2023年8月31日木曜日

契り橋

 8.31 元町原稿「西村旅館」関連で、大正78年神戸で西村貫一が発行した芸術・文学雑誌「アンティーク」を調べている。これまで兵庫文学史の本には紹介されていない雑誌。創刊号がいきなり発禁になっている。

 8月も終わりだが、まだまだ暑さ厳しい。皆様、お身体大切に。

 

 髙田郁 『契り橋 あきない世傳 金と銀 特別巻(上)』

ハルキ文庫 700円+税



 昨年夏完結した人気シリーズの特別巻。多彩な登場人物から4人を主役にした短篇集。

「風を抱く」 五鈴屋当主ながら出奔した惣次が江戸で再登場した時は驚いた。その惣次がどのように両替商としてのし上がったのか。

「はた結び」 五鈴屋江戸本店(ほんだな)支配人・佐助の恋。

「百代の過客(はくたいのかかく)」 当主・幸を支えるお竹が老いを自覚、引き際を考える

「契り橋」 五鈴屋の元大番頭・地兵衛の息子で幼い時から幸に仕える賢輔の秘めた思い。

 本篇愛読者は気になっていたであろう物語とその後。登場人物たちもそれぞれ歳をとる。下巻では誰を取り上げるか。

 でもね、やっぱり著者のサディストぶりは不変。惣次の女房と義父、佐助の過去の恋人を天に召す。

(平野)

2023年8月29日火曜日

わんちゃ利兵衛の旅

8.27 孫たちはニイニイ(叔父)が大好き。そのニイニイがLINE電話に出ない、と姉は怒るし、妹は大泣き。居眠りしているニイニイを起こす。孫の機嫌直る。ヂヂバカチャンリン。

 英文学の先生から元町原稿の感想をいただく。楽しんで読んでくださり、文章作法指導や資料探索ヒントまで。ありがたいこと。ヂヂの能力が追いつかない。

 

 神崎宣武 『わんちゃ利兵衛の旅 テキヤ行商の世界』 

ちくま文庫 880円+税



 神崎宣武(のりたけ)は1944年岡山県生まれ、民俗学者。宮本常一に師事、陶磁器の技術伝播、食文化など研究。郷里の神社神主も務める。本書は1984年河出書房新社より出版。

 ヤシ、テキヤと呼ばれる露天商人を取材・調査。フーテンの寅さんの世界。神社・お寺の祭りや縁日をまわって商売。客集めに口上・タンカを切る。寅さんの「粋な姐ちゃん~~」「四谷赤坂六本木、チャラチャラ流れるお茶の水~」が思い浮かぶ。寅さんのは古本を商う人のタンカらしい。また、ヤシとは薬草、歯磨き、おしろい、線香など広義の薬品を扱う商人のこと。薬師、香具師。テキヤの象徴・信仰は中国神話の農業神「神農」。薬学の神でもある。

さて、旅まわりの商売となれば、地元との交渉、同業者とのトラブル防止が必要。

〈……その調整のために、まず、露天商人同士の統制が必要となった。各地方ごとにテキヤ組織が生まれたのである。〉

 神崎が取材した利兵衛はわんちゃ=ちゃわんなどセトモノ専門の露天商。明治の末からこの道60という長老。寅さんは毎回様々な商品を扱うが、利兵衛のようにセトモノ専門で60年通すのは稀なこと。

〈ということは、利兵衛が生きた時代は、総じてセトモノの商品価値が高く、セトモノが全国的に広まる時代であった、ともいえる。〉

 旅に生き、商品知識を蓄え、商売の工夫をし、話術を磨き、土地土地の風俗習慣を知る。仲間内の仁義を尊ぶ。無名の商人の一生と彼ら流浪の民から見た世間が語られる。

(平野)

2023年8月26日土曜日

三人書房

8.25 孫電話。神戸から帰って、別の親戚宅に行って、夏休みの行事ほぼ終了。二人共熱出ず、カゼひかず、食欲モリモリ、体調良好。歌って踊っておしゃべりして、やかましい、うるさい。けど、元気でよろしい。

8.26 髙田郁新刊『契り橋』(ハルキ文庫)購入。人気シリーズ「あきない世傳 金と銀」特別巻の上巻。テレビドラマ化、12月放映。またもラッキーなことに宣伝用ポップが挟まっていた。いつもの本屋さん、土日はレジの列が長いなあ。

 柳川一 『三人書房』 東京創元社 1700円+税



 若き日の「江戸川乱歩」、東京団子坂で弟2人と古本屋「三人書房」を開業。鳥羽の造船所で同僚だった井上も上京して来て居候。古本屋はわずか2年で閉店するが、探偵小説好きが集まり、さまざまな謎も持ち込まれる。女優の手紙、浮世絵の真贋、怪盗「謎の娘師」、江戸の浮世絵師と秘仏、ブロンズ像連続盗難。「乱歩」周辺の人々が「乱歩」の事件解決を語る。まだ「乱歩」以前、無名の「平井太郎」。

井上の言、「わたしは断言できる。当時、彼は既に、江戸川乱歩だった」。

同時代の有名人たが多数登場。宮沢賢治、宮武外骨、横山大観、高村光太郎らが「乱歩」と交流。

(平野)

2023年8月24日木曜日

西村貫一ゴルフ文献総目録

8.20 「朝日歌壇」より。

〈知る事は引き受ける事小説を読めば始まる大江ワールド (筑紫野市)二宮正博〉

「朝日俳壇」より。

〈夏の日の海岸通りカフカ読む (東京都)吉武純〉

 

8.23 仕事夏休み。西村貫一の文献を求めて国立国会図書館関西館。京都府相楽郡精華町。たぶんヂヂはもう来ないだろうなあ、という場所。JR東西線祝園(ほうその)駅からバス。「祝園」は日本書紀に遡る地名で、古代戦乱の大量戦死者にちなむ。



事前にオンラインで閲覧と訪問日を予約。内容をザーッと見て、コピー希望ページを申請。コピーのルールを教えてもらい、コピー機を始動させる器械を渡される。終わったら、申請通りコピーしたかチェックを受けて、料金を支払う。

本は貫一が蒐集したゴルフ文献書誌。

A BIBLIOGRAPHY OF GOLF BASED ON THE COMPILER’S

 PRIVATE COLLECTION OF GOLF LITERATURE

BY KWAN-YICHI NISHIMURA

Privately Printed and Published by Masamori Nishimura

47 Sakaemachi 3-chome, Ikuta-ku Kobe,Japan



 




限定100部(本書はNo.49)、サイズ 31×24cm、本文942ページ(著者・書名索引含め千ページ超)。収録書530冊の書誌を紹介。定期刊行物、歴史、ゴルフ場、クラブ史、ミニゴルフ、絵画、文学・詩・随筆など分類。旧所蔵者名も記載。

奥付なし。貫一次男・雅司(まさもり)の序文の文末に「197425日」とあるので、出版年を同年とする。

 雅司序文のみ日本語(英訳もあり)。

 イギリス人コレクターのアーサー・ジョン・タイトが序文を寄せる(1934年6月)。1935(昭和10)年頃、貫一と蔵書リストを交換し合った。タイトは、貫一蒐集の方が優れている、と貫一未所有書を寄贈した。

〈日本の軍国主義化が進み、戦いの足音が近づくにつれ、ゴルファーたちもいろいろな統制を受けた時代に、父は何の制約も受けずにこのビブリオグラフィーの完成に約10年の歳月をかけ、1本の指でタイプライターを打ちつづけていた。/その間、昭和12年(1937)には、アメリカから帰国した中島凉氏という語学に堪能な良きアシスタントを得、数年後の昭和18年(1943)頃にこの原稿の校正・補遺を終了したのである。〉

 貫一生存中(1960・昭和35年没)に刊行ならず、長男雅貫(がかん)が引き継ぐも急死、雅司が遺志を継いだ。英語学者・伊藤鎮が協力。

 印刷では校正ミスなど生じる恐れあり、と写真製版。貫一の直し、訂正、抹消の線引き、注などそのまま残してある。世界主要国の国立図書館に寄贈した。

(平野)

2023年8月20日日曜日

ふらり珍地名の旅

8.17 娘一家が帰る予定だったが、新幹線ダイヤの乱れで1日延期。ちびっこ姉妹が満員かつ延着の車内でおとなしくできるわけがない。ヂヂババは延びてうれしいけど。

 書店員みほさん(京都)から残暑見舞い。いつもぶっ飛んでいる文面だが、今夏は特にドロドロ模様。

 ネットニュースより、10月神戸阪急に横浜本拠の書店・有隣堂が出店。出店は結構だが、すぐバイバイはなきよう願う。

8.18 ちびっこ台風は横浜に帰った。ヂヂババ、お疲れ出ませんように。

8.19 午前図書館、孫の借りた本返却して、いつもの「神戸ふるさと文庫」コーナー。

 午後、元町「こうべまちづくり会館」。〈KOBE まち大 2023〉のトーク聴講。

松田裕之神戸学院大学教授の「栄町通の開鑿、諏訪山地域の開発」。明治初期、神戸の都市計画を推進した「関戸由義(よしつぐ)」のこと。ヂヂも元町原稿で取り上げた。謎の部分が多い人物。松田教授が史資料探索により、彼の実像に迫る。

BIG ISSUE461、インタビューはフジコ・ヘミング。

 


 今尾恵介 『ふらり珍地名の旅』 ちくま文庫 840円+税



 神話・伝説、地質・地形、歴史的事件・人物、天変地異などなど、地名には人間の歴史・知恵が詰まっている。「珍」の字がつく地名、地名と思えぬ地名、難読漢字、同音異字など珍しく謎多い地名の数々。著者は中学時代から地形図と時刻表を愛読。その場所を訪ね、土地の人たちに話を聴く。地元の人も知らないこともある。

 自治体の合併や区画整理などで古い地名が消えてしまう。地名には物語があり、それを未来に伝えなければいけない。

よそ者がウロウロしてあれこれ訊ねているので、不審者扱いされた話に笑う。

(平野)孫(妹)が本書のカバーを破ってしまう。トホホだが、手の届くところに置いていたヂヂが悪い。

 

2023年8月15日火曜日

霜月記

8.11 「朝日新聞」の戦争特集コラム〈残響 78年後の「戦争」1〉が日本人戦犯を解放したフィリピン大統領を紹介。フィリピン国民111万人が犠牲になり、大統領の妻子4名も日本兵に殺された。大統領は個人の憎しみ・恨みを越えて決断した。「みなと元町タウンニュース」連載の「西村旅館」関連で触れる予定。

8.13 孫姉妹と図書館。姉はおとなしく本を探す。妹は裸足になって走り回る。係の人にヂヂ・妹注意されて、反省、しょんぼり、「ごめんなさい」。

8.14 孫たちと長く過ごすと、かわいいかわいいだけではすまない。おもちゃは散らかすし、ケンカするし、ダダこねて、泣いて、怒る。猛獣なみに叫ぶ。母親(娘)も強い。

8.15 台風7号は近畿直撃。皆々様ご注意ください。

 

 砂原浩太朗 『霜月記』 講談社 1600円+税



 北国の神山藩を舞台にしたシリーズ。

 草壁総次郎18歳。町奉行だった父・藤右衛門が家督も役目も総次郎に相続させると藩に願い出て、失踪する。総次郎が町奉行の職に就く。家職、世襲とはいえ、いきなり? 

 5年前に隠居した祖父・左大夫は名奉行といわれた。なじみの料亭の離れで暮らす。総次郎が相談に行く。

「いかがしたものでしょうか」

「そなたが町奉行になるしかあるまいよ」

 倅と孫の重大事に左大夫が動く。

総次郎、最初の裁きは長屋内での盗難騒ぎ。色恋がからんだ狂言。当事者の告白で解決。続いて起きた殺人事件。被害者は藩随一の商家の番頭。女房も殺され、小さな子どもまで襲われる。刃は総次郎、左大夫にも容赦なく斬りかかってくる。黒幕は豪商か、無頼の輩か、藩の重役か? 藤右衛門は関わっているのか? 総次郎は左大夫のアドバイスを受け、ベテランの与力、同心、幼なじみの友に助けられ、探索。

左大夫も藤右衛門も役目一筋、無骨に生きてきた。それでよかったのか。北国の冬は早足にやって来る。人生にも「じき霜が下りてくる」。祖父は孫の少し成長した笑顔を見て倅と孫を酒に誘う。

(平野)

2023年8月11日金曜日

鶴見俊輔 混沌の哲学

8.6 「朝日歌壇」より。

〈父の日の図書カードもてもう一度読まんと「御宿かわせみ」購う (観音寺市)篠原俊則〉

 台風が中国大陸に行くと見せかけて沖縄に戻り九州に向かう。

 花森書林、家人の雑誌20冊ほど引き取ってもらう。

8.7 娘と孫二人帰省。52歳台風並の勢力。ちょうど帰ってきている息子=叔父に遊んでもらおうと、ひっつきまっつき。

8.9 仕事先の住民さんたちは老管理人を気遣ってくださる。ありがたい。

8.10 猛暑のなか、観光客グループ大勢。

ギャラリー島田DM発送作業。ギャラリーは夏期休暇に入り、次回は92日から。

「みなと元町タウンニュース」Web版更新。

https://www.kobe-motomachi.or.jp/motomachi-magazine/townnews/

 

 高草木光一 『鶴見俊輔 混沌の哲学 アカデミズムを越えて』

岩波書店 3400円+税



著者は慶應義塾大学名誉教授、社会思想史研究。

 鶴見は戦後民主主義を代表する在野の哲学者。安保闘争、大学闘争で大学教授の職を捨てた。社会運動・市民運動に積極的に関わり、研究対象は思想、文学、芸能、サブカルと幅広い。自らを「悪人」と言い、「耄碌」と語る。右翼思想家とも付き合うし、「対話」する。「戦後思想の巨人」という表現では捉えきれない。

……本書は、こうした政治的立場の大きく異なる人物を含め、彼らと鶴見とのあいだの「対話」を通して、鶴見自身の内面的対話の過程を明らかにすること、その「対話」の上に、鶴見がめざしていたものは何だったかを探ることを目的とする。〉

 盟友・小田実との一瞬の不和、ハンセン病問題、反戦運動に対する違和感、右翼理論家との深い交際、平和主義・民主主義のルーツ・神話と万歳=漫才の思想史、従弟良行との微妙な関係など。

 著者は鶴見の熱心な読者ではなかった。小田を大学に招いたことがあり、その関係で鶴見の著作を読むようになる。「何気ない一言に思わず立ち止まることがしばしばあった」。たとえば夢野久作の短篇小説――村の老婆の死因を村人は奇想天外な真相を推理するが、駐在は理解できない――の感想。「学者の学問というのはそんな程度」。

 東日本大震災と福島原発事故後、原子力の専門家はまさに「そんな程度」の「御用学者」そのものだった。専門家たちは何の根拠も示さずに、「安全」という言葉を垂れ流した。「誰のための学問か」、「何のための学問か」。

……「いのち」に関することは、もう専門家に任せておけないという思いがこみ上げてきた。人類存続の危機が目の前に来ているような状況のなかで、もはや大学や学界の枠組みなどどうでもよいものに思えた。残りの人生は、「いのち」に関わると思うことだけに携わっていきたいと心に決めた。私はもう五〇代半ばになっていた。〉

 著者は経済学部、社会思想史研究者だが、「医学概論」を講義、執筆。

〈鶴見は、「いのち」という言葉を基本タームにはしていない。医学・医療についてもほとんど語っていない。しかし、日常の「生活する」ことから芸術や学問を捉え直そうとする鶴見の発想は、他ならぬ自分自身の「いのち」を守ることから医学や医療を考えるという私たちの認識にそのままつながる。大学や大学教授を批判するいっぽうで、足許の生活感覚から思考を始めることが既存のアカデミズムを撃つこともありうると鶴見は考える。(中略)地べたから遥か高みを目指すという鶴見の心意気に、私は胸を震わせた。(後略)〉

(平野)

2023年8月6日日曜日

7.30 「朝日俳壇」より。

〈角曲がる文学少女の白日傘 (新潟市)野澤千恵〉

7.31 「NR出版会新刊重版情報」78月号着。連載「本を届ける仕事」は韓国ハンギル社・金彦鎬(キム・オノ)代表。Web版まだ。

8.1 暑い暑いと唸っているうちに7終わり、8月到来。春の彼岸以来の墓参り、草ぼうぼうは先祖の怒りか

 炎天の下、販売員さんは駅頭に立つ。「BIG ISSUE460号、表紙は若き日の「サイモン&ガーファンクル」。インタビューはポール・サイモン。

 


8.2 訃報。料理研究家・奥村彪生。社会学者・立岩真也。

8.3 午前図書館。司書さんに資料を探してもらう。あるものはある、ないものはない。午後さんちかの古書市を覗く。

「みなと元町タウンニュース」372号着。Web版は未更新。

 孫電話、盆踊り練習。いよいよ来週神戸襲来。

8.5 「米朝一門会」サンケイホールブリーゼ。桂米朝の直弟子は米團治のみ、あとは孫弟子、曾孫弟子。一門の重鎮南光でさえ孫弟子。若手大喜利は米朝、枝雀、吉朝の懐かしい写真をお題にして賑やかに盛り上がる。米團治「代書」は依頼人が次々出てくる完全版。初めて聴いた。たいがい一人目で終わる。

 

 朝井まかて 『類』 集英社文庫 1150円+税



 初出は「小説すばる」2017年から2020年連載、208月集英社から単行本。

「類」は森類(1911~1991年)、森鷗外の末っ子。偉大すぎる父が亡くなった後の妻子たちの生活。経済的には不自由はないものの、世間の眼は厳しく、口やかましい。次第に家族間にも溝ができてしまう。本書は類の生涯を通して、文豪一家の幸福・不幸、華やかさと困窮、それぞれの才能、自立、そして家族ゆえの愛憎を描く。年の離れた異母兄は医学者、姉二人は性格も容貌も華があり、芸術・文学はじめ語学の才も。類は学業不振、中学中退。母は芸術の道に進ませようとする。

 類は絵と文筆で身を立てたい。良家から妻を娶る。当面は遺産と印税で暮らせるが、戦争で一変。労働などしたことがない。出版社に勤めるが役に立たない。本屋を開業。妻も献身的に働く。類は本屋をあきらめアパート経営。かたわら同人誌活動。妻は長年の無理がたたり入院。手術と生活の不安で口ゲンカ。

〈まず、「お父さんは坊ちゃんだから、自分の足で立つってことを知らずに育ったのよ」と、お見舞いされる。/「離家(はなれ)のアトリエで絵を描いて、女中がお食事でございますって呼びにくるまで、外の世界のことは何も考えずに生きていられたんだもの。齢頃になったら妻を娶って、でも親譲りの財産があるからそのまま安閑として生きていけるはずだったのよね。死ぬまでね。そんな境遇が戦争で続かなくなって、それで不幸になったんだわ。でもご自分が不幸なだけで、妻と子の不幸は僕のせいじゃない」/まるで新派の女優みたいな口説だ。こちらもつい、声が大きくなる。〉

繊細な末っ子はコンプレックスを抱えて一生を過ごした。父を知る作家・芸術家たちに目をかけられたということは、彼に魅力があったということ。鷗外の子ゆえの幸・不幸・運命を受け入れた。

(平野)