2026年1月31日土曜日

幻想文学怪人偉人列伝

1.28 孫(妹)が負傷の知らせ。当人は痛みに泣かず、元気。完治に数ヵ月かかる様子。家人は早速見舞いの荷物づくり。

1.30 孫(姉)の体操教室動画、マットの上でクルリンパ! 先生がそばにおられるけれど、ケガしないか心配。

 長く購読している出版社PR誌に「斎藤」姓の筆者3名(文芸評論家、精神科医、翻訳家)が連載中。短い人でも20回に迫る。1年半以上同時連載していたと、今頃になって気づいた。

 

礒崎純一 『幻想文学怪人偉人列伝 国書刊行会編集長の回想』 筑摩書房 2500円+税



 著者(1959年生まれ)は国書刊行会元編集長。編集者として深く関わった澁澤龍彦、松山俊太郎、種村季弘、矢川澄子、橋本治、須永朝彦、由良君美ら作家、出版人のお話。

トップバッターは「澁澤龍彦」。彼が生前唯一受賞した文学賞が泉鏡花賞。1981年第9回のこと。選考委員の吉行淳之介は辞退するかと心配したが、澁澤は受けた。「ノーベル賞だったら辞退したが、好きな泉鏡花の賞なら喜んでいただく」。同じく選考委員の五木寛之は、「鏡花賞は澁澤さんが受賞してくださった賞として名を残す」と発言したそう。歴代の同賞受賞者に澁澤と関係深い作家が多く、ずっと若い世代の受賞者にも「シブサワ・チルドレン」が多数。泉鏡花復権の功績大だが、澁澤本人が積極的に活動したわけではない。

〈……澁澤が鏡花論の大冊を書き上げるとか、大々的に叢書や研究会を立ち上げるとかの、大仕事をしたわけでは少しもない。なのに、磊落で晴朗なその存在が、透明な不思議なひとつの磁場となって、数多くの人と事象が澁澤龍彦を通して鏡花世界へと引き寄せてられていった。〉

 澁澤の同級生には哲学的自殺者がいたし、熱い文学青年もいた。政治に関心を持つ者もいた。澁澤は大学に職を求めず、文壇と一線を画し、政治やイデオロギーに頼らず、前衛思想に見向きもせず、我が道を歩んだ。

〈そもそも澁澤龍彦の真面目は、澁澤の学生時代のアイドルであったジャン・コクトーゆずりの、「伊達の薄着の美学」にあるだろう。「若年の私は、コクトーから軽さのエレガンス、簡潔なスタイル、新しい生き方などを教えられた。それは近代日本の青春の深刻ぶりや鈍重さとは、まさに正反対のものだった」とも澁澤は記している。〉

 本書に登場する人たちは「怪人偉人」だが、「伝説の人」「畸人」という人もいる。サラリーマン編集者では相手できない「怪物」たち。著者から見れば多くが親世代・祖父母世代だし、故人も多い。仕事を越えた繋がりだからこその「怪人偉人」エピソードがたくさん。

一方、同世代の作家・編集者のことはザックバランに語っている。同社経営者のことも親愛込めて紹介。

 元コーべブックス編集長の名がたびたび出てくる。

(平野)