2019年2月12日火曜日

回想の本棚


 河盛好蔵 『回想の本棚』 中公文庫 1982

 フランス文学者・河盛好蔵(19022000年)の文学随想集。大阪堺の商家の次男。兄が父親を説得してくれてフランス文学の道を歩むことができた。

『新潮』連載「文学巷談」(72年)「コーズリー」(75年、フランス語で閑談・雑談と文芸随想の二つの意味があるそう。河盛は「たわいもないおしゃべり」と)に1篇追加して、76年新潮社から単行本。
 学生時代愛読した宇野浩二、広津和郎、葛西善蔵。井伏鱒二を通じて知った太宰治。戦後つき合いのできた徳川夢声、伊藤整。三高に同時期在籍した梶井基次郎(直接の交際なし)。『志賀直哉全集』収録の手紙、『志賀直哉宛書簡』(共に岩波書店、河盛の手紙も2通あり)のこと。それにフランス文学、戦争協力のことも。

河盛は井伏鱒二と親しいので、何かエピソードがあるかなと読んだ。
「志賀さんの手紙」はちょうど新連載の最初にあたり、「おしゃべり」と断わって、作家仲間と講演旅行瀬戸内海因之島での臼井吉見の話を紹介する。

……「私はこれまで因之島という島が本当に実在していることを全く知りませんでした。井伏さんの小説にときどき出てくるので、名前だけは知っていましたが、あれは井伏さんの創作で、例えば鬼ヶ島とでもいうのと同じだと思っていました」と言って聴衆を笑わせた。それから中国地方の風景の明るくて美しいことをほめて、「こんどの旅行で井伏文学というものが一層よく分るようになりました。井伏鱒二という小説家はまさしく、この内海で獲れた……」とまで言って、少し考えたあとで、「どうもうまい魚の名がみつかりません。みなさんの一番好きな魚にして下さい」と言った。それからさきの話は忘れてしまったが、この冒頭の言葉だけははっきりと覚えている。というのはこれらの言葉はおのずから井伏鱒二論になっているからである。永井龍男氏も井伏さんの初期の小説に出てくる青木南八という人物を井伏さんの創作した架空の人間だと永い間思っていたそうであるが、実在の土地や人物でも井伏さんの筆にかかると忽然と変じて井伏世界の風景となり、点景人物となることを、臼井さんのことばは物語っているからである。〉
 

 

(平野)図書館で『河岸の古本屋』(毎日新聞社、1972年)を借りる。地下に放ったらかしの『パリの憂愁 ボードレールとその時代』(河出書房新社、1978年)を持ってくる。未読の『藤村のパリ』(新潮社、1997年)もあった。