2019年1月19日土曜日

伯爵夫人


 蓮實重彦 『伯爵夫人』 新潮文庫 460円+税 
 
 単行本は2016年新潮社より。刊行時、元東大総長によるポルノと話題になった。2016年三島由紀夫賞受賞。三島らしい学生もチラリ登場。

戦前昭和、帝大をめざす二朗の屋敷に住まう「伯爵夫人」。亡くなった祖父の妾腹か娼婦か偽夫人か、謎の女性。二朗に手ほどきしながら、波瀾万丈「蝶々夫人」時代(娼婦となり、技を身につける)のこと、「伯爵夫人」の由来、さらに祖父との間に二朗と同い年の子がいることを告白する。
 ついつい性愛シーンに目がいってしまうが、読後は忍び寄る戦争・暴力が強く残る。繰り返される戦闘シーンは、最前線の塹壕。糞尿、ぬかるみ、ねずみの死骸、負傷兵たち。将校たちは休戦が近いと知らされても、

……こんな役立たずの新兵や負傷兵どもが群れをなしてここから撤退したって、そんなことでこの陰惨な塹壕が世界から消滅しようとはとうてい信じきれずにいる。〉

第一次世界大戦終了間近、ドイツ軍将校「素顔の伯爵」は新兵の手榴弾操作ミスで下半身負傷。許嫁との婚約を解消し、親戚づきあいも絶ち、隠退生活。彼女は彼を愛し、晩年生活を共にした。
 彼女は二朗に過去を打ち明け、姿を消す。  
 二朗が家に戻ると、従妹(幼い性の秘密を共有)から婚約者と一夜を過ごしたと手紙があり、長くいた女中が出奔。新しい女中(やがて彼女も去る予感)が持ってきた新聞に「帝國・米英に宣戦を布告す」の文字。二朗は「伯爵夫人」の置き土産ココア缶(尼僧の図柄)を改めて見つめる。

〈すると、謎めいた微笑を浮かべてこちらに視線を向けている角張った白いコルネット姿の尼僧の背後に、真っ赤な陰毛を燃えあがらせながら世界を凝視している「蝶々夫人」がすけて見え、音としては響かぬ声で、戦争、戦争と寡黙に口にしているような気がしてならない。〉

 女たちは去り、男は戦争に。
 著者は性愛話で読者(私だけではないと思う)を引き込み、得意の映画・文学の話をちりばめ、戦争のきな臭さと現代を重ねる。

 ココアの缶はこれ。http://ilgufo.shop-pro.jp/?pid=61436771
(平野)