2014年4月22日火曜日

タルホ入門


 稲垣足穂 『タルホ入門 カレードスコープ』 潮出版社 19871月新装版刊

元本は74年『カレードスコープ 多留保集3』(同社)。

 

藤の実の話――退屈で困っている二人の青年の間に交された一片
云いたい事一つ二つ――自作を回顧して
鸚鵡の一件――最近の佐藤春夫氏
云わしてもらいます
タルホ入門――初学者諸君のために
機械学者としてのポオ及び現世紀に於ける文学の可能性に就いて
無限なるわが文学の道

……


『弥勒』――わが小説
僕のオードーヴル
『死後の生活』――名著発掘
銀河鉄道頌
黄薔薇――ランボウ抄
サド侯爵の功績
南方学の密教的な貌――南方熊楠

……

解説 巖谷國士
装画 まりの・るうにい  装幀 戸田ツトム


 
「無限なるわが文学の道」より

 西脇順三郎先生によると、詩というものの秘密は、互いにかけ離れたもの、正反対のもの、意想外なもの同士の連結である。これによってわれわれの功利的日常性が一時的に破壊され、われわれは解放されるわけである。
 こういうことを一応あたまにおいて新しい詩に接しられると、多少は見当がつくかと思う。この思いもかけぬもの同士をつなぐのが芸術の役目なのである。ボードレールの詩句に「スミレはパンであった」というのがある。それから有名な例に、イジドル・デュカスこと、ロートレアモンの「解剖台上におけるコーモリ傘とミシン(裁縫機械)の出会いほど美しいものがあろうか」がある。(略)
 私において考えられないものの連結は、人間と天体である。だから私の処女作「一千一秒物語」の中では、お月さんとビールを飲み、星の会合に列席し、また星にハーモニカを盗まれたり、ホウキ星とつかみ合いを演じたりするのである。この物語を書いたのが十九歳の時で、以来五十年、わたしが折にふれてつづってきたのは、すべてこの「一千一秒物語」の解説に他ならない。
「ある日、世界のはてから一千一秒物語が届いた。ずっと以前どこかで読んだ本、またずっと未来にどこかで出くわすような本」このように一千一秒物語を評した女性がいる。だから私の仕事は末長く続くのでなければならない。たぶん今から五十年後、二百年後、五百年後にも、自分はどこかでいまと似たことをやっているものに相違ない。……

(平野)
NR出版会HP連載「書店員の仕事 特別編 震災から三年を迎えて」第2回
南相馬市おおうち書店大内さん「天職としての本屋(上)」
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/top.html