2014年10月10日金曜日

遥かなる城沼


 安住洋子 『遥かなる城沼(じょうぬま)』 小学館 1400円+税

装幀 盛川和洋  装画 村田涼平

 1958年尼崎市生まれ、枚方市育ち、寡作の時代小説家。

舞台は、上野の国、館林藩・越智松平家。城沼は城下の湖で花の名所、館林を守る青龍伝説がある。主人公・村瀬惣一郎はまだ元服前。私塾の近くの住職がしてくれた「青龍」の話を思い出す。

人の心の中の青龍を育てれば、いつか城沼の青龍にも会えるだろう。お前達一人ひとりが館林を守る青龍になれるだろう。……

 惣一郎の1歳下の弟・芳之助は秀才で私塾から藩校、さらに江戸の昌平坂学問所に進むほどで、将来を祐筆役と決めている。3歳下の妹・千佳は剣の才能があり稽古に励む。「青龍」を既に見つけている。惣一郎は学問も剣も自信がない、弟と妹にコンプレックスがある。塾、道場で、同じ組み長屋の梅次と寿太郎と仲良くつるんでいる。父・源吾は様子を察して話をしてくれる。
 
人というのは世の中の役に立つことによって己も成長し、日々の暮らしの喜びも湧いてくる。兄弟、妹、互いに助け合って大きくなってくれるといい。

 藩主は江戸で寺社奉行など長年要職を勤め、出費が嵩むが、領内は耕作地が少なく、河川氾濫が頻発して財政難。第11代将軍家斉の二十男を養子に迎え、幕府から多額の借金をしている。藩政は筆頭家老が牛耳り、商人と結託して私腹。一方で改革派が力をつけてきて対立している。
 惣一郎の父・源吾は同組の佐久間と、家老の失政の責任を押しつけられた学者を逃がしてやった過去がある。その時の傷が左手に残っているが、事件のことは家族に明らかにされていない。責任を問われ減禄されている。新しい剣術師範・朝倉が源吾に挨拶に来る。後に学者の遺児とわかる。
 芳之助は優秀すぎて塾生にいじめられる。寿太郎までいじめる側になって、惣一郎・梅次とは離れてしまう。子どもじみたやっかみだが、背景には藩上層部の内紛もある。
 梅次は郡方の仕事をしたいと言う。彼も「青龍」を見つけた。惣一郎はまだない。病に倒れた父に代わって見習いで出仕し、役目で走り回っているうちに、

日々やれることを精一杯頑張ることも大切なことだと自分に言い聞かせる。

 自分の「青龍」があった。
 寿太郎が芳之助の危険を知らせてくれ、それに内紛も収まる(上意討ちがあった)。惣一郎と寿太郎は江戸勤務になるが、寿太郎はまだ「青龍」を見つけられず、失敗が続いて出奔する。
 藩が石見の国・浜田に領地替え。その慌ただしさの中、寿太郎の師が乱を起こす。惣一郎と梅次は朝倉と共に寿太郎を救いに出かける。

 惣一郎は、下級ながら信義を貫いた父を尊敬し、特別な才能がなくても誠実に生きようとする。家族、友、師、許嫁……、人とのつながりを大切にして成長していく。
(平野)