2018年10月23日火曜日

怠惰の美徳


 梅崎春生 『怠惰の美徳』 荻原魚雷編 中公文庫 
900円+税

 梅崎春生(191565年)、福岡市生まれ、小説家。野間宏、埴谷雄高、椎名麟三、武田泰淳らと並ぶ「第一次戦後派」のひとりだが、遠藤周作ら「第三の新人」との親交も深い。54年、『ボロ家の春秋』で直木賞。
 本書は、自らを怠け者と綴る詩、随筆と短篇小説収録。

「三十二歳」
三十二歳になったというのに/まだ こんなことをしている//二畳の部屋に 寝起きして/小説を書くなどと力んでいるが/ろくな文章も書けないくせに/年若い新進作家の悪口ばかり云っている(後略)

 戦後まもなくのことを詠った詩、初出は死後。結婚できず、外食券食堂で飯を食い、ぼんやり空を見上げ、酔って裸で踊る。
 その32歳(数え年)で「桜島」を発表し、文壇デビュー。暗号兵は米軍上陸に備える桜島に転勤が決まる。出発前夜、妓楼で片耳のない女と過ごす。

……あなたは戦うのね。戦って死ぬのね。どうやって死ぬの。……いやなこと、聞くな。お互いに、不幸な話は止そう。……わたし不幸よ、不幸だわ。……

 同じく死後に発表された「己を語る」で、好きなものは、酩酊と無為、と書く。戦前の役人生活でも自主的に怠けていた、仕事がさし迫ってくると怠けた。仕事があるから怠けるのだ、と開き直る。

「怠惰の美徳」の題で文章を依頼された。著名な評論家が梅崎を「ナマケモノ」と書いたからそんな注文がきた。本当は「閑人」と書かれたのだった。

〈ナマケモノと閑人とは大いに違う。どうも変だと思った。私自身にしても、ナマケモノといわれるより、閑人と言われる方が気持がいい。私は「閑人の美徳」という文章を書くべきであったようだ。〉
 と書きつつ、堂々と自らを「怠け者」と言う。世間は「怠け者」に厳しい。怠けていたら必然的に貧乏になる。他人の邪魔をしないが、自分も邪魔されたくない。親分にならないし子分にもならない。群れない。怠惰であることの矜持がある。

 解説の荻原は梅崎の小説に心を摑まれ、「自分のための文学」と思う。洞察力鋭く、それをユーモアで包んでいる、と言う。

〈「怠け者」だからこそ、社会にうまく適応できず、規則通りに動いているかのようにおもえる世の中のおかしさを見抜くことができた。とくに人間の本能、あるいは理性や知性の脆さにすごく敏感だ。(後略)〉(荻原)

(平野)
 私は怠け者というよりグウタラである。しょっちゅう家人にケツを叩かれて、何回かに一度動く。
《ほんまにWEB》「海文堂のお道具箱」更新。