2014年4月4日金曜日

【海】史 大震災後(6)


 【海】史(24

 阪神・淡路大震災後(6

「アート・エイド・神戸」の話に戻る。

 97111日から31日、「兵庫アートウィーク・イン東京」開催。基本的考え方。
(1)   直接的でないにしろ地震の体験を踏まえて創作されたものを発表する。
(2)   幅広いジャンルの活動を伝える。
(3)   自己満足でなく、動員を含めて成功させる。
(4)   東京の企業、市民とも協力する。
 首都圏8会場で音楽会、美術展、映画上映、演劇、シンポジウムなど14イベント開催。
 島田が「イン東京」に取り組むようになったのは、記憶の風化やメディアの冷たさを嘆いたり支援を願うだけの風潮に疑問を持ったから。

 私は、風化は当然。それを乗り越える努力をどれだけしてきたか。どれだけ情報発信をしてきたかと考えれば、これだけの体験だから、関心をもって当然、書かないのは怠慢とメディアを責めても仕方がない。人々の移ろいやすい関心は、オウム真理教に移り、バブル経済の後始末に移った。
 しょせん、他人の痛みは、自分の痛みではない。風化を嘆くより、こちらから乗り込んでいって発信しよう、伝えようと考えた。

 芸術の力で記憶を呼び戻そう、しかしそれだけでは足りない。震災から学んでもらいたい。危機管理、ボランティア、まちづくり、こころのケア、防災などの課題。

 アートを前面に打ち出しながら、こうした課題を提起する三つのシンポジウムや、震災体験を、生々しく伝える「語り部キャラバン隊」の活動を通して、具体的な問題を提起することとした。

 大きな事業計画。14イベントそれぞれのプロジェクトに責任をもって計画し実施してもらう。文化団体やまちづくり活動に呼びかけて実行委員会を作る。
 東京でほんとうにできるのかと半信半疑の皆を説得し、お金も場所も何もかも用意するので、やってみないかと呼びかけた。
 会場探しが難航。大学時代の盟友の助力でメイン会場を借りた。美術展会場に困ったが、企業メセナ協議会からの情報を得て、探してまわった。

 企画の内容を話し、協力企業として会場費免除か、割引して欲しいと説得である。まずは「地震のイベント?」と怪訝な顔をされる。そして、たいてい拒否である。しかし、私たちも営利目的ではないし、なにより都民のためであると勝手に思いこんでいるから強い。(略)
 私は、ただ会場を借り、発表しましたという自己満足には絶対に終わらせたくないという思いから、東京側の協力が是非必要と考え、会場の選定も趣旨を理解して一緒に取組んでくださるところを探した。

 協力依頼をした出版社から、「地震の体験で本当に伝えるべき芸術など創造できたのだろうか」と指摘された。

 それはそのとおり。しかし、私たちは、私たちの作り出した作品が、まさに地震を体験しなかった人の心にも届く普遍的な力を持ちえたかを確かめてもみたいのだ。

 資金。震災復興基金から活動助成金800万円。「アート・エイド・神戸」の活動資金は使い切るわけにはいかない。企業メセナ協議会の「助成認定証」を発行してもらい企業から寄付集めをする。(株)フェリシモからも引き続き支援があった。総事業費1600万円の目処が立った。
 入場料無料。プロジェクトそれぞれで動員を呼びかけ、コネを駆使。メデイアには記者会見で発表。震災で取材にきたジャーナリストたちにはすべて連絡した。支援企業から動員や会場ボランティアの申し出があった。

 目的は情報発信である。(略)
 震災ちょうど二年。「兵庫アートウィーク・イン東京」は、冷めかけていた東京のメディアにとって恰好の材料となった。

 読売新聞、ケーブルテレビ局、赤旗が精力的に取り上げてくれた。朝日新聞も取材してくれた。

 その記者が「あっと」小さな声を上げた。「私は勘違いをしていました。この一連の企画は、被災地への支援を忘れずにお願いしますという目的だとばかり、思っていました」と言う。
 もちろん、それもあるが、大切なのは「これは、東京都民の問題でもあるのですよ。つぎは、貴方自身に降りかかる災厄かもしれない。貴方自身の問題なのですよという呼びかけなのですね」。
 単なる同情では、体験の共有に結びつかない。「それで、会場でも寄付の呼びかけもしていなかったのですね」。

 2月、神戸で総括報告会をした。「やりっぱなしでなく、何を生み出し、何が足りなかったのかを確認」。

 神戸に誇るべき、普遍的な芸術が育っているのかどうか。だからこそ、先駆的な都市での他流試合に挑み、自分たちの力量を検証する必要がある。いつまでも微温的な仲間誉めの世界では仕方がない。
 恥をかくなら、かいたらいい。そのなかからしか、力のあるものは生まれてこない。


(平野)写真は、島田の寄稿「兵庫アートウィーク・イン東京」(「毎日新聞」1997年1月11日)。
 被災者の支援活動を通じて、ジャンルの異なるNPOの連携が生まれ、NPO同士が支援し合うことが可能になった。「兵庫アートウィーク」はこうした土壌の中から生まれた。そして、被災地だけでなく東京のNPOとも連携しながら成功への手掛かりを模索している。