2017年6月25日日曜日

触媒のうた


■ 今村欣史(いまむら・きんじ) 
『触媒のうた 宮崎修二朗翁の文学史秘話』 神戸新聞総合出版センター 1800円+税

 今村は詩人、西宮で〈喫茶・輪〉経営。本書は〈出石アカル〉名で『月刊KOBECCO』(神戸っ子出版)連載をまとめたもの。

 今村作品を宮崎が審査・講評したのが縁。宮崎が今村の喫茶店をたびたび訪れ文学談義。宮崎には文学史、民俗学の著書多数あるが、今村は直接聞き、得た貴重な記憶と証言を本書に書き残す。
 
 

「宮崎修二朗?」という人も多かろう。
 1922年長崎市生まれ、41年文部省図書館講習所卒業。51年神戸新聞社入社、出版部長、編集委員、「のじぎく文庫」初代編集長。
 58年、神戸新聞社は「のじぎく文庫」という「県民の手で県民の本を出版しようという年会費制の出版運動」を始め、宮崎は編集長に就任。ちょうど新聞本紙で柳田國男の伝記連載が決まり、宮崎に口述筆記が命令される。編集局長からトイレで聞かされた。今夜上京せよの社命。

……朝顔のナフタリン玉を転がしていた放水が一瞬止まりましたよ。……

 相手は大学者・柳田である。「キミ勉強が足りませんね!」と叱責される。質問すれば拒否・無視される。柳田は宮崎の著作『文学の旅・兵庫県』(神戸新聞社、1955年)を読んでいて、柳田の兄の短歌を批評した部分が気に召さなかったらしい。

《そしてついに、「ぼくは嫌われて途中で放り出されました」と。門前払いではなく、一旦入った門の中から放り出されたのだ。》

 もうひとつ理由があった。柳田が隠してきた生家・松岡家の暗部を知ってしまった。柳田が口述中「ほんの数語、まったくこぼれ出たという感じで」、兄嫁の入水事件に触れた。

 書名の「触媒」について。宮崎の著書『ふるさとの文学――兵庫縣文学遺香』(上記『文学の旅~』が増刷されず、57年自費で改訂版出版)、父母に宛てた「あとがき」にある。

……わたしにとって、第二の故郷ともなったこの兵庫県と、心の故郷ともいうべき文学を結びつけようという私のねがいは、一日も忘れたことはありませんでした。/私は、自分の貧しさを知れば知るだけ、自分が世の人々にささげうるものは、こうした触媒の役目以外にないということを、改めて自覚しているのです。(後略)》

 宮崎は講習書時代、同期生や教授陣のレベルの高さに自分の無力を思い知らされた。触媒についての講義に感銘を受け、生き方を定めた。それを貫いてきた。
 帯の推薦文は出久根達郎。
(平野)ほんまにWEB、母・しろやぎさん投稿。間違いです。母・くろやぎさんです。お詫びと訂正。

2017年6月20日火曜日

プレイガイドジャーナルよ


 村元武 『プレイガイドジャーナルよ 19711985』 東方出版 1600円+税

『プレイガイドジャーナルへの道 19681973 大阪労音――フォークリポート――プレイガイドジャーナル』(同社)続編。

『プガジャ』はB6判、100円のミニコミだった。雑誌自らイベント・コンサートを企画し、新しい劇団を呼んだ。海外旅行を企画した。『~街図』とか『バイトくん』など単行本も出した。本誌の執筆陣、連載、特集などメジャーの情報誌とは一味二味違う〈読める雑誌〉だった。編集者たちはしんどくても楽しんで作っていただろう。メジャー系と同じB5判にした時、読者はがっかりしたというか、〈敗北〉を感じたと思う。当時はそうするしかなかった。村元はそのことも改めて問うている。

《「プレイガイドジャーナル」の15年間、苦楽をともにしてきた多くの仲間たちに感謝します。30年後のいまから見れば、ほんの一瞬のようでもあるし、長い一編の物語のようでもあります。同時代を生きた読者の方々も含めて、往時を振りかえるとき、断章でも思い出していただければ幸いです。》

 


30年以上前の話。その後、イベント情報誌にメジャーがいろいろ参入したが、今はもうどれもない。

(平野)

2017年6月15日木曜日

トーク 鳥瞰図を歩く


 トークイベント 鳥瞰図を歩く――150年前の神戸めぐり――

青山大介(鳥瞰図絵師)と神木哲男(神戸大学名誉教授)トーク

日時:77日(金) 1830~ 

会場:こうべまちづくり会館

定員80名 申し込み先着順

資料費 1000

主催 (株)くとうてん 共催 こうべまちづくり会館
 こちらを。
http://kutouten.co.jp/

 


《鳥瞰図絵師独逸遠征凱旋記念講演》と勝手に宣伝。
 絵師の独逸訪問記は、
https://twitter.com/Kobe_UW

(平野)

2017年6月14日水曜日

あるかしら書店


 ヨシタケシンスケ 『あるかしら書店』 ポプラ社 1200円+税

 新聞広告(予告)を見て発売を待っていた。絵本作家が描く理想の本屋さん。どういうわけか、毛がなくて、おヒゲのおじさん。お客さんのリクエストに、独自の選書で応える。
 
 

《このお店は「本にまつわる本」の専門店。
店のおじさんに
○○ついての本って あるかしら?」ってきくと、
たいてい「ありますよ!」と言って
奥から出してきてくれます。(後略)》

『「作家の木」の育て方』
 本に種をはさんで埋める。生長に合わせいろいろな本を読み聞かせて育てると、「読書の秋」には本の実がなる。手間はかかるが、上手に世話をするといい本ができる。でもね、ほめすぎると他の木がスネて実をつけない恐れあり。

他に、『読書サポートロボ』『読書遍歴捜査官』『本のお祭り』などなど。
 ただ、『大ヒットしてほしかった本』はあるが、『必ず大ヒットする本のつくりかた』みたいな本を求められても、おじさんは「あーー。それはまだ無いですー。」

 一篇一篇、いろいろ考えせてくれ、笑える。
(平野)
 ほんまにWEB「海文堂のお道具箱」更新しています。

 

2017年6月10日土曜日

チャップリン


 大野裕之『チャップリン 作品とその生涯』 中公文庫 920円+税

大野は1974年大阪府生まれ、映画・演劇学研究、日本チャップリン協会会長。推薦文の黒柳徹子は名誉会長。
 大野は小4のときテレビで『独裁者』を見て、チャップリンのすごさを知った。読者がチャップリン映画の魅力を発見することを願う。

《悲しいことに、世界はますます混迷を深めている。頻発するテロや人種の対立、不寛容な指導者たちの登場を指して、新たな戦前を危惧する声もある。/そんな時代だからこそ、あくまで自由なチャーリーと、悲しい時は一緒に泣いて、どん底にいる時でも笑顔を忘れないでいたい。そして、社会の不条理に抗して闘うことのできる唯一の武器とは、あの愛に満ちた笑いであるということを思い出したい。――そう、今こそ私たちには、チャップリンの、温もりのあるユーモアがどうしても必要なのだ。》

 チャップリンは大の親日家。その初来日時(1932年)、ちょうど海軍将校らによって犬養首相暗殺事件〈五.一五事件〉が起きた。チャップリンも将校らによって標的にされていた。偶然と日本人秘書の気配り、それに自分の「気まぐれ」行動でテロを免れた。大野は当時を再現して、「このときの海軍将校側とチャップリン側の動きは、まさにサスペンス映画を地でいく展開」と書いている。
 
 

(平野)
 

2017年6月8日木曜日

ぼくの宝物絵本


 穂村弘 『ぼくの宝物絵本』 河出文庫 740円+税

歌人が名作絵本を紹介。オールカラー。初出『月刊MOE』(白泉社、200709年)他、単行本も同社から2010年刊。
 
 

《ごちゃごちゃと複雑な苦しみに充ちた現実から逃げたくなることは誰にでもあると思う。だが、その方法はひとによっていろいろだ。(中略)私の場合は、絵本やきれいな紙モノ(絵はがき、ポスター、メニュー、楽譜、ビュバーなど)をみたり買ったりすることがそれに当たる。日本の成人男性としては比較的珍しい趣味かもしれない。(後略)》

 絵本は子どもだけのものではない。知らない名作がいっぱいある。子どもの時に読んだ本も読み直したい。

《忘れていた懐かしい絵本や未知の輝きをもった絵本に出会うと、脳から液が出る。買って買って買いまくると、夢のように楽しいのだ。》

(平野)
 本は楽しむものだと思っている。悲しい話、辛い話、怖い話はできれば避けたいが、深刻なテーマは著者を信じて読む。落ち込むような本は自分の勘を信じてなるべく近寄らないが、もし読んでしまったら忘れるようにする。
 私は本読んで目と鼻から液がよく出る。

2017年6月6日火曜日

近所の古本屋さん

■ 近所の古本屋さん

 66日九州は梅雨入り、近畿も時間の問題。でもね、今日はいいことがいっぱい。
 女子の古本屋さんと電話、海文堂同僚と遭遇、NRくららさんからメールなどなど。
 そのうちのひとつ、神戸市兵庫区荒田町の古本屋さん〈蚊帳文庫〉初入店。これまでお店の開店時間と私の行動時間が合わず、何度もすれ違い。大倉山の中央図書館から西へ向かって、神戸大学医学部を通り過ぎ、有馬街道を渡った坂の途中。児童書、実用書、映画・音楽書充実。
 文庫3冊、600円也。


 
昔このあたりにコーべブックス編集長の家があって、一度だけおじゃました。見たこともない本がズラーっと並んでいた。

 もうひとつ、「朝日新聞」夕刊に内澤旬子さま記事。小豆島で獣肉加工場建設計画。
 
 

(平野)
 同じ新聞で「うんこ漢字ドリル」記事。例文すべてに「うんこ」が出てくる。
 昨日(月曜日)近所の小学生は土曜日運動会で代休。「どこ行っとったん?」と訊ねたら、「えー、うんこしとったん?」と返された。ドリルを持っていた。大笑いした。
 記事より、NPO日本トイレ研究所代表の話。
《恥ずかしいから学校でトイレに行けない、という児童は多い。排泄行為に対するマイナス感情も根強くある。ドリルのブームが、正しい排泄への知識につながるきっかけになればいい》

2017年6月4日日曜日

アンクル船長の夢


 展覧会『柳原良平 アンクル船長の夢』パンフレット 
公益財団法人尼崎市総合文化センター 100円(税込)

展覧会は尼崎市総合文化センター美術ホール、79日(日)まで。
〈船の画家〉柳原の創作活動を中心に紹介する。






船の画家を志す  中学高校時代のスケッチ、京都市美大工芸科入学
デザイナーになる アンクルトリスの誕生  寿屋(サントリー)宣伝課での広告、CM
船の画家になる  広告会社設立、「アンクル船長」誕生
アンクル船長は世界を旅する  趣味と取材を兼ねて世界旅行
絵本のしごと  創作絵本

 柳原は1931年東京生まれだが、父の転勤や戦災で京都、西宮、豊中で育つ。44年兵庫県立尼崎中学校(現在県立尼崎高等学校)に転校、美術部に入部、また船舶同好会結成。毎週大阪港にスケッチに通った
(平野)
コースターは入場記念プレゼント。館内スタンプラリー、ぬりえコーナーあり。入口とバーカウンターは撮影OKです。


2017年6月1日木曜日

表参道が燃えた日


 『表参道が燃えた日――山の手大空襲の体験記――増補版』 20082月初版 20098月増補版

 『続 表参道が燃えた日――山の手大空襲の体験記―― 20116

制作・発行 「表参道が燃えた日」編集委員会 


 価格は両書とも[900円税込](5%時代の表記)、8%換算で926円。表参道の山陽堂書店で購入。同店は1891(明治24)年創業の老舗、この街とともに歩んできた。

 関西のおっさんは、おしゃれで上品なファッションの街という印象で、近寄りがたい。しかし、この街も大空襲で大きな被害を受けた。
 1945310日の「東京大空襲」では、本所、深川、浅草、日本橋など東部の下町が焦土となり、死者は10万人を超えた。4月中旬から空襲は山の手地域に広がった。52526日に投下された焼夷弾は〈3.10〉の倍にのぼる。犠牲者ははるかに少ない。

《このことは地域の立地条件の違いや建物疎開がされたことや空襲の連続で老人や女性、子供たちの疎開が急速に増えたことも一員といわれるが、三月十日の空襲の経験から、住民が消火活動より早く避難することを選んだためと思われる。しかし爆撃を受けた市街の惨状、人々の恐怖は三月十日の空襲と変わらなかった。》

「続編」に、山陽堂書店に避難させてもらった人の体験記が寄せられている。

「山陽堂さんに助けられて」
 若林さん一家はすぐ近所の善光寺の裏手に住んでいた。母親は隣組の見回り、若林さんは妹とふたりで逃げた。

《表参道に来たら風がひどく、掻巻があっという間にくるくると飛んで行き、毬のように飛ばされ、電柱にぶつかりパッと燃えました。その時の光景が今でも目に浮かび忘れられません。/山陽堂書店さんの戸をたたいて、何人か入れていただきました。周りを見渡しましたら姉がいましたので喜び、どんどん燃えている外を怖々見ながら、母がどうしているか心配で生きた心地がしませんでした。(後略)》

 時間が経って23人の女性が店に入って来て、手と顔に大火傷をした母親と再会。

(平野) 
 山陽堂書店、昨夏訪問時はお休みで、谷内六郎壁画だけ撮影して帰った。書皮の絵は和田誠。

〈ほんまにWEB〉「奥のおじさん」更新。

2017年5月30日火曜日

定本 薔薇の記憶


 宇野亜喜良 『定本 薔薇の記憶』 立東舎 900円+税

 イラストレーターのエッセイ集。単行本(東京書籍、2000年)にそれ以降の雑誌連載を加える。
 
 

〈ひとりごと裸体画論〉
 宇野が初めて裸体を描いたのは中学生の時。高校卒業まで熱心に描いたが、なぜかその後はやめてしまった。

《ぼくは女性の裸に限らず静物画にしろ、造形的な意識や構成力といった冷めた認識で描かれた絵画よりも、その対象に対する画家の感動とか、優しさといったエモーショナルなものが根底にある絵の方が好きである。薔薇はあくまで、はかなげな花弁に囲まれて誇らしげでなければならず、鉄でつくられたような薔薇や、定規で描きあげたような裸婦では味気ない。それがたとえ残忍な感情にしろエロティックな心情にしろ人間の情緒に属する感情を表現したものであれば、好ましく思ってしまうのである。》

〈ステンドグラスへの郷愁〉では神戸の教会も取り上げられている。

《神戸は再度山・摩耶山といった六甲連山の山肌が、大阪湾へなだらかに滑りこむ南向きの土地に、東西へかけて横に長く延びた街であり、坂の街なのである。(中略)
 下山手カトリック教会は山手通りの山側にあって、盛土されたのか、あるいは付近が切りくずされて低くなってしまったのか、石垣の上の高台に建っている。(後略)》
 建築様式やステンドグラス・彫刻の美しさを語る。

(平野)
 この教会は我が家の近所で、私はここの幼稚園に通っていた。阪神淡路大震災で倒壊してしまった。



 お江戸表参道〈青山ブックセンター〉で購入。開店前に着いたので、すぐ近くの青山学院大学キャンパス見学。
♫つたのからまるチャペルで~

2017年5月29日月曜日

普通の本屋を続けるために


 久禮亮太 『普通の本屋を続けるために』 明日香出版社 非売品
 
 

 NR出版記念会会場でいただいた。
 著者はフリーランス書店員としてブックカフェ運営や書店員研修などで活躍中。
 本書は同社の書店向け案内DMに連載したもの。これまでも連載原稿を「書店お役立ちマニュアル」として書籍化し、取引書店に配布している。

 もくじ
第一章   「本屋の仕事」を見直そう
第二章    まず、荷物を開けてみよう
第三章    スリップを読み解こう
第四章    正しい「抜き方」と「置き方」を理解しよう
第五章    棚前の平積みこそが売上げをつくる!
第六章    平台を「編集」しよう
第七章    一冊に賭ける「仕掛け」売り
第八章    データから「次の判断」を学ぼう
第九章    書店の「価値と利益」を考えよう
第十章    「不通の本屋」に立ち戻る

《本と読者の日常にとって一番大切なことは、身近な「普通の書店」が一軒でも多く、今よりちょっとずつ面白くて役に立つ存在になって、存続することではないか》

《棚を介して、ときには直に言葉を交わして、お客様と繊細で濃密なコミュニケーションをとるのです。それが本屋の醍醐味であり、仕事の本質だと思います。》

 著者は書店員の仕事の基本を言葉にして伝える努力をしている。それは人のためだけではない。そうし続けることで本屋が本屋として存続していける、と確信している。書店員として鍛え蓄え磨いてきた知識と技能を惜しみなく伝える。
(平野)

2017年5月28日日曜日

書店員の仕事パーチー


 『書店員の仕事』出版記念会

526日、お江戸文京区民センター。私は引退者ながら執筆者のハシックレで参加。
 





 

出版社、書店員、メディアの方々、初めての方、懐かしい顔、皆さんにお会いできてよかった。

登壇しているのは、左から新泉社・安喜さん、喜久屋書店の市岡さん(シロヤギ)と丸善京都の伊藤さん、NRくららさん。あとで執筆者が順番にお話。

会場では『ほんまに』も販売。NR事務局がいつも販売協力くれている。

ン十年のおつきあいの営業さんとはお互い〈根性の暇乞〉ちゃう〈今生〉を覚悟して涙の盃。でもね、GFたちとは大はしゃぎで乾杯している。切り替えが早い!

(平野)

2017年5月23日火曜日

雲遊天下 126


 『雲遊天下 126 物語――ある大阪の編集者』 
ビレッジプレス 500円+税
 
 

「ある大阪の編集者」とは、元『プレイガイドジャーナル』発行人の村元武。南陀楼綾繁が2013年にインタビューしていたが、発表の機会を逸していた。村元の著書2冊が完成したことで日の目を見る。

 村元は1943年生まれ。大阪労音で宣伝、編集、舞台監督。音楽舎で『フォークリポート』編集。1971年、失業中に『月刊プレイガイド』を引き継ぎ、新会社「プレイガイドジャーナル社」設立、『プレイガイドジャーナル』創刊。85年、ビレッジプレス設立。

《半年の失業保険の期間が切れる頃にはどうするかを決めないといけなかったんだけど、周りの先輩たちがいかにぼくに仕事を回すかということを考えてくれるわけです。(後略)》
 
 労音の先輩たちが照明や舞台監督の仕事を回してくれた。
「大きなイベントをやりながら小さな雑誌を作っていた」(南陀楼綾繁)
 最初の2年編集長、イベントスケジュールをどのように見せるか苦心した。

《この種の雑誌が待たれていたという実感ありましたね。ミュージシャン、主催者、劇団、ジス映画上映者ら、そして読者も含めて、毎日のように事務所にやってきてくれて、その出会いに元気づけられました。それで、読者は常に編集部に参加するわけです。》

 配本や取材を手伝ってもらう。相手も喜んで楽しんで参加する。

村元の著書、『プレイガイドジャーナルへの道 19681973 労音フォークリポートプレイガイドジャーナル』(2016年)、『プレイガイドジャーナルよ 19711985』(2017年)東方出版刊。
(平野) 2冊目、まだ。版元様、申し訳ござらん。

2017年5月21日日曜日

このくにのサッカー


 『このくにのサッカー 賀川浩対談集』 苦楽堂 1800円+税



 



賀川は92歳にして現役スポーツライター。神戸市生まれ、サッカー選手としても輝かしい経歴を持つ。2014年神戸市中央図書館(大倉山)に神戸サッカー文庫を開設。「このくにのサッカー」の「これまで」と「これから」について真剣に考えている人たちの話。

目次
第1章   戦略 岡田武史 川端三郎 桜井嘉人
第2章   戦場にて 釜本邦茂 澤穂希
第3章   育む セルジオ越後 黒田和生、加藤寛 佐々木則夫
第4章   広める 加茂建 岸本健
第5章   温故知新 石井幹子 岡野俊一郎 デットマール・クラマー

(平野)
 私はサッカーファンではない。記憶にある日本サッカーは、1964年東京オリンピックでのアルゼンチン戦勝利、次のメキシコオリンピックの銅メダル。そのあとは、〈ドーハの悲劇〉まで飛ぶ。サッカー本は読んでいないし、エラソーなことは言えん。
神戸まつりで人の多い三宮を通り過ぎて西灘ワールドエンズ・ガーデン。芸能人似(毎回しつこいと思う)の店主は芦屋のイベント出張だが、留守番さんがいて、おじさんはそれだけでハッピー。些細なことで喜ぶ。

2017年5月11日木曜日

仕事場のちょっと奥までよろしいですか?


 佐藤ジュンコ 『仕事場のちょっと奥までよろしいですか?』
 ポプラ社 1200円+税 

《日々の暮しのそばにあるものやことがつくられる、ちょっと奥のなかなか聞くことのないお話を、誠に勝手ながらみなさんを代表するような気持ちで聞いてきました。》

伝統工芸職人……こけし、花火、染物、漆塗り
クリエイター……小説、漫画、グラフィックデザイン、鳥瞰図
「場」をつくる……バー、お寺、編集
ユニークなものづくり……DIY印刷加工スタジオ、印章彫刻、ステンドグラス、建築

〈鳥瞰図絵師〉は神戸の人。実物とだいぶちがうけど、イラストなので受け入れよう。



 写真のてーしゃつは著者に会う時の正装用。
 
 自らも創作する佐藤ジュンコは取材したひとたちから学ぶ。

 仕事場取材のきっかけは、こけし工人の小笠原さん。
《歴史と伝統を守り、後世へ伝える役割を果たすひとは、昔から強いこだわりがあるのでは、と思っていましたが、その背筋のぴんとした柔軟さは少し意外で、憧れます。(中略) 遠くに感じていた手に、自分の手を伸ばしてみたら、思っていたよりずっと近くにあって、あたたかくて、ぎゅっと握り返してもらったような、そんな気持ちでいます。》

 本に関わる「クリエイター」たち。
《書店勤めを辞めて、イラストレーターとして仕事をするようになってから、ひとと、まちと、世界とこれからどう関わっていくのか、ぼんやりと考えていました。本の扉の向こうで、本作りに関わる4人の先輩たちの仕事場におじゃましてお話をうかがったことで、ささやかな決心のようなものが芽生えたようです。》

「もの」づくりではなく、「場」つくり。
……「場」として営む特定の空間としての「場所」ではなく、そのお仕事、もしくはそのかた自身が、誰かにとっての大切な意味を持つ「場」ののでは、と思うようになりました。その人と過ごした時間の余熱を持ち帰ることで、日々が明るく温かくなるような。》

「ユニーなものづくり」とは「ちょっと変わった」「唯一の」ものづくり。
《みなさん個人でものづくりをしているかたですが、決して一人で仕事をしているわけではありません。たくさんおつながりの中で、「ユニークなものづくり」を続けています。わたしもようやく最近になって、個人=一人ぼっち、ではないということがわかりました。》

(平野)
ほんまにWEB〈しろやぎくろやぎ〉更新。

2017年5月9日火曜日

暗い時代の人々


 森まゆみ 『暗い時代の人々』 亜紀書房 1700円+税

 
装丁・矢萩多聞

森が「暗い時代」と言うのは、昭和の戦争時代。「大正デモクラシー」と言われ、民衆運動労働運動が起こり左翼運動も活発だった時代から、戦争に突っ込んでいった。
《その時、人々は何を考えていたのか、どこが引き返せない岐路だったのだろうか。》
 現在の政治状況に、森は「率直に怖い、という感情を持っている」。だから、あの時代に向き合い、現在を考える。
「大正から戦前・戦中にかけて、暗い谷間の時期を時代に流されず、小さな灯火を点した人々」9人の評伝。斎藤隆夫、山川菊栄、山本宣治、竹久夢二、久津見房子、斎藤雷太郎、立野正一、古在由重、西村伊作。

第一章 斎藤隆夫 リベラルな保守主義者
第二章 山川菊栄 戦時中、鶉の卵を売って節は売らず
第三章 山本宣治 人生は短く、科学は長い
第四章 竹久夢二 アメリカで恐慌を、ベルリンでナチスの台頭を見た
第五章 久津見房子 戸惑いながら懸命に生きたミス・ソシアリスト
第六章 斎藤雷太郎と立野正一 「土曜日」の人々と京都の喫茶店フランソア
第七章 古在由重 ファシズムの嵐の中を航海した「唯物論研究」
第八章 西村伊作 終生のわがまま者にしてリベルタン

(平野)ほんまにWEB「海文堂のお道具箱」更新。

2017年5月3日水曜日

編集者の生きた空間


 高橋輝次 『編集者の生きた空間 東京・神戸の文芸史探検』
 論創社 2700円+税
 
 

 高橋は1946年生まれ、元創元社編集者。現在フリーで、古書探索・編集体験から得た文学話をまとめている。本書では〈編集者〉がテーマ。

目次
第Ⅰ部 編集部の豊穣なる空間  (砂子屋書房編輯部、「三田文学」編集部、河出書房編集部の面々など)
部 編集者の喜怒哀楽  (彌生書房社長、ある児童文学編集者、創元社編集者、中央公論社編集者など)
部 神戸文芸史探検抄  (エディション・カイエ、「航海表」、「少年」など)
部 知られざる古本との出逢い 

「あとがきに代えて」で、「印刷所や製本所の人たちの地道な働き」に着目している。本書にも「文芸と密接にかかわった印刷者たち」が数多く登場するし、野口冨士男も「印刷所を通してみる文壇史」に言及していることから、出版史を見直す新しい視点として「印刷所」を提案する。
 編集者から作家・詩人として活躍した人たちがいる一方、高橋は世に知られていない編集者たちの仕事にも光を当てている。また、出版社の外観、編集部という空間にも目を向ける。そして、神戸の文芸史も。
 本書は「古書を通して見た戦前、戦後の編集者の群像」と言える。
《今回も改めて思ったのは、古本探索の旅には限りがないな、ということである。私の場合、なぜだか分からないが、ひとつの原稿を書きおえてまもなく、それに関連する新たな文献がなおも次々に見つかってゆくという経験に恵まれている。そこに不思議なエネルギーが集中するのだろうか。(後略)》
 結果、「追記」「註」という形で原稿が追加されていく。

(平野)
『ほんまに』のこと、海文堂のことにも触れてくださっている。私が海文堂の本を書いたとき、お骨折りいただいた。
 こういう資料性の高い本には索引がほしいなあ。