2017年8月20日日曜日

蔵書一代


 紀田順一郎 『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』 松籟社 1800円+税

序章 〈永訣の朝〉
章 文化的変容と個人蔵書の受難
章 日本人の蔵書志向
章 蔵書を守った人々
章 蔵書維持の困難性

 


 本にも出会いがあり、別れがある。
 紀田は書誌研究の他、幻想文学・ミステリ創作も手がける。シニア環境としてのマンションに転居するため、膨大な蔵書を処分しなければならない。古書店に引き取ってもらえば簡単だが、散逸してしまう。公共機関に寄贈しようにも現在は引き取り手がない。保管サービスにはそれなりの料金がかかる。結局大部分の本は最寄りの大型古書店に引き渡す。

《いよいよその日がきた。――半生を通じて集めた全蔵書に、永の別れを告げる当日である。砂を噛むような気分で朝食をとっていると、早くも古書業界のトラックが到着し、頭に手ぬぐいをかぶった店員が数人、きのうまでに梱包作業を終えていた約三万冊の書物の搬出にかかった。》

 自動車1台、4トントラック2台、運び出しに2日間で8人。がらんどうになった書棚を眺めて、「書籍なき家は、主なき家のごとし」というキケロのことばに実感をもつ。作業終了。本を見送る気はなかったが、店主に挨拶する。

《いまにも降りそうな空のもと、古い分譲地の一本道をトラックが遠ざかっていく。私は、傍らに立っている妻が、胸元で小さく手を振っているのに気がついた。/その瞬間、私は足下が何か柔らかな、マシュマロのような頼りないものに変貌したような錯覚を覚え、気がついた時には、アスファルトの路上に俯せに倒れ込んでいた。(中略、近所の人が心配して駆け寄ってくる。立ち上がろうとしてまた転ぶ)/小柄な老妻の、めっきり痩せた肩に意気地なくすがりながら、私は懸命に主なき家へと階段をのぼった。》

 家族や愛する人との別れではない。相手は「本」。愛書家にとっては自分自身との別れなのかもしれない。

(平野)
 冊子いただく。『人文会ニュース NO.127』 非売品
 毎号営業さんが送ってくださる。感謝。
 時事性のある問題を解説して参考文献を紹介する〈15分で読む〉は「LGBT(Q)――セクシャル・マイノリティと教育、学校」(吉谷武志)。
〈書店の現場から〉は鳥取・定有堂書店の奈良さん寄稿。
 人文会はこちら。「ニュース」も読めます(最新号はまだ)。
http://jinbunkai.com/

 


2017年8月19日土曜日

あきない世傳 金と銀(四)


 髙田郁 『あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇』 
ハルキ文庫 580円+税

 髙田郁は主人公を次々に窮地に陥れる。たぶん、否、きっと性格が悪い! 読者も困難を克服する主人公に肩入れして毎回読んでいるのだが。

 ざっと、あらすじ。江戸中期、摂津武庫郡津門(つと)村の学者の娘・幸(さち)、兄と父が相次いで亡くなり、大坂天満の呉服屋・五鈴屋に女衆(おなごし)奉公に出る。お家(え)さん(三代目の母)と番頭に商売の才能を認められ、四代目店主の後添えになる。こやつが放蕩者、事故死。商才のある次弟が五代目になり、幸を妻にする。順調に繁昌するのだが、五代目は仕入先に迷惑をかけ出奔、呉服仲間に隠居願いと夫婦離縁を申し出る。お家さんは心労で倒れる。

 人の世の荒波に翻弄される幸だが、ただひとつ揺るがない意思がある。五鈴屋の暖簾を守り抜くこと。しかし、女は店主になれない掟。お家さんは幸を養女にする考え。浮世草紙の書き手を夢見て家出していた三弟・智蔵が店を継ぐ決意をする。智蔵は幸を人形浄瑠璃に連れて行き、嫁になってほしいと打ち明ける。

《「何の才もない、木偶の坊の私だす。いっそ人形になりきって、幸の思うように動かしてもらいまひょ。遣い手の幸に思う存分、商いの知恵を絞ってもらえるように」
 それでこそ、私が五鈴屋に戻った意味がおますのや、と智蔵は静かに結んだ。》

 智蔵は9年の作家修行でそれなりに苦労しただろう。六代目継承と兄の妻を娶ることについて呉服仲間の旦那衆に挨拶をし、頭を下げた。兄弟3人に嫁ぐことは世間の好奇の眼に晒される。智蔵は奉公人たちにも、すべて自分が考え、断る幸を無理に説得した、と説明。幸が商いに力を発揮できるよう「人形」としての役回りを果たす。周りの人に気遣いできる、意外に肝が太い。幸をやさしく包んであげている。

 智蔵と幸のお披露目の後、お家さんが幸に言い遺す。

《「五鈴屋を百年続く店にしてくれ――二代目が今わの際に、私の手ぇ取って、そない言うたんだす。三代目を継ぐ栄作にではのうて、女房の私に、この私に、そう言い遺したんだす」(中略)

「創業から百年続いたなら、次の百年、それを越えたらまた次の百年。たとえ、ひとの寿命は尽きても、末永うに五鈴屋の暖簾を守り、売り手も買い手も幸せにする商いを、続けていってほしい――二代目はそう言い遺したかったんやと思う」》

 幸の新しい商いの知恵は、読んでのお楽しみ。
 
 

(平野)今回お江戸で買った唯一の本。東京堂書店特製しおり付き。

2017年8月16日水曜日

蕭々館日録


 久世光彦 『蕭々館日録』 中公文庫 2004年(単行本は01年中央公論社刊)

「とりあえず世間では、小説家で通っている」児島蕭蕭(しょうしょう)の家(本郷弥生町)に、人気作家九鬼、『文藝春秋』蒲池、美学者迷々、精神科医並川、金貸し中馬、『中央公論』新米編集者雪平たちが何やかやと集まって来る。語り手は蕭蕭の娘麗子(5歳)。蕭蕭が岸田劉生「麗子像」に感動、おかっぱ頭に赤い着物を着せられている。この子が賢く弁も立ち、おませ、母の手伝いもする。2軒おいて隣の比呂志(6歳)は「しばらく物を考えないと、智恵が脳に貯まり過ぎて重く」なるほど頭脳優秀。ふたりは大人たちの話にまじって、彼らを驚かせる。

蕭蕭は小島政二郎、九鬼は芥川龍之介、蒲池は菊池寛のこと。他の作家たちの名は実名で出てくる。大正末から昭和初めの時代の様子も描かれている。
九鬼は精神的・肉体的に疲れている。みんな九鬼のことが大好きで心配している。
 5月の夜、作品をけなし合う「黒豹会」(こくひょうかい)を開く。九鬼のための会ではないが彼に来てほしいと思っている。ものぐさな蕭蕭の妻も九鬼の好きな天ぷらを用意。遅れてやって来た九鬼が亡くなった母親の話をし、蕭蕭に借りていた本を返す。

《……一応さりげなさそうに装ってはいるが、誰が見たって身辺の整理をしているとしか思えない九鬼さんの様子だった。父さまはみっともなく狼狽えて、プイとそっぽを向く。あたしは九鬼さんに腹が立って、口の中が熱くなった。――九鬼さん、甘えてはいけません。この間うちから、みんな九鬼さんのことを心配しているのです。九鬼さんの才を惜しみ、九鬼さんの人柄が好きだから、ハラハラしながら、もう一度しっかり生きてくれるよう祈っているのですよ。……》

 麗子が怒りを爆発させようとした瞬間、中馬が創作した講談「十兵衛旅日記」を大声で語り出した。白扇を打つ呼吸も見事で、蒲池がやんやと声を上げ、九鬼は「体を海老みたいに折り曲げて、苦しそうに咳き込みながら笑い転げている」。蕭蕭も笑い、迷々は興奮して雪平の頭を叩いている。

《あたしは心の中で中馬さんに頭を下げた。中馬さん、ありがとう。あなたの機転で、九鬼さんが笑ってくれました。――中馬さんは、俯いて真っ白なハンカチで目を拭っていた。》

 723日、九鬼以外の人たちはまたも蕭々館に集まっている。九鬼は彼らに借りた本をすべて送り返していた。麗子は書庫で昼寝していて九鬼の声を聞いた。自作を読んでくれている。目覚めてその原稿を発見する。清国の女性革命家の話。読んでいると、空から怖しい音がした。みんなが庭に飛び出す。

……石段に立って、比呂志くんが震えながら上野の空を指差していた。キラキラ輝く光の雲の塊が、ちょうどあたしたちの頭の上を越えて、上野のお山の向こうに消えていくところだった。(中略)――あたしと比呂志くんは、弥生坂の石段でしっかり抱き合っていた。比呂志くんが、泣きながら「九鬼さーん」と叫んだ。まるで、さっきの〈あれ〉が九鬼さんだったみたいに、あたしたちは「九鬼さーん」と、何度も呼んだ。涙は、いつまでも止まらなかった。》

 1927年昭和2724日明け方、芥川龍之介服毒自殺。
 
 

(平野)8.11から13、盆休み帰って来ない子どもたちに会いにこっちから上京。その旅の本。

2017年8月8日火曜日

古い旅の絵本


 『茂田井武画集 古い旅の絵本』 JULA出版局 1999 2800円+税

茂田井(190856)は1930年から3年あまりヨーロッパ放浪。ソウル、ハルピン、シベリア鉄道、モスクワ……エジプトから船で帰国。

茂田井は40円持って東京出発、大阪で使い果たし、広島で餞別をもらい、福岡で散財、募金、ハルピンで看板描きと似顔絵で300円稼ぐ。シベリア鉄道車中でも似顔絵、「三等車中の人が全部たのみにきて、各国の紙幣 金貨 銀貨でポケットが一ぱいになる」。

行く先々で働きながら土地の人と触れ合っている。解説者が茂田井の旅の文章を探してきている。ソウルでは銀行員の娘の婿候補になり、モスクワではアメリカ人の金持ちと知り合い、ワルシャワでは「ショパンそっくりの案内人にひきまわされ見事に金をつかい果たす」。ケルンの駅のベンチで一晩寝た。パリの革命記念日、老若男女が街中で踊り、茂田井は床屋のマダムとタンゴ、「盆踊り」と記している。

菓子焼きの名人と客、鳩にエサをやるおばあさん、エジプトの喫茶店、市場……、酒好きイタリヤ人の鼻は皆赤い。
 
 

カバーの絵、表はレマン湖、裏はパリ祭の踊り。

旅行中のスケッチは戦災で消失した。本書の絵は、「印象のレンズを通して脳裡に焼きつけられた光景」を少しずつ描いていたもの。戦争中、画帳を預かった編集者が大切に守った。茂田井は画業と病のなか、子どもたちに遺したかった「おとうさんの絵本」を描いていた。本書もその一部。

(平野)古本ではなく新刊扱い。新聞広告で発見。

2017年8月6日日曜日

人形作家


 四谷シモン 『人形作家』 中公文庫 1000円+税

 2002年講談社(現代新書)刊に書き下ろし「新しいはじまり」を加える。
 1章の「人生がはじまっちゃった」は苦難の少年時代。マンガ「笛吹童子」のしゃれこうべのお面を作った。《「ものをつくる」ということの快感》を知った。お面から人形になっていったか記憶はおぼろ。《気がつくと、ふーっと人形作りに染まっていました。》
 社会に出て、働きながら人形作り、ロカビリー歌手にもなった。病気もした。遊び仲間の中心に金子國義がいて芝居に導かれ、多くの文化人と知り合った。
 本屋で宇野亜喜良が表紙を描いている雑誌を手に取った。人生を変える写真、ハンス・ベルメールの人形があった、解説が澁澤龍彦。
 金子に唐十郎を紹介され、舞台にも進出。人形作家としてよりも状況劇場の女形で知られた。人形制作に打ち込む決心をして芝居から離れた。
 72年、10人の写真家がシモンを被写体にして写真展を開催。シモンは人形作品を出品して50枚の写真の真ん中に置いた。翌73年第1回の個展、画廊オーナーに借金をして人形作りに没頭。半年で12体完成。案内状に澁澤と瀧口修造が寄稿、篠山紀信写真。金子が会場のレイアウト。多くの友だちが細かい作業を手伝ってくれた。作品は完売。

《ぼくは自分の心のなかで「天下を取った」と思いました。それが生活の保障に繋がるということではありません。こういう展覧会を「やった」ということの手ごたえ、実感でした。》

70年代、登場する人物たち、シモンの活躍は華やかの一言。しかし、初版から15年、多くの人が鬼籍に入った。シモン自身は人形制作も俳優もその活動の場は広がっている。

《夢はとても大事だと思います。僕も十代の頃に「将来は人形作家になるんだ」という夢をもって、滅茶苦茶なりに、ともかくそこに向けてずっと突き進んできました。(中略)人形作りには、これが絶対ということはないのです。ざらざらした人形の先にまた何か新しい表現方法はないかと、これからも模索し続けていきたいと思っています。/当たり前のようだけれども、それが僕の新しいはじまりです。》


 写真は本書と金子『美貌帖』(河出書房新社)見返しの絵、四谷シモン学校発表会の様子。

(平野)

2017年8月5日土曜日

乱歩と正史


■ 内田隆三 『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』 
講談社選書メチエ 1950円+税

 社会学の先生。2014年『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?:言語と運命の社会学』(岩波書店)で本格ミステリ大賞(評論・研究部門)受賞。
 江戸川乱歩と横溝正史を中心に、「日本における本格探偵小説の創造過程を明らかにする」。

《本格的な探偵小説では、殺人は一つの難問、つまり、一種の不可能図形のかたちを取って現れる。探偵の推理によって、不可能図形は空中楼閣のように消えていくが、その図形が現れ、消えていくのに重なって、誰かが人知れず冷血になっていた情景が浮かんでくる。不可能図形が孤独な冷血のかたちであるのを知るとき、人は息をのむ絵模様のような、死の夢を見ている。探偵小説はそんな死の夢を描いた精巧な設計図である。》

目次
第一章   江戸川乱歩――探偵小説の創造
第二章   乱歩の無意識――疑惑とメタ・トリック
第三章   乱歩と正史――戦争の前夜を生きる
第四章   乱歩と正史――敗戦への時代を生きる
第五章   横溝正史――本格探偵小説の創造

《乱歩が探偵小説を書きはじめる時代の社会的な背景をいえば、一九一〇年代、つまり大逆事件(一九一〇~一一)以降、犯罪への関心や探偵趣味は、必ずしも一部の好事家だけのものではなくなっていた。大逆事件の取り締まりとその報道は、日本の政治だけでなく、佐藤春夫、森鴎外、永井荷風、徳富蘆花らの反応を介して文学や思想の領域にも深刻な影響を与えたが、それはまた、日本社会には不穏な要素=秘密が潜在しており、東京という大都市も犯罪者の陰謀と警察による探偵ゲームが展開される舞台だと人々に想像させる契機の一つとなったからである。大正時代(一九一二~二六)は、日露戦争後にはじまる〈消費と欲望〉の文化と、大逆事件を表徴とする〈抑圧と監視〉の社会との微妙な均衡の上に成立したのである。》

 乱歩は密室トリックから猟奇もの、さらに名探偵もの、少年探偵ものと作品を広げる。そして、戦争の時代、探偵小説は発表できなくなり、乱歩作品はほとんどが絶版、休筆状態。戦争協力に動員される。
 正史は、『新青年』編集者から作家に転身。結核療養生活をしながら捕物帳シリーズで人気。戦中は疎開生活。敗戦後、地方の旧家、習俗を題材に本格探偵小説を発表する。 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

(平野)
 そもそも乱歩が神戸の薬剤師・正史を探偵小説の世界に引っ張った。ふたりは探偵小説を愛する同志であり、時に反発・衝突しながらも、その友情は終生続いた。ふたりのなれそめは、古書うみねこ堂書林店主『探偵小説の街・神戸』(エレガントライフ)を。

2017年8月3日木曜日

宮本常一コレクションガイド


 『宮本常一コレクションガイド』 宮本常一記念館編 
みずのわ出版 1500円+税

同記念館(山口県周防大島文化交流センター)が地元有志・研究者の協力を得て、宮本常一の膨大な資料を整理、保存、活用している。収蔵資料の概要を図録形式にまとめる。

目次
はじめに
 蔵書資料 膨大な著作、そして旅を支えた蔵書と読書
 文書資料 庶民の発見、ノートと原稿用紙に綴った民衆の記録
 民具資料 暮らしの工夫と変遷を伝えるモノ語り
 写真資料 カメラレンズの向こう側
宮本常一略年譜
あとがき

 


宮本は73年の生涯で7分の1は旅暮らしだった。距離にして16万キロ歩いた「旅する巨人」。「あるくみるきく」そして「よむ」「かく」という研究スタイルのほんの一面。
 記念館はこちら。 
http://www.towatown.jp/koryu-center/koryu.html

 ヨソサマのイベント
 NR出版会 『書店員の仕事』トークイベントin神戸 開催
 201792日(土)14時から こうべまちづくり会館
 会費1000
 豪腕辣腕凄腕肝っ玉書店員4名登壇。誰が何とは申しません。
 出版、書店関係者、読者の皆さんもぜひご参加ください。
 詳細はこちらをご覧ください。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/NR_symposiumInKobe.html

(平野)
〈ほんまにWEB〉、連載3本更新しています。http://www.honmani.net/index.html