2025年9月28日日曜日

帝国の書店

9.25 旧植民地の古本屋を取り上げたり、上海の「内山書店」のことを書いた本はあった。

日比嘉隆(ひび・よしたか)『帝国の書店 書物が編んだ近代日本の知のネットワーク』岩波書店5400円+税)。戦前大日本帝国勢力圏に進出した日本人経営の書店(新刊・古書)と本・雑誌を運んだ取次業者の歴史を調べる。戦争勝利によって日本の領土となった場所、日本の軍隊が進駐して占領した場所、海外に移住した日本人のコミュニティもあり、事情はいろいろ。領土には日本人子弟だけではなく現地住民の日本語教育のための教科書が必要だし、在外日本人の娯楽、教養、学術のために雑誌・書物は欠かせない。海外で本を売った人、運んだ人、買った人。モノであり文化そのものである本の価値。文化・知の産物である本と国家権力の相性、たとえば教科書供給、統制経済と流通の合理化。そして経済活動としての本屋・流通業。様々な視点から書店・流通を考える。さらに母国敗戦による人の引き揚げ、そして本たちのその後も。索引含め400ページ超。

著者は名古屋大学大学院教授、専門は近現代日本文学・文化、移民文学、出版文化。調査・研究しながら身近だった「街の本屋」のことを考えていた。対象の「旧外地」を訪れて古い地図をたどり、現在の姿を眺め、その土地の本屋を感じようとした。

〈だが、私はこの本を、かつてあった本屋の黄金時代への挽歌として書いたつもりはない。本書を通じて私が再確認したのは、読むことをめぐる人間の渇望の強さである。書店主や出版人の商魂のたくましさ。娯楽だろうが知識だろうが何か読まずにいられない人たち。いま街の本屋の生き残りは厳しいが、それは読むことの中心地が、ずれたことの余波であるはずだ。読むことをめぐる生態系は、変化のただ中にある。本屋の過去を考えながら、私はこの国の本屋の行く末もまた、考えている。〉

 


 休日は買い物担当。家人に指定されたモノ、自分で判断して買うモノ。後者が問題。まだ冷蔵庫に在庫があるのに買ってしまうこと多々。家人に叱られる。

9.27 新泉社・ヤスさんから新刊書、チョン・ジア『資本主義の敵』をいただく。ありがとうございます。思想系の書名ながら、同社の韓国文学シリーズ。神戸の画家イシサカゴロウが挿画・扉絵を担当している。紹介は読んでからします。

 久方ぶりに花森書林。8月は外部イベント大忙しの由。9月は私が出不精。

9.28 「朝日俳壇」より。

〈ぐりとぐら読んでと子らの星月夜 (新潟市)田丸信子〉

(平野)

2025年9月25日木曜日

わが文壇青春記

9.20 図書館、先日ドジした本、田村泰次郎(たいじろう)『わが文壇青春記』(新潮社、1963年)を借りる。1936(昭和10)年5月、田村他東京の新進作家・評論家らが婦人雑誌「令女界」「若草」の読者向け(映画付き)講演会のため大阪に来た。作家は丹羽文雄、井上一郎、小松清(神戸出身)、十返肇、大木惇夫ら。当時名が知られていたのは丹羽くらい。他は「大して仕事もしていなかった」。

 有志数名が神戸まで夜遊びに来た。数日滞在して、竹中郁、白川渥、及川英雄らと交流し、その記念写真あり(下に)。 

 田村は早稲田大学仏文科在学中に坂口安吾らと同人誌「桜」を創刊。長く従軍し、戦後「肉体の門」で流行作家となる。作品には戦場での体験が描かれている。




田村本から神戸での記念写真。前列左から3人目が田村、同じく右から4人目が竹中郁。『聞き書き 神戸と文学』で及川は、東京組の某作家が元町3丁目の喫茶店「本庄」のウエイトレスに一目惚れしたことを暴露。滞在中何度も通い、作家である証拠に5丁目の宝文館で著書を買ってサインしてプレゼントするも、振られた。 

午後、芦屋の「高橋健一の海洋画展」を覗く。福岡アリス同行予定だったが、自治会のお役目多忙につき断念。


 会社先輩から秋の音楽イベントお誘いあり。

 家人は孫のところに行き、息子は飲み会。ヂヂイひとり「孤独のグルメ」ならぬ冷蔵庫の整理、「孤食の粗食」。

9.21 「朝日俳壇・歌壇」より。

〈古書店に落ち着く心獺祭忌(だっさいき) (大垣市)大井公夫〉

〈待望の一冊抱くその先に関所のごとく待つセルフレジ (中津市)瀬口美子〉

9.23 神戸新聞ネットニュース、ジュンク堂書店三宮店で万引き男が書店員にケガさせた。書店員さん、危ないから絶対一人で立ち向かわないでちょうだい。

https://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/202509/0019507919.shtml

 

9.24 「朝日新聞」朝刊連載4コマ漫画、いしいひさいち「ののちゃん」がちょうど一万回。19911010日第一回掲載(当時は「となりの山田くん」、97年改題)。大偉業。いしいさんの健康を願う。読まずに取っておいた『ROCA コンプリート』(徳間書店)を開く。



 田村泰次郎『わが文壇青春記』(新潮社、1963年)。田村(191183年)は三重県出身、戦後「肉体作家」と呼ばれ人気作家になる。早稲田大学在学中から文筆活動を開始。当時隆盛だったプロレタリア文学にも新興芸術派にも早稲田出身者が少なく、西條八十はじめ教授陣、OB作家たち期待の新人だった。とはいえ、そう簡単に認められるものではない。作家修業、文壇交流、7年に及ぶ軍隊生活、復員後の活動、女性遍歴を語る。川端康成、石川達三ら著名作家たち、無名のまま病や戦争で散った命、せっかく生き延びたのに破滅していった作家たちもいる。

 親しい友で同じく流行作家となった井上友一郎(ともいちろう、190997年)と語り合う場面。夜の電車内、カツギ屋や酔っ払いがあちらこちらにいるだけ。

〈突然、私だが、井上だかが、/「おれたちは、これで、もう文壇へ出たのだろうかなあ」/と、ひとり言のようにつぶやいた。それは二人のうちのどっちがいったことにしても、それほど大きなまちがいでない。そのとき、私たちの心は、なにかほうっとした安心と、執拗にどこまでもはなれない初心の不安とが入りまじって、一つに溶けあっていたからである。/「うむ……」/これも、どっちがいったにしてもかまわない。(後略)〉

(平野)

2025年9月20日土曜日

聞き書き 神戸と文学

9.11 テレビの情報番組は1時間近く猛暑と各地のゲリラ豪雨報道含めて天気予報。政治ニュースは与党の代表選び。政治家は立候補意思表明や出馬発表やら政策やらを小分けして出てくる。放送局は広報担当している。在阪各局は万博PR、もうすぐ終わるから早く行けと煽る。ついつい見てしまう。

9.15 敬老の日。孫に相撲番付表ほか宅配便送る。

『聞き書き 神戸と文学』(神戸「人とまち」編集室編・発行、1979年)読む。1970年代に池本貞雄という人が主宰した雑誌「人とまち」から作家インタビューや対談をまとめたもの。田辺聖子、筒井康隆、灰谷健次郎ら地元に縁ある作家の他、詩・歌・俳壇の人たち、研究者が語る。及川英雄と林喜芳による「戦前の文学」回想も。

〈神戸は「六甲山や神戸港」で代表されるものではないし、近代百年の歴史でもって証明できるものではない。/「土着の文化がない」「文化は育たないまち」と泣言をいうのではなく発見することである。/人間のあるところ、生活は続き、如何なる辺境といえど歴史は毎日刻まれていく。/歴史を刻む人間がいる限り文化は大地に根をおろす。〉(池本「人とまち」創刊のことば。池本は197811月死去)



9.17 「BIG ISSUE510511。スーさんとシュワちゃん。最近ヂヂイは販売員さんに会えないが、家人はよく会う。



9.18 『聞き書き 神戸と文学』で紹介していた本を借りようと図書館来たのに、貸し出しカード忘れたおバカ。また今度。

9.19 暑さやや和らぎ、仕事も楽。退勤後、みずのわ社主と三宮の書店訪問、店長さんにイベント相談。7月に異動があったそうで、初めてお会いする。

(平野)

2025年9月11日木曜日

「さびしじに」 海鳴り38号

9.2 野球観戦、燕組対巨人、京セラドーム。優勝争いは虎組で間違いなし。巨人はなんとか二位を維持したい。わが燕は最下位で終わるだろう。勝負という意味ではなんとも緊迫感なく、燕は得点機を何度も逸し、敗戦。燕応援の楽しみは主力打者の本塁打くらいなのだが、不発。

9.4 久方ぶりに台風15号接近の模様。雨ほしい。

午前中図書館。やはり目当ての論文見つからず。

 作家・評論家の紀田順一郎さんが7月に亡くなっていた。90歳。

9.5 台風通過。

 歌手・橋幸夫さん死去、82歳。昭和の大スター、引退、復帰、認知症公表などすべてが話題になった。

9.6 親戚女子(家人の従姉妹の孫)が海外留学(1年)に旅立つので送別ランチ会、墓参り。我が家と家人一族を見渡して海外で長く生活する者は先の戦争で出征した家人の父(=彼女の曽祖父の弟)以来。

9.7 「朝日俳壇」より。

〈旅先に本屋を巡る夏休み (佐伯市)川西敦子〉

9.9 台風のあと少し暑さ和らいだと感じたが、猛暑戻る。午前臨時出勤、午後内科診療。

 編集工房ノアのPR「海鳴り」38。同社と縁の深い版画家・粟津謙太郎と作家・島京子の追悼誌面となった。社主・涸沢純平が書く。「粟津謙太郎画文抄」、「さびしじに――島京子さん小景」。粟津は202488日死去、享年81。島京子は同年916日死去、享年98

「さびしじに」? 作家仲間と旅した荒れ城とその城下町(今は観光地として有名)で、島が「こんなところに住んでいたら、寂し死にするわ」と言った。


 

(平野)

2025年9月4日木曜日

断腸亭日乗(四)

 8.23 元町のこうべまちづくり会館で開催、「海港都市神戸の今昔」(神戸地図研究会主宰)のトークイベント聴講。地図研究会代表、鳥瞰図絵師、神戸市公文書館職員(都市史の先生)が登壇。江戸時代末期の絵図、明治以後近代測量図、空撮写真、鳥瞰図などの資料を比較検証して、神戸の街の発展・成長・変遷を見る。将来の都市づくりにも役立つ。

8.24 「朝日俳壇」より。

〈図書館の絵本だいじに半ズボン (福島県塙町)安部みさ子〉

 前職退職後、社会運動団体の機関誌に連載してきた読書案内の最終回原稿校正終了。季刊だが、原稿掲載は3回、計29回、10担当させてもらった。長くなったと思うので降板をお願いしていた。硬派の誌面にヂヂイのゆるい選書は似合わなかったでしょうが、許してくださった編集部他関係皆さんにお礼申し上げる。

8.27 今週も夏休み取得。久々図書館、目当ての論文誌は見つけたものの、論文が見当たらず。

8.28 会社の健康診断。同じグループの人が拙著のこと「新聞見た」と話しかけてくれる。福岡アリス以外では初めて。そのアリスから、新聞書評の見出しを書いてくれたのは飲み仲間のシンさんと知らされて、彼女にお礼メール。

 市内中央区マンションの女性刺殺事件、容疑者の動きが少しずつ明らかになってきた。栄町通、中央郵便局、西元町駅……と尾行、わが街が惨劇の発端になってしまった。被害女性のご冥福をお祈りする。

8.30 家人と京都大谷本廟墓参り。阪急電車も繁華街・観光地、いつもと比べて人が少ないと思っていたが、やっぱりバスは満員、久しぶりの錦市場も大混雑。河原町の丸善に寄る。拙著をちゃんと置いてくださっている。感謝。売れ行き状況は訊ねず。

8.31 九州在住の幼なじみから電話。年賀状だけの付き合いゆえ、話すのは20余年ぶり。拙著を送ったら地元のお菓子をくださった。通読したと感想。再会を約す。彼は大手の書店に勤め、大阪から西日本あちこち異動して定年を迎えた。

9.1 福岡アリスからメール。今回は飲み会誘いではなく、とってもありがたい知らせ。11月に夏葉社社主のドキュメンタリー映画が神戸と姫路で上映されるそう。早速地元映画館にチラシをもらいに行く。




 先日個展を開催された画家・カズさん(96歳、海文堂でお世話になった)からお手紙をいただく。会場にはお見えでなかったが、世話役のセ~ラ編集長に近況を聴いていた。お礼のハガキ投函。

 

 永井荷風 『断腸亭日乗(四)昭和八-十年』 中島国彦・多田蔵人校注 岩波文庫 1150円+税



 相変わらず荷風は文壇・出版社・マスコミと距離を置く。時流に乗った文学者たちとカフェで遭遇しても目も向けない。日本ペンクラブ設立(昭和1011月)加入の勧誘も辞退。特定の知人たちとあっさりした交際を続ける。読書と執筆、庭いじり、日が暮れれば銀座に出かけ夕食。喫茶店や甘味処で友人たちと歓談

荷風が散歩で目にする東京は関東大震災後の復興もあり、江戸・明治初期の面影がどんどん消滅している。江戸文人の随筆や幕末・明治初期来日外国人たちの日記・著作から懐かしい時代を追想する。日記には町の風俗(娼家の話など)や女性との交際も記録。

 この時期、荷風は大切な友人・知人を亡くす。敬愛する巌谷小波(昭和8.9)、主治医・大石国手(昭和101)、校正家・神代種亮(昭和10.3)。また、長年の友人が荷風の私生活について雑誌で発表したことから(金銭の問題もあり)絶交(昭和10.8)。

 世相としては、天皇機関説排撃されたり、陸軍内の抗争事件。

(平野)

2025年8月21日木曜日

ダメ男小説傑作選

8.17 北区鈴蘭台で開催、神戸市の文化振興事業「みんなの本屋講座」キックオフイベントにアリス福岡と一緒に登壇。海文堂元バイト君キタさん(有名書店店長で出版社主宰)企画にお呼びいただく。本屋開業を志す方に向けてのイベントなのに、敗退ヂヂイ二人を起用するとは、「お主もワルよの~」。私の新刊本紹介も考えてくださっている。感謝です。午前中の開催なのに会場ほぼ満員。本好きの方々は多い、けれど本屋は衰退。

ヂヂイ二人はキタさんの差配で、海文堂のこと、本屋さん減少について思うことなどをしゃべり、無事終了。

本イベント関係者(ブックカフェ、私設図書館など本による街の活性化を実践している方々)、図書館の皆さん、神戸市職員さん他関係者皆さんにお世話になりました。懐かしい海文堂のお客さんや業界新聞の記者さん、飲み仲間イチさん・のの様も来てくださった。ありがとさん。

8.18 勤務のマンション、私の勤務時間前に工事で出た産業廃棄物を管理人室に仮置き(触れるな、捨てるな、後日回収、のメモ)。会社の危険物扱いに怒り、厳重抗議。

8.19 本屋さん。近代出版流通史、文人の日記、コミック、変な組み合わせ。コミックのおまけにキャラクターのステッカーもらったけど、あげる人いない。

8.20 本日夏期休日取得。BIG ISSUE509、特集〈走れ! ローカル鉄道〉。このところ家人が遠出した時など販売員さをお見かけしたら買ってくれていた。私が元町駅前で購入するのは久しぶり。

 午後、会社の工事担当者から廃棄物処理について謝罪の電話。ただ廃棄物の仮置き場は他に適当な場所がなければ管理人室も選択肢としてあり得る、とのこと。それでも「拒否」の意志は伝える。

 夕刻自宅ポストに拙著印刷ゲラあり。メモないし連絡もない。これを持っている人は限られる。返却してもらうものでもないと思うが、暑い中わざわざ我が家を探して戻してくれたのか?

 読書は、『ダメ男小説傑作選』(鹿美社編、発行)。日本近代小説の「ダメ男」たちを集めたアンソロジー。モラハラ、セクハラ、DV、浮気、怠惰、犯罪、アル中、ヤク中……。封建制度を引きずり、家族に甘え、欲望に溺れる男共。あかんたれ、あまえた、ボンボンならまだ笑いですまされるかもしれないが、「病」の領域になると読んでいて胸が悪くなる。「ダメ男」は「近代の宿命」なのか。

 田山花袋「少女病」、葛西善蔵「子をつれて」、坂口安吾「いずこへ」、太宰治「ヴィヨンの妻」、西村賢太「柩に跨がる」など16篇。


 

(平野)ヂヂイも「ダメ男」を自負。

2025年8月14日木曜日

ハーンと八雲

 8.8 マンション住民さんの孫ちゃんたちが遊びに来て、毎回管理人ヂヂイの相手をしてくれる。おもちゃ扱い?

8.9 家人がネットのフリマサイトで拙著出品を発見。定価より高く売っている。だんだん値下げするらしい。他人の本で商売すんな、と思う。

孫たち来るので朝から掃除ほか準備。午後駅まで出迎え。元気おしゃべり食欲いっぱいのタイフーン襲来。

8.10 「朝日歌壇」「朝日俳壇」より。

〈目頭をそっと押さえて席を立つ井上ひさしの反戦の劇 (三鷹市)大谷トミ子〉

〈赤毛のアン函(はこ)よりだして曝書(ばくしょ)せり (京都市)山本京子〉

8.13 孫台風帰る。滞在中、天気悪く、デパート買い物のみ。それでもヂヂババは楽しくいそがしく過ごさせてもらった。

 

 宇野邦一 『ハーンと八雲』 角川春樹事務所ハルキ文庫 940円+税



 著者は1948年松江市生まれ、フランス文学者・哲学者、立教大学名誉教授。

 明治の日本に来日したラフカディオ・ハーンは帰化して小泉八雲となった。彼が集め、改作した怪談・奇談は今も読み続けられている。また、『日本瞥見記』などによって日本と日本人の姿を的確に描写した。

 これまでのハーン研究は一部をのぞき多くが伝記的事実・作品研究に向けられている。本書は、ハーンのアメリカジャーナリスト時代からの文学研究、仏領西インドでのクレオール研究をふまえ、日本論の揺らぎ――初期の理想化された美学・道徳、繊細なエキゾティズムから歴史的な展望を深め考察(帝国主義・軍国主義への傾斜を憂慮)――を再考する。さらに、東京帝国大学での世界文学講義に注目して、彼の文学論、思想を読み取る。ハーンは世界を論じ、巨大な宇宙と微細な次元との間で物事を捉え、国や人種を超えて思考した。

〈アメリカでもマルティニック島でも日本でも、ハーンはつねに「小さきもの」を注視してきた。つましい生活の細部、場末の音楽、クレオール料理、町の物音、墓碑銘、虫の鳴き声、玩具、女性の髪型……。そのリストは限りなく続く。ハーンのこういうマイナーな志向は、かなり徹底したものだった。ハーンが偉大な文学者であったかどうか、私にとって、それはあまり重要なことではない。この本を書きながら確かに見えてきたことは、そんなふうに小さなものにむかうハーンの知覚が、人間も生物も、あくまで連続したひとつの生命の輪(わ)のなかで捉える巨大な世界のイメージとともにあったことである。(後略)〉

 2009年同社より単行本、文庫化にあたり一部改稿、「補論」追加。

(平野)