2019年4月23日火曜日

箱の中の天皇


 PR誌『本』5月号(講談社)。原武史「鉄道ひとつばなし」最終回「元号と駅名」。280回続いた名物連載、平成とともに終了。前回は「現天皇と現皇后と鉄道」だった。水原紫苑「百人一首うたものがたり」、周防内侍の「春の夜の夢ばかりなる手枕(たまくら)に かひなく立たむ名こそ惜しけれ」の解説で、塚本邦雄の本歌取りを紹介。「春の夜の夢ばかりなる枕頭に あっあかねさす召集令狀」、平成元年の歌。そんなことが実現せぬよう

 赤坂真理 『箱の中の天皇』 河出書房新社 1400円+税


 天皇をめぐる幻想譚。憲法原案の英語表現他、英語語源・文法も考慮にいれ、日本近現代史と日米関係を問う。

 わたし(まり)は病院で傾聴ボランティアをしている。担当している道子さんは天草の生まれ水俣育ちの老女(あの人?)。わたしは道子さんに、天皇とは何か、と訊ねる。道子さんは天子様に会ったことがある、と言う。道子さんに紅をさしてあげようとして、ポケットの二つの「箱」に触れた。この謎の「箱」のことも訊かねばならない。道子さんはテレビに映る天皇(退位希望を表明)の眉間に、紅をさせ、と言う。

 わたしが「箱」を手に入れたのはその一年前、横浜。マッカーサーと昭和天皇が現われ、二人は抱擁。マッカーサーがパイプの煙を吸うと天皇は消えた。マッカーサーは小さな箱に息を吹き込み封印する所作をした。

横浜の伝説の娼婦メアリが、自分は皇后で天皇は小さな箱の中、と言う。わたしはその「箱」を託された。メアリは、天皇は人形で、たま(、、)を抜いておられる、と。

〈「いろいろな人が上手に操っておられますし、天皇とはもともとそういうものです。それにあぁた、みなさん、こう言っちゃナンですけどもね、陛下を生身のかただと思っていないでしょう? 生身と思ったら、あんなに何でも押し付けられます? 『押しつけ憲法』といいますけれどね、今に始まったことじゃないんです。陛下にとっては、どれも押しつけ憲法。ぜんぶ陛下に、押しつけ憲法。利用するときだけ、木偶(でく)の坊を利用するように、人間であることを利用するのですよ」

 メアリとなったわたしはマッカーサーの箱と偽物の箱をすり替える。

 圧巻は、わたしがマッカーサー、日本国憲法を創ったGHQ民政局とそれに反対した参謀第2部人員の霊たちと共に、退位のメッセージを述べる天皇と討論する場面、「国産み会議」。天皇の額には紅のしるしがあった。「箱」の中に何があるのか、空っぽなのか。

戦後処理、戦争責任、新憲法下の象徴、わたしはこれらを天皇が「象徴化」して実践してきたのではないか、と思う。

〈戦争の傷をめぐる世界の旅をすること。傷ついた人びとの前で祈ること。弱い人と共に在ること、弱った人、傷ついた人の手を取ること、助け合おうということ。混乱にあって、我を失わずにいようと励ますこと。天皇はそれを言葉で言うことができなかった。憲法で制限された存在だからです。我が国において、憲法を、国家権力を抑制するためにあると本気(、、)()信じている人は少ない。けれど、この天皇はそれを「体現」ようとしたのではないか。日本の軍隊が傷つけた人々の地も慰問した。言いたいことを、言えない状態で。その孤独な戦いを思います。そのことに、今、感動をおぼえます。/そして、天皇が日本の象徴であり、国民の象徴であるなら、行動を問われているのは国民なのです。〉

 わたしの手に、箱がひとつ、残る。

〈そうか。こういう象徴でも持っていなければ、わたしもまた、忘れてしまうのか。それは「(くう)」の重さ。軽く、とてつもなく重い。〉

(平野)ベテラン作家も天皇をテーマに小説を連載中と聞く。もっと考えなければ。パレードを出迎えてキャーキャー言っているだけでは、天皇も国民も利用されるだけだ。