2015年7月31日金曜日

阪神間モダニズム


  『阪神間モダニズム 六甲山麓に花開いた文化、明治末期――昭和15年の軌跡』

編著=「阪神間モダニズム」展実行委員会  
企画・監修=兵庫県立近代美術館 西宮市大谷記念美術館 芦屋市立美術博物館 芦屋市谷崎潤一郎記念館
淡交社 199710月刊


 同年10月から12月、阪神間の4美術館で「阪神間モダニズム展」が同時開催された。各館のテーマ、県立近代美術館「美術家の挑戦」、大谷記念「〈新時代〉の娯楽」、芦屋市立「〈健康地〉のライフスタイル」、谷崎記念館「ハイカラ趣味と女性文化」。本書はその公式カタログ。

目次
第1章   郊外住宅地の形成
第2章   阪神間の建築
第3章   ライフスタイル
第4章   美術家たちの挑戦
第5章   「新時代」の娯楽







 小松左京「阪神間を築いた交通インフラの発展」より
 1878(明治10)年に日本国有鉄道が京都・大阪・神戸に開通。1905(明治38)年現在の阪神電鉄が大阪出入橋と神戸三宮間に開通し、「これを機に民間主導型の沿線開発」が始まる。小林一三が箕面有馬電鉄を引き受け宝塚開発、1920(大正9)年には阪神間でも鉄道をつくる。現在の阪急電鉄。

《歴史的にみて阪神間というのは、江戸時代から大きな大名がいないところで、それゆえに武家社会のプレッシャーがなく、生活に密着した工、商が栄えたところです。また、山と海に挟まれて土地がせまく、農業があまり発展しなかったようです。技と商業力があれば、農業は必要なかったのでしょうか。》

 阪神電鉄は甲子園に遊園地、水族館、スポーツ施設、住宅をつくり、路面電車を南北に通す。阪急電鉄は始発駅・終点にデパートや行楽地をつくり、駅ごとに宅地を開発する。

《こういう形で、近代交通の要衝がつぎからつぎへと重なってきて、阪神間の沿線には近代的な生活文化、住文化を中心にした独特な文化圏が形成され、世界を相手にしてきた、非常にハイカラな、モダンな文化が育まれてくるのです。》

 関東大震災で文化人が移住してきた。キリスト教系の学校、財界人による学校など私学が設立され、栄えた。多国籍の外国人が居住し、それぞれの文化を日本人が受け入れてきた。

《阪神間というのは、江戸時代から舶来ものが入る玄関口であり、近代の西洋文化もどんどん取り入れています。ここの人たちは「新しいもの好き」ですが、その一方で伝統的な日本文化の蓄積ももっています。それを近代中流意識とでもいうなら、阪神間はまさに近代中流意識の強い地域で、それは、子どもの教育についても見られます。私学が多いことや商船学校や神戸高商などの専門的な知識を得る学校もたくさんあります。また、女性がすてきなんです。(中略、社交的、堅実、洒落たイメージ)
 このような産業、文化を掘り起こして、私たちの近代阪神間が、古代から近世までの摂津の国からどんな風に変わってきたか、その変化と遺産をどう重ね合わせて、どういう夢のある地帯を新たに形成していくか、それを一緒に考えてみたいと思うのです。背後の山々も、単なる信仰のためだけに行くのではなく、ハイキングとかゴルフとか、新しいリクリエーションの場として展開してきました。阪神間ならではの「モダンな自然」がもたらす大らかさをいつまでも持ちつづけたいものです。(後略)》

 自然を開発しすぎだが、先祖からの贈り物である自然を生活に取り込んでいける文化を形成したいと締めくくる。

(平野)本書、さんちかの古書即売会で購入。かつて海文堂で長く平積みしていて、いつでも買えると思っていたら、品切れになった。何せ展覧会のカタログ、増刷はない。本は、いる時に、ほしい時に買わなければいけません。

  『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』あれこれ(8

ほんまにWEBの連載一斉更新。三毛小熊猫とくろやぎが拙著のことを書いてくれています。ありがとう。


熊木の言うように、「つぶしの効かない知識」が本屋といっしょに消えてしまいました。

2015年7月29日水曜日

竹中郁 詩人さんの声


  安水稔和 『竹中郁 詩人さんの声』 
編集工房ノア 20046月刊

竹中郁生誕100年を記念した詩人論。カバー他装画は竹中のもの。

 
「詩人さんの声」は安水が『竹中郁詩集』(思潮社現代詩文庫、1994年)に書いた解説。


《四十年前、詩人のたまごであったわたしたち「ぽえとろ」の仲間は、竹中郁のことを詩人さんと呼んでいた。神戸で詩人といえば竹中郁。そこで詩人さん。今日町で詩人さんに会ったよ。詩人さんが元町通りを歩いていたよ。詩人さんが電車に乗っていたよ。どこででも詩人さんは目立った。若い頃からの見事な白髪。遠くからでも聞こえる闊達な声。竹中郁はずっと詩人さんでありつつけた。詩人さんからもらったパイプ煙草の丸いひらたい罐を手にとって赤い上ぶたを指で押さえると、詩人さんの声がきこえる。

火を欲しい人はないか 
よい色の火です (「もらった火」冒頭)

 亡くなって十年、神戸の街角を歩いていると、今日も詩人さんの声がはっきりときこえる。

「生きましょうよ」 
向いあいのあなたとわたし
「しゃべりつづけて生きましょうよ」 (「桃・麦・あなた」冒頭)》

 

  『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』 あれこれ(7

『サンデー毎日』89「著者インタビュー」で紹介していただいている。インタビュアーは河上進=南陀楼綾繁。全文はこちらで。


 
7.20「百窓文庫」での「平野とブックカバーを折ろう」特製ブックカバー


ポール・ヴァレリーの命日にちなみ、詩「海辺の墓地」の一句(原詩と英語訳、日本語訳3編)が印刷されている。
「海辺の墓地」は堀辰雄「風立ちぬ」の一文「風立ちぬ、いざ生きめやも」で有名。角川文庫の注釈では、

《作者が他の場所で書いた「風が立った。……生きなければならぬ」のほうが、原詩に近い。》
 とある。

「百窓文庫」主宰者が選んだ訳は、

鈴木信太郎訳、「風 吹き起る……生きねばならぬ」
中井久夫訳、「風起こる……生きる試みをこそ!」
山田兼士訳、「風が立つ!……生きてみなければ!」

(平野)

2015年7月25日土曜日

鶴見俊輔『神話的時間』


   鶴見俊輔 『神話的時間』 熊本子どもの本研究会 19959月初版 9655
 

 同研究会10周年記念事業。鶴見の講演、谷川俊太郎と工藤直子の対談、佐野洋子、西成彦、谷川の鼎談を収録。
「神話的時間」とは、鶴見がカナダの文化人類学者から聞いた話から。
「聖書を、私たちがここで読むとして、どれほどわかるだろうか」
「聖書の本文が置かれている時間の流れを、今、私たちがここで置かれている時間の流れの中で読むと、その意味は全然違うんじゃないか」
 現代社会の私たちが、無文字社会時代の聖書を読んで、聖書のもとの意味を受け取れるのか? 
 鶴見は、答えの手がかりが「私たちの暮らしの中にある」と語る。

《零歳の子どもに何かを言い掛けるとき、子どもは文字のない社会にいるんです。そこに子どもは暮らしていて、しかも既に言語を習得しているんです。零歳の子どもをただ寝かせておくと、気持ちがいいときには、しきりに口を動かしているでしょう。子どもは非常に早い時期に、言語が、その全体の構造がわかっているんです。子どもはわからないと思って黙っていろいろ子どもの世話をするのはよくないですね。話し掛けたほうがいいんです。わかるんです。ですが、子どもはまだ文字を知らないですし、無文字社会にいる。(中略)
 二歳三歳の子どもは、私があるいはあなたが教えたことを、直に、子どもがこちらにまた教えてくれることがあるでしょう。そのときに、「それは私が教えたことではないか」っていうふうに子どもに言い返さないほうがいいんです。つまりその考えは、その話は、二人の間に共有されているんですから。二人の間に置かれて、右から左へ、左から右にというふうに話が自由に動いているんです。話が誰のものとも考えられずに共有されている。それが旧約聖書の時間なんです。(後略)》

 子どものために絵本を読んであげていて(子どもだけが神話的時間の中にいる)、親も物語の世界に入り込んでしまって同じ神話的時間の中で読んでいる、ということに心当たりがあるのでは。
 その「神話的時間」に父親は参加しているだろうか、というのが講演の主題。

《義務の問題じゃないんです。人間が生きるうえでの重大な愉しみに関する問題です。》

 
「神話的時間を生きた人」たちを紹介している。作家もいれば医者もいる。それぞれが、

《神話的時間に触れたときにいい作品を書いている》(原文傍点)
 という仮説。

その中の一人、児童文学作家・乙骨淑子(おつこつよしこ)と、その父・村谷壮平の話。村谷と鶴見は海軍軍令部で翻訳の仕事をしていた。

《「鶴見さーん。どうも僕ぁ、この戦争負けるような気がしてしょうがないんだけども、鶴見さんはどう思う?」って言うんですよね。私は負けると思ってるんですよ。負けると思ってるだけじゃなくて、この戦争は正しい戦争だと思っていないんでね、そういう質問をしてもらいたくない。(略、鶴見は制裁を受けたくないから、名指しされて困る。村谷は殴られることはない)なぜ殴られないかと言うとですね、この人はね、猥談の名手です。とにかく猥談をでかい声でやって、みんなを沸かして、気分が沈滞しているときに、気分を高揚させるでしょ。だから殴られないんです。どういう猥談かというと、陰湿な猥談じゃないんですよ。(略、船が難破してボートを漕いでいたら真っ暗なところに入ってしまって出られない。メス鯨の陰部に入っていた、というような)軍隊の中で、そういう話をする人間は貴重なんです。落語家を一人隠しているいるようなものですから、そりゃ殴られたりしないんです。(後略)》

 沈黙した鶴見は自分を卑小と感じた。
 村谷は家庭でもそんな話をしただろう。淑子は軍国少女、戦後は共産党の活動家になる。とにかく真面目で、自由な父と対立する。淑子は党分裂で離党し、市民運動に加わり、鶴見と出会う。その頃に淑子は父の「知恵と誠実さ」がわかるようになる。作品で父をモデルにしている。淑子は骨の癌になり、その最期の時、村谷が病院の酸素テントの中に入り、

《今まであった楽しいことを娘に話して聞かせる。》

 淑子は作品に父との「神話的時間」を書き、最期は父と共に「神話的時間」の中にいた。

(平野)京都の古本屋さんで。

2015年7月23日木曜日

杉山平一 青をめざして


   安水稔和 『杉山平一 青をめざして』 編集工房ノア 20106月刊

 安水は1931年神戸市生まれ、詩人。詩集、評論集多数。神戸新聞の「読者文芸」選者を30年勤めている。本年6月、紙面に発表した随想を出版、『声をあげよう 言葉を出そう』(神戸新聞総合出版センター)。
 本書は、詩人・杉山平一についての評論、講演、対談をまとめたもの。「青をめざして」は杉山の詩集から。

 杉山平一(19142012)は福島県会津若松市生まれ、父親の仕事で小学生時代を神戸・大阪で過ごす。詩人、映画評論家、長く宝塚市に住んだ。

《 「青をめざして」

たゝ゛目の前のシグナルを
青のシグナルを見つめて
脇見をしないで
歩いた
どこへ行くのか考えたことも
なかった
青をみつめて
青だけをみつめて
わたしは歩いていった
 
どこが悪かったのだ
みんなどこへ消えたのだ 》

 書肆スウイートヒアアフターにて購入。

 

  『海の本屋のはなし』あれこれ(6

 読売新聞723日朝刊神戸版で紹介していただきました。
 
 

「海文堂書店歩み刻む」。全文はこちらを。


 
 おしゃれな雑誌『SAVVY』9月号(京阪神エルマガジン社)、喜久屋書店阿倍野店の市岡陽子さんがコラムで書いてくれています。


《「海の本屋」が本と人とをつないできた日々の営みは、未来の商いや人との対話においても学ぶべきことがたくさんある。》
 過ぎたるお言葉に感謝いたします。

「百窓文庫」7.20イベント報告「書皮と眉毛と」

https://hundredswing.wordpress.com/2015/07/23/repo_mamer/

(平野)

2015年7月19日日曜日

百窓文庫 7.20


   百窓文庫 第2回 7.20開店

 明日720日はポール・ヴァレリーの命日だそう。その命日に神戸在住の詩人が主宰する文化教室「百窓文庫」開店。第1回は6.19桜桃忌だった。
詩人は拙著『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』に口絵写真を提供してくださった。今回は拙著出版記念イベントでもある。


 ヴァレリーの本。



   ヴァレリー 堀口大學訳 『文学論』 角川文庫 19695月改版初版 704月改版再版

《書物は人間と同じ敵を持つ。いわく、火、湿気、虫、時間。そうしてそれ自らの内容。》

 ヴァレリーは20代から毎朝夜明け前に数時間、「孤独のうちに思索し、瞑想し、想を練り、知性を自由の世界に遊ばせ、その時々の思いつきを雑記帖に書きとめる努力を日課として死ぬまで続けた……」(堀口)。
 古書うみねこ堂書林の勘定場下の文庫棚(昭和30年・40年代の文庫がずらり)に並んでいた。

   ポール・ヴァレリー作 清水徹訳 『ムッシュー・テスト』 岩波文庫 20044

 ヴァレリー唯一の小説集。作者の分身テスト氏が作者の内面を語る。
「林哲夫作品展 やっぱり、本」の蔵書販売にて。


■ 『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』あれこれ(5

福岡店長が姫路の古本屋さん「おひさまゆうびん舎」で販売促進活動。ありがとう。
(平野)


 

2015年7月16日木曜日

お江戸で買った本(3)


お江戸で買った本(3)古書ますく堂にて


 

   南陀楼綾繁 『ほんほん本の旅あるき』 産業編集センター 20154月 
 著者サイン入り。

 この日の午前中、私は南陀楼と会っていた。神戸でも買える本だけれど、サイン本があったのでいただく。イラストはわが「公式イラストレーター」であらせられる佐藤ジュンコ。
 南陀楼が「一箱古本市」を始めて10年。日本中にこのイベントが広がっていて、南陀楼は忙しく各地を旅する。《「ほんほん」と暢気な鼻歌を口ずさみながら。》


   富士正晴 『大河内傳次郎』 中公文庫 1981年刊 
 カバーの絵は山藤章二。
 元版は78年中央公論社より。



(平野)

2015年7月15日水曜日

お江戸で買った本(2)


お江戸で買った本(2) リブロ池袋本店

720日で閉店されるのに、拙著を置いてくださり、追加注文までいただいた。『ほんまに』でもお世話になった。
「リブロ」は私の世代だと「西武ブックセンター」。閉店企画で、かつてその店舗内にあった詩の専門店〈ぽえむ・ぱろうる〉が復活。



  『竹中郁詩集』 思潮社現代詩文庫 199411月発行

《 「足どり」

見知らぬ人の
会釈をうけて
こちらも丁重に会釈をかえした
 
二人のあいだを
ここちよい風がふいた

二人は正反対の方向へあるいていった
地球を一廻りして
また出会うつもりの足どりだった 》

 
   寺山修司 田中未知編 『寺山修司未発表詩集 秋たちぬ』 岩波書店 201411月発行

 
 レジに「返品了解書」があった。スタッフの皆さんは販売の努力をしながら、舞台裏では閉店作業の準備を進めている。つい2年前、私たちもそうだった。レジの人に「経験者です」と声をかけてしまった。
 リブロでは最後までイベントがある。古本市も始まる。

 

 

《 「秋たちぬ」

砂山に
盲目が吹いた
あかい笛

海にいま
入日が果てる。

かなしい景色

おゝい
おゝい

夏は逃げて行った。 》

 
(平野)

2015年7月14日火曜日

海の本屋のはなし あれこれ(4)


  『海の本屋のはなし』あれこれ(4

喜久屋書店あべの店、平積み写真。



あちこちの書店員さんたちが拙著を「えこひいき」してくれています。ありがとうございます。

「神戸新聞」712日朝刊の書評欄「著者に聞く」に掲載してもらっています。私のしどろもどろ、ウダウダ節を記者さんが丁寧に聞きとって、まとめてくださいました。この本が私一人の力で書けたものではないことがよくわかるようになっています。


 クソ暑い季節に皆さんの気持ちがとっても「あったかいんだから~」、とパクリ。

(平野)

2015年7月12日日曜日

お江戸で買った本(1)


 お江戸で買った本。

  『世田谷文学館収蔵資料目録3 植草甚一関連資料』 世田谷文学館
 

 

同館の「植草甚一スクラップブック」展(4.257.5の目録。

植草の自筆原稿、日記他、膨大なノート・メモを展示した。映画、小説、音楽に関するもの、それにコラージュ。

 私は、植草のことを自分の好きなものを探究して楽しんだ人、と思っていた。ノートを見て、「狂気」ともいえる徹底さに驚いたが、やはり楽しんでいたこともわかる。

《一冊でもよけいに外国の本をよんで、出来るだけ覚書をつくり、出来たら、いつかこれらを整理して、まとまったものにして残したいのが私の唯一の野心である。いつ挫折するかわからない、しかし根気よくやつてみよう。よみ放したまゝでは何にもならないし、何時頃からか、私の読書のたのしみは、批判的なものが、ひどく、その中に混入しはじめてゐることに自分でも気がつくので、余けいに、覚書をつくる必要に迫られるのである。(後略)》(ノート「戦前のアメリカ小説覚書」1946年)

このノートではアメリカの小説21作品のあらすじ(原書を読んで)を書いている。

私がちょうど読んでいた『ちくま』7月号の鹿島茂「神田神保町書肆街考61」に、植草の1945(昭和20)年の日記が引用されている。植草は自宅を焼失したが、仕事の行き帰りに神保町でたびたび洋書を購入している。米軍の空襲が激化しているさなかでも、古書店は営業し、洋書を売っていた。

(平野)

2015年7月11日土曜日

海の本屋のはなし あれこれ(3)


  『海の本屋のはなし』あれこれ(3

9日、苦楽堂代表とジュンク堂書店三宮店、サイン本制作に伺いました。
 本は2階エスカレーター右の平台にドーンと平積みしてくださっています。「北川景子」に負けています。
 
 トンカ書店にまわり、ご挨拶。予約注文をいっぱい取ってくれています。レジ前の「塔」を見てください。トンカさんの力にすがります。
 以上、苦楽堂ツイッターで写真を。


 代表と別れて、ジュンク堂書店駅前店に。GFみのりさんに挨拶して、店長さんにもお礼を申し上げる。旧知の児童書・池畑さんに会ったら、「サインせい」と仰せられて。顧客さんに勧めてくれています。
 古書うみねこ堂書林で海文堂顧客さん用にサイン入れ。うみねこ堂店主もイベントを考えてくれています。
 10日、仕事帰りに板宿・井戸書店、店長さんお留守でしたが、拙著は入口の目立つ場所に面陳。手作りPOP、ありがたく。
 乙仲の書肆スィートヒアアフターもたくさん仕入れてくれて面陳。店主は読書中(本、吟味中?)で、ゆっくり店内見学。編集工房ノアの本を発見。

版元にも拙宅にも読者からの感想が届いています。
 皆さん、ありがとうございます。

(平野)

ヨソサマのイベント

  さんちか古書即売会 730日(木)~84日(火)

さんちかホール 10時~1930分(最終日は18時まで)
主催 兵庫県古書籍商業協同組合  078-341-1569
 案内チラシの絵は、もふもふ堂。懐かしい須磨区板宿の街角。


 
 

2015年7月9日木曜日

海の本屋のはなし あれこれ(2)


  『海の本屋のはなし』あれこれ(2

 お江戸滞在中、苦楽堂代表といっしょに事前注文いただいていた本屋さんにご挨拶いたしました。

三省堂書店神保町本店 信山社
紀伊國屋書店新宿本店 ジュンク堂書店池袋本店
リブロ池袋本店    タロー書房
古書ますく堂

 お忙しい中、お相手してくださりありがとうございます。
 駆け足で、すべての本屋さんには参上できませんでした。お許しください。

 苦楽堂新人営業マンが中央線沿線を回ってくれました。

 ヨソの、それもつぶれた本屋の本を置いてやろう、販売してやろう、という皆さんの心意気に甘えます。よろしくお願いします。

 東京堂書店のウインドー。撮影はお江戸駐在特派員。
 

 

(平野)ブログ、ツイッターで応援、読後の感想をいただいています。ありがとうございます。

2015年7月8日水曜日

海の本屋のはなし あれこれ(1)


  『海の本屋のはなし』あれこれ(1

 東京堂書店トーク終了後の打ち上げにて。
 私が海文堂のカバーを折って、本につけて、公式イラストレーターさんに贈呈の図。
 撮影はひたすら喧しかった亜紀書房営業佐藤さん。ありがとうございます。

http://t.co/sh5cYM4Vn4
http://t.co/9fYO4RpVyW

 ちょっと待って、関西学院大学生協さん。
 どーして、近くに『レズビアン短編小説集』と『古典BL小説集』なの?


 雨の中、多くの方が本を買うためにギャラリー島田まで登って来てくださっています。

皆さん、ありがとうございます。

(平野)元町商店街WEB更新。
http://www.kobe-motomachi.or.jp/

2015年7月7日火曜日

出版記念トーク 東京堂(1)


   75日 『海の本屋のはなし――海文堂書店の記憶と記録』を語る

平野義昌・柴野京子トーク  東京堂書店6階ホール

「ほんまに東京に行っていいのかいな?」と思いながら旅立ちました。神保町に着いてこの看板を見て、「ほんまやったんや」とようやく納得した次第です。



 
 私、予想を大幅に超える来場者で、驚きとともに感激いたしました。私の話は拙くて、皆様には申し訳ありません。

 第一部で海文堂書店の写真(小林元店長、苦楽堂提供)を見ていただきました。

第二部は柴野京子さん(上智大学新聞学科准教授)と拙著についてトーク。

第三部は今回お世話になった人たちからお話。島田潤一郎さん(夏葉社)、キッチンミノルさん(公式カメラマン)、佐藤ジュンコさん(公式イラストレーター)。

終了後、サイン会も厚かましく実施。懐かしい顧客の方と再会でき、メールだけのおつき合いだったガールフレンドともお会いできました。出版営業担当諸氏、たくさん。ありがとうございます。

聴衆の皆さんは日曜の午後という貴重なお時間に来て下さいました。関西、東北からもわざわざ足を運んでくださった方々もいらっしゃいます。ありがとうございます。

東京堂書店の皆さん、会場提供、本販売、感謝申し上げます。

 ご注文いただいた本屋さん、古本屋さんの店頭には本日から並び始める予定です。なにとぞよろしくお願いいたします。

(平野)東京に行っている間に、「ほんまに」WEB更新しています。http://www.honmani.net/index.html