2021年3月20日土曜日

『海の本屋のはなし』補遺2

 3.17 山中剛史『谷崎潤一郎と書物』(秀明大学出版会)に出版社「賀集文楽堂」の名が出てきた。「海文堂」につながる出版社だが、その前に谷崎本のこと。

谷崎『鬼の面』(須原啓興社、大正59月初版)が版を重ね、翌63月に6版発行。ところが、71月の7版から発行者、発売所、印刷所が代わっている。発行者「永島常造」、発売所が「若月書店」と「加集文楽堂」(正しくは「賀」)。

著者は、6版奥付の検印が「須原」になっていることから谷崎が版権を売却した、と考える。お金が必要だった。さらに「須原」が廃業して、版権を「永島」に譲り、「永島」が「若月」と「賀集」に発売を依託した、と推察する。

「若月書店」と「賀集文楽堂」を国会図書館サイトで検索する。「若月」では戦後の出版物しか表示されず、大正時代の出版社と同じ社かどうか不明。「賀集」では〈岡田をみなへし作・画『鳥啼く里 をさな絵物語』(大正67月発行)〉など数冊出てくる。発行者「賀集忠三郎」、住所「東京市神田区表猿楽町二番地」、『鬼の面』7版奥付住所と同じ。海文堂は谷崎潤一郎とかすかな縁があった。

大正9年「賀集文楽堂」発行の書籍『機関科船員試験問題解答集』では、発行者「賀集喜一郎」になり、住所は「神戸」に代わっている。一方、発行所「東京」とした出版も続いている。喜一郎と忠三郎の親族関係、事業承継については不明。

拙著『海の本屋のはなし 海文堂書店の記憶と記録』(苦楽堂2015年)に書いた。喜一郎が神戸で「海文堂」の前身「賀集書店」を創業したのは1914年・大正3年。書誌研究者が資料で確認している「賀集」最古の出版物は『摘要産婆学』(文楽堂賀集書店、1916年・大正5年)だが、現物は確認できない。写真は同書『第二版』(大正10年、神戸市立中央図書館蔵)のコピー。




 

3.18 買い物して、三宮ブックスにおじゃま。今月末で廃業。竹さん一人奮闘。日販の河さん、外商を引き継ぐ本屋さんたちが忙しいなかお手伝い。私ができることは少ない。配達はできないし、パソコン操作して伝票作成もできない。心身ともに本屋ではなくなっている。何しに来たのやらの役立たず。

3.19 ふだん統一したテーマで読書していないけど、このところ谷崎本が続く。川本三郎『「細雪」とその時代』(中央公論新社)。昭和初期「大大阪」「阪神間モダニズム」の時代。日中戦争も。

 


(平野)