2018年11月18日日曜日

安吾巷談


 坂口安吾 『安吾巷談』 三田産業(トランスビュー扱い) 
 1600円+税

 神戸に新しい出版社誕生。第一弾は坂口安吾復刊。
 
 

 坂口安吾(19061955年)は新潟市生まれ、東洋大学でインド哲学、梵語、チベット語など語学、アテネ・フランスでフランス文学を学ぶ。31(昭和6)年「風博士」「黒谷村」で牧野信一、島崎藤村らに認められ作家デビュー。46(昭和21)年、「堕落論」で、「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。(中略)堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である」と、戦後の混乱を肯定し、権威や大義名分を批判した。同年、小説「白痴」を発表。太宰治、織田作之助らとともに無頼派と呼ばれ、人気作家になった。

本書は1950(昭和25)年『文藝春秋』に連載した同名コラム(同年12月文藝春秋新社より単行本出版)。麻薬から始まる。織田や田中英光、安吾自身の中毒状態を語るから驚く。続いて、政治家の恋愛、日共批判、競輪、不良人生、ストリップ、公娼・私娼、火事見物、スポーツ、芸術など多方面にわたり批評。「戦後日本社会に蔓延る欺瞞を喝破した、痛快ルポルタージュ。」(帯より)

著名な文学者が登場するところを紹介する。熱海の大火事、伊東に住んでいた安吾は奥さん連れて電車に乗って見物に出かける(取材か)。電車はヤジウマで満員。火元は道路工事作業場、タバコの火がドラム缶に引火した。この土建屋と安吾の縁も語られる。後日、福田恆存も火事見物に行ったと知り、ヤジウマ根性に感服する。ヤジウマ根性といえば小林秀雄。かつて安吾が精神病院に入ったとき(前年東大病院に入院)、小林が見舞いに来た。

……小林が私を見舞ってくれるような、イワレ、インネンは毛頭ないのである。これ実に彼のヤジウマ根性だ。精神病院へとじこめられた文士という動物を見物しておきたかったにすぎないのである。一しょに檻の中で酒をのみ、はじめはお光り様の悪口を云っていたが、酔いが廻るとほめはじめて、どうしても私と入れ代りに檻の中に残った方が適役のような言辞を喋りまくって戻っていった。/ヤジウマ根性というものは、文学者の素質の一つなのである。(後略)〉

 安吾夫妻が伊東に戻ると、石川淳と編集者に遭遇。熱海で焼け出された。石川が火元と反対方向に逃げたと言うので、安吾はヤジウマ根性の稀薄さに呆れる。

(平野)若い読者には事件や社会風俗などわからないこともあるだろうけど、調べて読んで。