2021年11月16日火曜日

都鄙大乱

 11.11 瀬戸内寂聴逝去のニュース、享年99。新聞コラムに、死は怖くない、とずっと書いておられた。それに、「青春とは愛と革命」。合掌。

 11.13 妹孫、離乳食動画。お世話係(?)姉が小匙で口元に持っていくと、妹が口を開ける。別の写真、妹は腹ばいになって後ずさりで移動できるようになった。ヂヂバカちゃんりん。

  11.14 「朝日新聞」鷲田清一〈折々のことば〉は昨日今日と書籍『仙台本屋時間』(前野久美子編、ビブランタン発行)から紹介。

〈この世から剥離しかけた人を、最後にこの世に繋ぎ止めるのは、言葉だと信じている〉(柳美里)

〈子供というものは、大人が思うほど子供っぽくなく、孤独に耐える悲しみや大人同様のきつさが付きまとっていた〉(佐伯一麦)

 詩人キムラさんから逆質問。「竹中郁はコクトーに会ったか?」。私では役不足ながら、調べる。

「会った」と書いている人がいる。でもね、竹中自身のパリ遊学の文章では、カフェに行けば顔はよく見られる、見かけたことがある、というものしか発見できない。1937(昭和11)年コクトー来日し、神戸港に上陸(チャップリンも一緒の船)したとき、新聞社が竹中との会談を企画したが、竹中は結核療養中で叶わず。よって、見かけたことはあるが、会って親しく話したかどうかは、疑問と思う。さてさて真相は?

なお、このとき淀川長治は停泊中の船内に入り、チャップリンと30分ほど話した。港で夫人の買い物に付き添った。

図書館で古書愛好タカさんと遭遇。

 

11.15 妹孫お粥動画。小匙が口から離れると甘え声で催促。もらえると「フフン」と笑う、ように聞こえる。飲み込むと、また催促。ヂヂバカちゃんりん。

 

 髙橋昌明 『都鄙大乱 「源平合戦」の真実』 岩波書店 2800円+税



 神戸大学名誉教授、日本中世史。源平の著書たくさん。

 源平合戦と呼ばれる6年間の戦乱(以仁王の乱から壇ノ浦まで)。これまでの研究業績をふまえ、源平合戦に先立つ歴史的展開=地方の不満を重要な鍵と考える。

1)鳥羽院政期以来の財政負担(度重なる御願寺建立のため荘園負担増加)により地方社会に不満蓄積していた。

2)平家が権力を掌握し知行国・荘園を獲得し、それ以前の支配層への不満まで一手に引き受けることになった。

 史料を精査し、定説や物語の史実と異なっている部分を明らかにする。また、信頼できる史料として同時代の貴族の日記、古文書などを重視。

 支配層の政争、物語的合戦の組み合わせではなく、「この戦乱で亡くなり行方知れずになった人びとに対する、普通の庶民の肉親の情や悔恨の思いは、どう表現され語り継がれたのか」も考える。

 勝者の敗者に対する仕打ちは容赦なし、残酷である。民は田畑を荒らされ、兵糧を徴収され、そのうえ兵士・人夫に駆り出される。

 歴史に消えた武士、庶民のこと、争乱集結後の死者鎮魂事業、平家ゆかりの生存者たちのその後も。

(平野)