される。日本に裸体芸術は定着したのか、私たちは西洋芸術のヌードを理解しているのか。

「裸体芸術」から見れば高尚な芸術ではないと排除されたものがある。その代表が「刺青」。宮下は「日本の誇る美術」として評価する。

(平野)

2024年2月8日木曜日

安吾さんの太平洋戦争

2.1 2月だ、節分だ、瀬戸内の島から渡って来たオニではなくみずのわ一徳とうみねこ堂書林。横溝正史のことなどいろいろお願い。

神戸市文書館に行って一昨日の続き作業。古い神戸市街図いろいろ出してもらう。竹中郁が出版記念会の後行ったダンスクラブの場所がわかる。

一徳社主は神戸に来る前に愛媛県西条市の本屋さん「佐藤日進堂」を訪問。創業者であるおじいさんは神戸元町にあった「川瀬日進堂書店」で修業し、故郷で開業された。ヂヂが海文堂時代に「川瀬」を調べていて、「佐藤」さんから資料を提供いただいた。「佐藤」さんにはまだまだ「川瀬」関連資料が保存されていて、一部店頭に展示している。一徳社主が改めて取材に行く由。



 熊内の文書館を出ると突風、歩行者は飛ばされそう。新神戸駅で別れて、ヂヂ三宮で家人の雑誌買って帰宅。

2.3 午前中図書館。司書さんにまた頼みごと。ご面倒かける。

 午後買い物。花森書林は今年初訪問、金子兜太聞き書き『語る兜太』(岩波、2014年、3刷)。元町駅前、BIG ISSUE472、特集〈マンガで、社会の問題を読む〉。今回は販売員さんにすんなり会えた。本屋さん、注文品他。



2.4 「朝日歌壇」より。

〈図書室でいつも絵本を読んでいた子が箱根路の一区走りいる (埼玉県)中里史子〉

「朝日俳壇」。

〈真民の詩集と出会ふ冬籠 (高槻市)若林眞一郎〉

2.6 午前中臨時出勤。午後買い物がてら、久々に陳舜臣アジア文藝館。休館みたい。鍵かかり、案内掲示なし。本屋さん、家人の雑誌は雪のため未着、文庫と新書。

 半藤一利 『安吾さんの太平洋戦争』 ちくま文庫 900円+税



 2009年刊『坂口安吾と太平洋戦争』(PHP出版社)に加筆修正して、2013年『安吾さんの太平洋戦争』(PHP文庫)。今回安吾の「特攻隊に捧ぐ」収録。

 昭和の戦争中、坂口安吾は文壇で売れていなかった。おかげで従軍やら大政翼賛会やらにお呼びがかからなかった。その時代、安吾は何をしていたか。碁を打ち、酒を呑み、女性に溺れた。一方で、万一に備えて身体を鍛えていた。歴史研究をしていた。

文壇・軍部から注目されていないおかげで不条理な時局に言いたいことを言い、書いた。本土空襲を予想し、大艦巨砲より飛行機と見通した。そもそも日本人に戦争を徹底的に戦い抜く資質があるか、敵に対してたぎるような憎悪を持続できるか、と問うた。戦後の「堕落論」は思いつきではない。国破れて、家族亡くして、衣食住何にもなし、武士道も道徳もない、お上は助けてくれない。それでも生きねばならない。「生きよ、堕ちよ」と。

〈人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。〉『堕落論』

 半藤は「歴史探偵」を自称。歴史史料の欠けた部分を推理して補う。編集者になってすぐに超人気作家・安吾の原稿取りに行かされて以来、「安吾の弟子」を自認する。

 安吾曰く「歴史というものはタンテイの作業と同じものだ」。「チミツで正確なタンテイ眼があってこそはじめて史料を読む仕事が生きた学問となるのである」。

 冒頭、半藤は安吾の純愛物語をタンテイする。安吾は恋しい女性への求愛と失恋を「二.二六事件」当日の出来事として何度も作品に書いているのだが、あまりに劇的。どこまで真実か?

(平野)

2024年2月1日木曜日

江戸に欠かせぬ創作ばなし

1.28 「朝日俳壇」より。

〈読初(よみぞめ)や今年も百冊読むつもり (山梨県市川三郷町)笠井彰〉

「朝日歌壇」

〈紙の本、紙の新聞、アナログの言葉は真っ直ぐ心に届く (観音寺市)篠原俊則〉

〈開館と同時に自習室へ行く受験の生徒の大きなマスク (札幌市)藤林正則〉

 午前図書館。ある資料で昭和戦前に雑誌「神戸っ子」があったと知る。いつもお世話になる司書さんに訊ねると、いろいろ調べて探し出してくださった。ありがたいこと。

わかったこと。

1. 1931(昭和6)年、大丸神戸支店の社内誌「神戸っ子」創刊。

2. 1954(昭和29)年、元町商店街PR誌「元町」創刊。

3. 大丸神戸支店長が誌名「神戸っ子」を「元町」に譲り、1961(昭和36)年「神戸っ子」に改題。

4. 中央図書館には大丸時代の「神戸っ子」1935(昭和10)年8月号、12月号、36(昭和)112月号、4月号、5月号、6月号、7月号がある。大丸と元町などの商店・喫茶店が会員として編集。

創刊当時の状態は不明。図書館所蔵分の内容は改めて紹介したい。だいぶ先のことになる。

1.30 家事をすませて、神戸市文書館。みずのわ一徳社主と資料探索。戦前の神戸絵はがきと地図を多数出してもらう。絵はがき選択と撮影で時間かかる。地図は年が進むたびに情報統制がわかる。裏面には観光案内や官公庁や学校名簿。商工業の名簿(広告か)掲載地図も。地図調べは次回となる。社主と一杯飲んで別れる。彼は大阪に向かう。忙しい。

 

 岡本綺堂 『綺堂随筆 江戸に欠かせぬ創作ばなし』 河出文庫 900円+税



 2003年河出文庫版を新装改題。江戸言葉、江戸から明治の言葉の変化、演劇評論、寄席と芝居、自作(戯曲、小説)についてなの随筆集。怪談もあり。

「言葉は正しく」より。

 東京の言葉と地方の言葉に相違があり、混同がある。たとえば、「ま、お待ちなさい」の「ま」は関西系。東京では「まあ」、「さあ」は「さ」、「もひとつ」は「もうひとつ」。綺堂が不愉快なの「~している」が、「~してる」「見てる」「~しちゃう」。明治の末頃から酒場の女性たちが使っていた。これを学生がモダン語と思って真似。綺堂は「低俗野卑、にがにがしいこと」「下等の言葉」と厳しい。「物を書こうとする人々に向かって」苦言を呈する。

〈ある特殊の人物を描く場合は格別、その他の人物はみな正しい言葉を用ゆべきである。一種のスラングは特殊の人物に限ることにして、他の人物は正しい言葉を用いるのが、小説や戯曲の法である。これは私が説明するまでもなく、外国の小説や戯曲をよめば直ぐに判る。コナン・ドイルの小説が英国の家庭に汎く愛読されるのは、探偵小説の興味ばかりではない、彼がグード・イングリッシュを書くからである。良き作家は正しき言葉を書くことを忘れてはならない。〉

(平野)