2014年4月23日水曜日

タルホ逆流事典


 高橋康雄 『タルホ逆流(ぎゃくる)事典』 国書刊行会 19905月刊

「タルホ・フラグメントの威力」――まえがきに代えて 高橋

 私は言葉の切れ端が好きだ。とりわけ切れ端の尻尾になってもなおかつ活きている存在が好きなのだ。
 その言葉の断片がさながらオブジェのように光彩を放っているのはなんといっても稲垣足穂の世界である。薄板界、A感覚、菫色反応、パル・シティ等々足穂命名による気配の哲学の概念がすぐ思い出される。そしてそこには()()棲んで(・・・)いる(・・)。伝統、風習、という慣例からの解放が何よりの特色である。……

 高橋が惹かれるのは美の価値観。
 足穂の「わたしの耽美主義」から。

 わたし達が今後の耽美主義に望むところは、恰も花火やタバコのような感じのものである。それを従来のものと比較して述べてみると、……昼より夜の方がよく、芝居よりキネマのほうがより新興芸術的で、述懐よりは対話、短刀よりはピストル、(略)それから太陽よりも月――切紙細工のニューヨーク夜景の上に差昇った月ならいっそう嬉しい。そのお月さまよりも星。(略)金よりも真鍮。プラチナよりもブリキ。水晶よりも硝子。ダイナマイトよりもスタヂオに使う有煙火薬――深夜の都会の上空に炸裂したマグネシヤ式光弾ならば申し分はなし。(略)さてピカソよりもピカビア。モーパッサンよりもクラフトエビングの記載。夢よりもうつつ。過去よりも未来。判ったものよりえたいの知れぬもの。完全なものよりも半端なもの。立派なものよりも下らないもの。(略)四角なものより三角のもの。丸いものより尖ったもの――したがって踊子の絹沓下よりも少年のパンツの前にある凸起の方が遥かに感覚的ではあるまいか。

「生の連続」から。
人間の枠をはみ出したところ、根本的歴史から逆流(ぎゃくる)するもの、そういう場所に、僕のいう精神性があるわけですね。

 常識や世間の評価にとらわれない足穂の言葉・思想の数々を拾い集め、150のキーワードで“タルホ事典”となった。

 VよりA、ペンより鉛筆、天使・幽霊よりお化け、コーヒーよりココア、権力より乞食・放浪・獄中、赤色より菫色、形より匂い、人間より人間人形、贅沢より残り物、報酬より無報酬、本物より予告篇、判るものより判らないもの、……

 装丁 中島かほる  カバー装画 野中ユリ
 
 
 
(平野)